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20年数年前、まだ都内のアパートに住む横浜人だった頃。
翌日に予定のない男同士で金曜日の酒を飲みながら、このままお互い浮いた出来事が起きなければ、イブは温泉もいいだろうという話になった。その年も確かクリスマスは週末だったのである。
同じ広告代理店のメディア担当の後輩キタゴーとむなしく盛り上がりながら、長身で色男のくせに多分予定のないであろうテラオにも電話をして クリスマス仲間を増員した。大学の同期生だったテラオは、在学当時は鴻上尚史主宰の第三舞台(同じ頃同じ大学にいたのです)で芝居をしており、化粧して六本木を歩いているようなとっぽい男だった。12月23日の晩はそうして過ごした。
前の晩からの流れでその年のイブは、かつて僕が三年間住んでおり、その後世襲でキタゴーが住むことになった西早稲田の6畳ひと間のアパートの部屋で目覚めた。
待ち合わせの駅に向かう直前、テラオから急きょ参加出来ないと連絡があった。午前中に行った医者で痛風が判明して、温泉どころではなくなったという。
完全に露天風呂モードに入っていた僕とキタゴーは、もう飲めない身体になったと嘆くテラオの深刻さを理解しようともせず、また、20年後に自分にも降りかかる災厄とも知る由もなく、医者に行くのが来週だったと思えば、 今晩だけ飲んだって態勢に影響はなかろうと引き止めた。
だって、どうせ昨日まで飲んでたんでしょ、と。
しかし日頃のテラオらしくなく、その日の決意は固かった。
東京から列車とバスを乗り継いで4、5時間。築百年を越える那須の「北温泉旅館」のクリスマスイブは、 だから、結局、また男二人だけになった。
渋い客室での夕食や、プールほども広い露天風呂に浮かれながら、否応なく晩酌のペースは早まる。
夕方から降り続いていた雨。予感はあった。
ありったけ持ってきてかけ続けていた、古今東西クリスマスゆかりの名曲ばかりの音楽テープ(カセット!)の中に、かの山下達郎の名曲はあったかどうか…。 その晩その曲の歌詞通りに、雨は夜更け過ぎに雪へと変わり、男二人の温泉のイブは最高潮に達した。
そうだ。テラオを悔しがらせてやろう。
客室のテレビでやっていたのは何の映画だったか…。
とにかく、同じ文学部演劇専攻だったテラオが、その晩観ていないはずはないクリスマス作品だった。その映画のエンドロールが終わるか終わらないかのタイミングで、テラオの自宅に電話をかけた。
「もしもし…」
テラオの声だ。その瞬間、僕ら二人は 、
「メリークリスマス!」 と叫ぶと同時に音楽スタート!
曲はジョン・レノンの「Happy Christmas〜戦争は終わった」。
全一曲を無言で再生して、そのまま電話を切った。
翌朝、二日酔いの視野に入ってきたのは予想外に積もった大雪。
まだ、早朝である。 大変だ。こいつは早いとこ、露天に直行だ。
本州の人間、街場の人間は、ホワイトクリスマスにめっぽう弱い。
そのとき、僕らはわが目を疑った。
築百年のきしんだ扉を開けて、突然テラオが現れた。
ジョンの歌声が効きすぎて、テラオは未明ハンドルを握った。
明け方、まさかの大雪に行く手を阻まれ、北温泉に続く峠の道でクルマを乗り捨て、それでもヒッチハイクと徒歩でたどり着いたのだ。
肩に雪を積もらせ、白い息を吐きながらテラオが言った。
「メリークリスマス!」
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