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 序章で、菅野完著『日本会議の研究』(扶桑社新書)を、歴史的分岐点の意味と本質とを炙り出した記念碑的な傑作とまで絶賛したが、その理由を語ることから始めたい。
 わたしは理性と知性に絶対的な信頼を置いていない。だからといって感情にも絶対的な信頼を置いていない。この件については何度となくブログに書いている。理性と感情とは対立するものではなく、背中合わせの関係にあると思っているからだ。そして、背中合わせの理性と感情の発露を操っているのが、土台としての価値観だと思っている。
 知性も同様である。優れた知性とは、優れた感情を内に宿したものであり、対立するものではあり得ない。
 したがって、安倍政治を反知性主義といって断罪し、知性主義による反知性主義の打倒を唱えている知識人と呼ばれ、またリベラルと呼ばれている陣営がいるが、深い洞察力があるとは到底思えない。だから、ブログで何度となく批判している。西欧近代主義の理性信仰に頑なにしがみついているのだ。ポストモダニズムの旗を掲げて文壇に登場し、日本文学を決定的な破滅へと導いた元凶である高橋源一郎は、あろうことか安倍政治を反知性主義だというのだから自己矛盾も甚だしい。高橋源一郎のポストモダニズムとは一体何だったのか、ただの時流に乗っかっただけにすぎないことを自らで暴露しているとしかいえないだろう。ファッションとしての思想なのである。だから、人生を賭けて思想と対峙し、掘り下げ、そして自分の血とし肉としていないのだ。

 明治維新とは、歴史的にみても、精神的にみても、そして社会構造的にみても、それまでの日本と日本人のあり方を根底から分ける地溝帯であったと、わたしは捉えている。
 保守を騙る安倍晋三といわゆる保守陣営の知識人には、こうした視点はまったくない。だから明治維新を心の故郷として慕い、日本人の精神の拠り所であり、日本の伝統と文化の神髄だと思い込んでいるのである。自称保守陣営の欺瞞性とお目出度さが分かろうというものである。
 丸山真男は『日本の思想』(岩波新書)で、キリスト教の精神的風土が息づく西欧と違って日本は、「あらゆる時代の観念や思想に否応なく相互連関性を与え、すべての思想的立場がそれとの関係で――否定を通じてでも――自己を歴史的に位置づけるような中核あるいは座標軸に当たる思想的伝統はわが国には形成されなかった」といっているが、わたしは丸山の指摘は、明治維新以降には妥当するが、それ以前はまったく的外れの指摘だと思う。
 明治維新以前の日本は、土台としての価値観が違っていたから、理性と感情のあり方も違い、したがって思想のあり方も違っていたのである。西欧的な客観と主観とにわける二元論的な対象認識ではなく、日本においては感覚的認識が根底にある。そもそもが主観と客観の対立はないのである。時間感覚も循環を基軸としたものであり、西欧のような進歩史観ではない。
 だから、外から入ってきた思想が、日本の風土のなかで咀嚼されながら、時間とともに日本的な風土性を帯びたものへと変容しながら受け入れられてきたのである。外から入ってきた思想との緊張的な対峙と格闘がなかったのだ。
 丸山は表面の思想をみて基軸がないと指摘しているのだが、思想を生み出す土台をみれば、わたしは日本という特異な風土は、気の遠くなるような時間の堆積のなかで育んできた基軸としての精神性を作っていると思っている。
 丸山にいわせると、その基軸が問題だから、日本の思想が駄目なんだというのだろうが、だったら西欧近代主義の幕開けからこれまでの西欧の思想が辿ってきた道程をみて、西欧の思想が絶対的に正しかったといえるのか、とわたしは反論するのである。西欧の思想は出口の見えない袋小路に陥っている。ニーチェによって理性そのものの欺瞞性と限界が暴露されてしまったからだ。
 わたしの提唱する里山主義は、丸山が否定した、日本という特異な風土が、気の遠くなるような時間の堆積のなかで育んできた基軸としての精神性に可能性を見いだすものである。その意味では優れて保守主義的な思想だといえるのだろう。

 いつものように脇道へと逸れてしまった(笑)。
 脇道に逸れたのには訳けがある。『日本会議の研究』が、日本会議を扱った書物の中で、他の追随を許さない理由を説明するがためである。
 筆があらぬ方向へと逸れたのは、ついでに自分の里山主義も宣伝しておこうという卑しい魂胆が頭をもたげてきたので、しっ、しっと追い払ったのだが、籠池理事長をも凌ぐしつこさに負けたからである。
 知性か、反知性か、などという問題設定は、明治維新以降の思想史を囓っていれば、いかに陳腐な発想であり、いかに思想的怠慢であり、堕落かが分かるはずだ。
 例えば、宮川透『日本精神史への序論』(紀伊國屋書店)を読むだけでも、わたしがいっていることに納得するだろう。
 西欧から思想が津波となって押し寄せると、決まって今度は日本主義というファナティックな思想が雨後の竹の子のように生え出すのである。詳しくは書かないが、面白いことに、コンドラチェフの波よりももっと短い周期で循環することだ。
 日本主義はニーチェの思想を曲解した高山樗牛のようなファナティックで感情主義的な傾向があるから、こうした勢力に反知性主義というレッテルを貼って、翻訳でしかない西欧思想に被れた、いわゆるリベラル陣営が攻撃するという図式である。
 ついでだからいうと、丸山真男が信奉する民主主義と自由主義は翻訳されたものではない。本家本元の西欧の知識人をも凌ぐ筋金入りの思想として己の血にし、肉にしたものだ。丸山のような知識人は特異である。明治以降の日本の知識人のほとんどは翻訳された借り物の思想なのである。
 夏目漱石はそうした翻訳でしかない思想で身を飾っている似非知識人を皮肉を込めて小説に書いているが、漱石自身は最終的には、自分のなかに息づいている、日本という特異な風土が、気の遠くなるような時間の堆積のなかで育んできた基軸と、西欧近代主義との狭間で格闘したのだと思う。漱石が辿り着いた則天去私を、わたしはそう解釈している。

 知性か、反知性か、という発想から安倍晋三陣営を批判する、いわゆるリベラルな知識人は、安倍晋三陣営に反知性主義というレッテルを貼って、その陣営の本質が知性を破壊し、論理を破壊して、熱狂的な感情の赴くままに政治を動かそうとする危険性を指弾するのだが、それに対抗し、乗り越え、打倒できる有効な手段が知性だというに及んでは、わたしは唖然とする以外にないのである。
 明治維新以降の思想史の底を流れているものを見極めようとすれば、西欧からの輸入品であるリベラル思想と日本主義が背中合わせの関係性であり、本質は同じだということが分かるはずだ。
 三島由紀夫の日本主義も同様である。優れて西欧近代主義的なものでしかない。西欧近代主義の産物であることに気づけないとしたら、目が節穴としかいえないだろう。わたしと同じ橋川文三の弟子であり、橋川文三先生の名を汚した元東京都知事であった猪瀬直樹が、三島の美意識を銭湯の壁に描かれた富士山のペンキ絵だと看破したが、本質を突いている。
 言葉の厳密な意味での日本主義をいうのであれば、川端康成なのである。おそらく頭脳明晰な三島であるから、三島と川端の決定的違いを知っていたはずだ。だから結局は、日本的感覚ではなく思想へと逃げたのだろう。

 またまた筆があらぬ方向へと走り出した。
 わたしがいいたいのは、日本会議を扱った書物の中で、他の追随を許さないのは、知性か、反知性か、などという発想を当たり前として超越し、だからこそ恐ろしい本質を暴けたことである。日本会議を扱った書物の大半は、知性か、反知性かの発想に金縛りになっているのではないだろうか。
 そもそもが安倍晋三と安倍晋三を神輿として担いでいる勢力を、知性主義で倒せるなどと考えているのは、相当に頭が腐っているとしかいえないだろう。安倍晋三と安倍晋三を神輿として担いでいる勢力への侮辱であり、その本当の恐ろしさに気づいていないといえる。そのうち、安倍晋三を侮辱したという理由で、証人喚問に呼び出されることを覚悟しておくべきだ(笑)。
 知性主義で倒せるなら、疾うの昔に倒れていたはずだ。が、今や三権分立も形骸化させ、国会を狂気で占拠し、傍若無人の観さえある。
 リベラル陣営の弱点は、知性主義と理性信仰にあるといえるのかもしれない。お目出度い限りである。安倍晋三と安倍晋三を神輿として担ぐ勢力は舌を出して嘲笑していることだろう。
 こうした体たらくでは、マキャベリスティックな権謀術数を駆使する敵に叶うはずはない。
 森友学園疑獄で安倍晋三が致命傷に等しい深手を負っているのに、指を咥えてみているというリベラル陣営の不甲斐なさと、政治的お目出度さは、ここに起因しているといえる。どうして韓国のように、民衆の決起を画策し、また扇動しないのか。わたしにはまったく理解できない。
 この千載一遇の好機に、これまでと変わらぬ小規模なデモを分散的に行っているのだ。市民連合は全精力を傾けて、安倍晋三の息の根を止める圧倒的なデモを計画し、国会議事堂正門前を群衆で埋め尽くすべきときなのである。鉄は熱いうちに打たなければ、瞬く間に冷えていく。大衆とはそうしたものである。機会を見誤り、絶好の機会を逃せば後はないのだ。国会を狂気で占拠し、三権分立を破壊し、数の暴力でブルドーザーとなって、独裁政治へと地均しを始めた敵の大将を倒せるのは、マスコミと国民が森友学園疑獄で沸騰している今しかないのである。猶予はない。そして千載一遇のチャンスは二度とないのだ。それが分からないとしたら、もう言うべき言葉がない。

 菅野完著『日本会議の研究』(扶桑社新書)を読み進むなかで、わたしの恐怖と危機感は募っていくばかりだった。そして菅野完に、化け物である安東巌の姿を突きつけられたときに、わたしの恐怖と危機感は頂点に達した。
 組織の中核にいる椛島有三と伊藤哲夫という二人だけでも脅威なのだが、安東巌に至っては圧倒的なカリスマ性と呪術性を身にまとっているだけに、得体が知れない闇のような存在としか形容ができない。だから恐ろしいのである。
 この三人をみれば、知性か、反知性か、などという問題設定がいかに的外れで、子供騙しか分かろうというものである。

 菅野完『日本会議の研究』の圧巻は、「第六章 淵源」だと断言できる。
 作家としての鋭い嗅覚と眼光がないと成立し得ない章だからだ。この章によって浮かび上がってきた人物こそが、闇のなかに隠れて姿をみせない、安倍晋三と安倍晋三を神輿として担ぐ日本会議を中核とした勢力を影で操る安東巌という化け物なのである。
 作為的に闇に姿を溶け込ましているのだから、容易に姿を掴むことはできない。菅野完はその姿を闇のなかから引っ張り出してきたのだから、その執念たるや凄まじいものがある。これを可能としたのはジャーナリストとしての執念だろう。闇の存在に気づき、作為的に闇に姿を隠している化け物の気配を感じ取ったのは、作家としての希有な嗅覚と眼力と直観なのだろう。ジャーナリストにして作家。そのどちらも一級品である。それを証明しているのが、「第六章 淵源」なのである。
 作家の端くれを自認しているわたしであるから、この「第六章 淵源」が与えた衝撃は形容しがたいほど大きいものがあった。
 わたしは日本会議を思想的な側面に偏って理解していたと前回のブログに書いたが、知性主義など信じていないわたしであるから、当然に背後で操っている勢力があるだろうことは想像していたが、正直に告白すると、その勢力を大資本の論理と意志に絡めてみていたのである。だから情報操作と洗脳のプロである電通などの関与を想像していたのだが、『日本会議の研究』がわたしに突きつけたものは、そんな想像を嘲笑うほどの驚くべきものだったのである。
 思想は勢力の中心へと引き寄せていく建前と方便であり、またエネルギーであり、その思想の側面を担っているのが日本会議なのだと理解していたのだが、建前としての思想までがどうでもいいものであったという事実に、わたしは仰天したのである。
 思想らしきものはあるが、それは思想のようなものであって、思想ではないのである。安東巌の恐ろしさは、ここに凝集されているのではないだろうか。
 どういうことかというと、思想がはっきりとした論理的な形があると、組織論からいうと、組織が思想によって成立していることになる。組織よりも思想が先にあるのだ。だから、思想の解釈によって組織は四分五裂するのである。戦後の左翼運動は正しくこの典型だろう。
 安東巌の組織論は、それを知り尽くしているといえる。だから、論理的な思想ではなく、自分のカリスマ性と呪術性とを組織論の中核に置いているのである。つまり宗教に近いということになるのだろう(言葉の厳密な意味での宗教ではない。これについては後述する)。
 急進的な左翼学生運動にもカリスマ的な存在の闘士はいたが、安東巌と比べたときに、あまりにも惨めな存在でしかない。左翼運動にはどうしてもマルクスの思想と理論がつきまとう。マルクスの思想と理論がカリスマ性を薄めるように作用し、運動が壁にぶつかると戦術的な批判がマルクスの思想と理論の解釈と結びつく形で、造反と組織的な分裂を引き起こすのである。それを防ごうとすれば、組織的独裁になるしかないのであるが、それでは吸引力が急激に落ちてセクト主義に陥り、組織の拡大は不可能になるだろう。

 申し訳ない。Twitterのやり過ぎのようだ(笑)。
 頭痛に見舞われ鎮痛剤を飲んだら頭が澱んできてしまった。つづきは次回にしたい。語りたいことが山ほどある。最後に言っておきたいことは、市民連合と野党連合の陣営にとって、菅野完『日本会議の研究』(扶桑社新書)は必読書だということだ。
 安倍晋三を倒すには、敵の正体を掴むことが不可欠だからだ。安倍晋三の息の根を止める機会は、森友学園疑獄を逃したら後はないだろう。そして時間的な余裕を与えたら、安倍晋三の首は永久に取れないだろう。敵の正体を見据えれば、そう思わざるを得ない。共謀罪の成立を阻止して、次の総選挙で自民を過半数割れに追い込むなどという寝言を言っているお目出度さが許される相手ではないのだ。

※『里山主義文学』という名のブログに、連載小説『三月十一日の心』を転載しました。読んでいただければ幸いです。

※Kindle版電子書籍は、スマホとPCでも無料アプリで読めます。

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