|
襌興寺HP http://zenkoji.e-tera.jp/~
復旧支援・第2弾&49日忌大法要in気仙沼!へ行って参りました。
4月24日に大分・別府港を夕刻7時にフェリーに軽トラック!で出発した
「大分臨済宗青年僧の会」先発隊は、翌朝神戸港に上陸、
以下直走りに北上し、25日晩に仙台着。
翌朝宮城福島教区対策本部に寄った後、七ヶ浜同性寺様に見舞い訪問、
同午後には当山襌興寺に到着されました。遠路はるばる誠にご苦労様です。
メンバーは、同会長・延命寺住職・宮崎薫朗師、副会長・願行寺住職・入不二香道師、
同事務局長・龍興寺住職・林浩道師の先鋭3名です。
同晩には本来今春の定期巡教師として宮城に来県下さる予定でありました
四国宇和島の観音寺住職、山崎忠司師が、復興ボランティアの為、
空路&新幹線を乗り継いで到着。
同行予定でありました静岡・清水の龍津寺様一行は残念ながら隣単の法類寺院の
閑栖和尚様の急逝に伴い、残念乍今回はお出でになれなくなり、次回を期する事と相成りました。
翌朝5時、当山青壮年部・女性部会長石垣英孝氏、同研修部副部長・宮城県職員の
堀籠健人氏、不肖の7名にていざ出発!
ワゴン車には仮宿泊所としてお借りできることになった気仙沼市内の浄勝寺様に備付る
予定の寝具6名分を満載、途中同会館で2卸しし、地福寺さまには9時過ぎに無事到着。
境内&建物内は4月11日、震災後1ヶ月後とは、打って変わって瓦礫の撤去&整理、掃除も
進み、見違える程の復興振りです。この間、殆ど貼り付けで復旧活動に尽力された岐阜・瑞林寺学徒弘明禅士、大勢13名で一気呵成に復旧作業に荷担された建長寺派の皆様等、ご住職、寺庭様、寺内関係各位、多くの方々のご精進の賜物と心からの敬意を表しました。
境内前の海岸へ続く道路には瓦礫を満載したダンプカーが数珠繋ぎとなって走っております。
本堂内には多数の遺骨。遺影が隙間なく安置され、今回の震災・津波被害の甚大さを改めて痛感させる光景です。
到着後は早速大分・大楽寺様より寄進されたミニ・リヤカー3台を組み立て、休む間もなく境内の瓦礫の片付けに入りました。その間本堂では一昨日から漸く使用できるようになった本堂内で葬儀が嚴修されており、復旧の進展を感じさせます。
昼食には昨晩深夜まで不肖寺庭・母・姉が手作りで準備してくれた各種惣菜、おにぎりに加え、
ガスボンベ持参しての暖かな豚汁のミニ・炊き出しとなりました。ちなみに、豆腐は京都両丹教区江西寺
閑栖尾関義昭師差し入れの長期保存?新鮮豆腐パックを存分に使用させて頂きました。感謝!
午後には不肖は法衣に着替え、気仙沼市内の住職友人宅の密葬出棺経&岩手県千厩(せんまや)地区火葬場に於いて、荼毘諷経に行って参りました。そのお宅は地福寺檀家ではないのですが、その他宗旦那寺のご住職は震災以来の過労によりダウンされたとかで、急遽是非にと頼まれたのだそうです。
お宅の隣には5月2日より入居可能となった仮設住宅が所狭しとひしめき合って、避難者の入居をまっておりました。
夕方には建長寺派横浜市保土ヶ谷・福聚寺住職・森山一城が玄関→本堂に敷く厚手のカーペット・
ロールを車で持参して頂き、いよいよ明日の49日忌法要を待つばかりとなりました。
今晩から明日にかけての天気予報は、本降りで住職たっての念願、海に向かって施餓鬼会を嚴修して差し上げたいとの願いは今晩の「天気祭り」の出来次第?と相成りました。
隣単の浄勝寺様では思いがけず、入浴もさせて頂き、ガス&水&電気も使用可能の申し分ない環境を御提供下さり、改めてこの場をお借りして感謝申しあげます。
4月28日の49日忌法要につきましてはお陰様で、盛会裡に無事嚴修されました。が、不肖は司会の大役を仰せつかった関係上、写真撮影ができませんでしたので、先述の森山師からの映像データが入手出来次第のUP(ご報告)とさせて頂きます。
しばしの間お待ち頂きます様、お願い申し上げます。
襌興寺 徹玄 拝
襌興寺HP http://zenkoji.e-tera.jp/~
|