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襌興寺HP http://zenkoji.e-tera.jp/~
去る5月9・10・11の日程で岐阜東教区第11部より、慈雲院住職、温泉寺住職、地藏寺副住職の各和尚様方が、復興支援活動に駆けつけて下さいました。
3名の方々は9日早朝5時に岐阜をワゴン車で出発。午後には宮城県七ヶ浜の金剛寺様をお見舞された後、利府町の天祥寺様に設置の宮城県災害対策本部にて、到着名簿に記入。
その後、当山にて備付のつなぎ作業服、安全靴、カッパ等の試着を経て、夜8時過ぎに宿へ到着。
翌朝5時、当山青壮年部・女性部石垣会長、不肖の5名で一路気仙沼・地福寺へ出発!
当日の天気予報では本降りが心配されましたが、見事に晴れ、三陸自動車道からは、田植え準備の進む田園風景に見事な虹が掛かっておりました。
休憩した津山の「道の駅」では、昨夜来の雨に濡れたテント類を干す壮年の一男性の脇でおにぎりの朝食。
(いつも前日深夜までかかって、我々の朝食おにぎり&おかずや昼食を作ってくれる家族に感謝!
特にこの日は母が前日収穫して来てくれた「タラの芽&てんぷら粉&てんぷら油」持参のお土産で、地福寺様ご家族には、夜避難先の住職妹様宅で、アツアツの山の幸を堪能して頂こうとの趣向で、奥様には喜んで頂きました。)
この男性はご自身も仙台市岩切の被災者、大友忠氏。全国各地からの復旧支援に対し、被災者の一人として自転車で日本一周しながら感謝の意を表したいと、昨日仙台を出発されたばかりだそうです!
最初に出会ったのが和尚さん達で、縁起が良い!?とのことで喜ばれまして、メッセージ旗に栄誉ある?最初のメッセージを記入させて頂き、無事円成を祈願させて頂きました!宮城県民&東北を代表し、健康には充分留意され、全国各地の皆様に感謝の意を伝えていって下さいませ!
又、この日は南三陸町でスクールバスに一杯の小学生を手を振って見送る父母の皆さんが道路脇で何ヶ所も見受けられました。ラジオによると、これが県内で一番遅く一月遅れで実施された小学校の始業式だったそうです。それだけに父母の皆さんのお子さんの新年度初登校を見送る悦びもひとしおだったでしょう。
途中、前回宿泊場所を提供して下さった浄勝寺様で、置いていったガスボンベを受取り、地福寺様には9時過ぎ到着。
この日は今月16日に市が遂に瓦礫撤去に来てくれるとのことで、その為の瓦礫の分別仕分けの作業となりました。前日から3日の予定で、神戸の祥福僧堂会下(出身僧侶)の方々が12〜13名、岩手県一ノ関から通いで、復興支援に駆けつけて下さっており、大部隊の力で一挙に作業が進みました。
又、インターネット経由で着て下さった茨城県益子市のハウスクリーニングの専門家ご夫妻(前日は浄勝寺様に宿泊)、東京からのボランティア青年も復旧に汗を流して頂きました。
石垣青壮年部・女性部会長と不肖は、衣類関係の支援物資の運搬作業の爲、大和町→気仙沼、気仙沼→大和町の片道約100kmをワゴン車&2tトラックで2往復。
この往復を利用して、先月28日に設置した飲水用の500Lタンクが空になっておりましたので、一往復目に持ち帰り、石垣会長宅にて新鮮な湧き水源泉の飲み水を充填、再び地福寺様に届ける事ができました。その間、会長の奥様いさ子様他1名の地元ご婦人には、荷物の受け降ろし、運び方まで手伝って頂いた上に、水充填の時間を利用して、美味しい山菜尽くしの昼食まで頂戴し、感激です。
道路は復旧支援作業車で各所渋滞が多く、特に大型車両の擦れ違いや、急カーブでの立ち往生&落石による通行中止等で、想定外の時間が取られ、迂回路&迂回路で、結局夜8時半過ぎにようやく帰ることができました。一日早朝から夜遅くまで、皆様お疲れさまでした。
被災から約2ヶ月、相変わらず瓦礫の山累々たる光景にも、よく目を凝らすと、新緑眩い生命の営みが今年もやってきました。水田に水が張られ、田植えの光景も眼下に広がっています。むろん被災状況のひどかった被災地は未だインフラ復旧のメドも立たず、水道、電気、ガスも使えない不自由な生活環境に変わりはありません。沿道でも薪で煮炊きしている姿や一輪車にポリタンクで水を運ぶ主婦の姿も見られます。
然し乍、それでも人々が生きる為の暮らしの営み、自然の営みが随処に感じられたことに、「されど人間は生きてゆかねばならぬ!」と何か少し安堵の気持ちがしたことも事実でした。
遠路わざわざ時間と労力を割き、自腹を切って復興支援に駆けつけて下さっている皆様の尊いお志に只々心より感謝申し上げます。ガンバロウ、東北! 感謝&合掌 襌興寺 徹玄 拝
http://blogs.yahoo.co.jp/bastonpig_8th/27790370.html
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