愛川町半原-田代/馬渡橋
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1号〜3号隧道(仮称)の探索をえて、水道路が中津川を渡る馬渡橋(まわたりはし)にやってきた 流石に交通のネックとなっており、愛川町では以前より架け替えの要望を県に嘆願している 下流の平山橋(未レポ)のように、隣に新しい橋を架けて保存・・・ というのは、道路に余裕が無いので困難だろう 近いうちに架け替えられてしまう可能性が高い 大正14年にしては、トラスが古いんではないかと思ったのである。可能性としては他橋梁からの流用 水道路橋としては大正3年(1914年)に先代の鉄橋(長54.5m、幅3.6m、容姿不明)が架橋された 大正14年に早々と架け替えというのは変なので、関東大震災で被害を受けたかと思ったのだが、 震災報告書によると「被害なし」であった 単純に大正15年の道路構造令に従ったまでの事であろうか トラス部の詳細が判らなかったのは、残念である 近代土木遺産に登録されてもおかしくないような橋なので、移設保存でも良いから残して欲しいと思う (注.個人的にそう思うだけ。そっち方面の専門家では無いので稀少価値は判らない) 愛川町/横須賀水道半原系統探索は以上である 今回、数時間で廻らねばならず、十分に探れていない 水源地等他の施設も含めて、いつの日か再探索しようと思う 水道路とは関係ないけど、平山橋も行って無いんだよ(しおしお PM06:30 追記. 資料を調べに寄った図書館で「神奈川土木部/相模の橋 今と昔」を発見 それによると、馬渡橋は大正15年(1926年)架橋 軽量溝形鋼を成形した鋼材トラスが珍しいから、流用かと思ってたが、 下流の平山橋、上流の旧日向橋(昭和5年下路ワーレントラス)も同様の成形鋼材だった この付近ではどうやら「一般的」らしい 従って、流用説は間違いであった この本、欲しいなぁ
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