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「生きる」 1952年
”世界のクロサワ”こと黒澤明監督が、名優、志村喬を主役に迎えて、人間が『生きる』ということの意味を私達に問い掛けてくる大作。
黒澤監督と三船敏郎のコンビは有名ですが、実は志村喬とのコンビで作られた映画は三船敏郎とのそれより多いんですねぇ。
この映画の中でも、志村喬の演技がお見事です。Gontaくんも、すっかり彼の虜♪
とある市役所に新設された市民相談課の課長、渡邊勘治は、後数日で30年無欠勤という記録を打ち立てる恐ろしく勤勉な男です。
しかし本当は、他の多くの職員に違わず実に無気力な男で、ただ自分の地位を失わない事だけに執着し、何をするでもなく毎日同じ事を繰り替えす、極々退屈な日々を送っていました。
しかし、そんなある日、彼は30年無欠勤の偉業を達成する前に欠勤してしまいます。
日頃から調子の悪かった胃を心配して検査を受けに行ったのでした。
そこで彼は、自分が胃癌であり余命幾ばくもないという事を知るのです。
ショックの余り、家の電気もつけ忘れて息子夫婦の居間に座り込んでいた勘治の元に、息子の光男とその妻が帰ってきました。
勘治は光男が5歳の時に妻を亡くし、以後、息子を思い後妻も取る事なく、光男だけを生きがいのようにして生きてきたのでした。
父親が居る事を知らない息子夫婦は、勘治の退職金や恩給、貯蓄を抵当にローンを組んで新しい家を建てて父親と別居しようという相談をしていました。
部屋の電気をつけて驚きバツの悪い思いをする息子夫婦と、ショックで胃癌の事実も伝えられない勘治。
息子の言葉に更に絶望感に打ちひしがれる勘治は、職場も無断欠勤し居場所も知れないようになってしまいます。
ある晩、彼は銀行から5万円を引き出し、今まで行った事もない居酒屋へ行き、一人酒を飲んでいました。睡眠薬を買い込んで自殺しようとしたのですが、死ぬ勇気もありません。
そこに居合わせた小説家と親しくなり胃癌の事実を打ち明けた勘治は、その男に5万円を使い切る手だてを教えてくれと頼み込みます。
そんな勘治に強くうたれた小説家は、「あなたは胃癌の宣告を受けて、初めて生に目覚めたのだ」と激励し、夜の歓楽街へと共に繰り出すのでした。
一晩中飲み明かし、真新しい派手は帽子を被ってフラフラと家に向かって歩いていた勘治は、職場の若い女子職員の小田切とばったり出くわします。
彼女は、辞職するために勘治のハンコが必要で彼のことを探し回っていたのでした。
ちょっとしたことから、小田切と会話をする事になった勘治は、彼女の生き生きとした精気に満ちた様子に心惹かれるようになります。
一方、二人が一緒にいる姿を見た息子夫婦達は、勘治が若い愛人を作ったと勘違いするようになり...。
な〜んかねぇ、わかるんですよねぇ。これ見て、「あいたたっ。自分を見ているようだ」と思う人が大多数じゃないかなあ?
息子夫婦や、職場の同僚に胸がむかつく思いをするけど、実はそっくりそのまま自分が日頃行っている振る舞いだった、なんてこと、あるかもしれませんよ。
じ〜んっ、と感動してしまった。最後の方は、やるせなくもなっちゃいました。
そして、自分の人生を改めて考えてしまう、そんな映画です。
「遅すぎ」になる前にって、誰もがそう思うんじゃないでしょうか?実行する、しないは別として。
勘治を演じる志村喬は、黒澤映画の常連俳優。「七人の侍」でリーダー勘兵衛を演じている人ですね。
あれとは随分違う人柄を演じています。「野良犬」や「酔いどれ天使」でも主役を演じました。
この「生きる」では、NYタイムズに「世界一の名優」と絶賛されています。
実は、ゴジラ・シリーズにも出ています。
そういえば、なんでも黒澤監督は、ずっと「ゴジラ」監督したかったんだそうですよ。
見てみたかった気もしますねぇ。
ベルリン国際映画祭でドイツ上院陪審賞受賞。
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こんばんは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
映画「生きる」もとりあげています。
よかったら、寄ってみてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611
2007/6/24(日) 午後 6:39 [ kemukemu ]
kemukemu23611さん、始めまして☆
そちらにもお邪魔させていただきますね。
2007/6/24(日) 午後 10:37