全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全37ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

第39期経営方針書

 
今期第39期も来月ひと月を残すばかりとなりました。
(弊社の決算月は1月です。よって2月1日が事業年度のスタートとなります)。
 
今年1月31日、私のブログに「夢と経営計画」と題してこんなことを書きました。
 今年度新築部門と不動産部門が、過去の延長線上で考えられない一見無謀とも思える計画を立てました。それは会社を引き継いだ頃の30代に、私がまだ「夢見る夢男君」の頃に計画した数字でした。年始め、それぞれの担当者に「こんな凄い数字やれるの?」と聞いたら「社長がそんな弱気では困ります!!」と逆に言われてしまいました。
 
ご存知のように今年は震災があり、その影響で入荷しない資材が多くあり工事に大きなブレーキが掛かったり、お客様心理が冷えたりなどの想像もつかないような大きな障害がありました。にもかかわらず新商品の投入、師匠(私のビジネス上の)の卓越したマーケティング、それに加え社員さんの高い士気と行動力により、受注額、利益額共に創業以来の快挙をなんなく成し遂げてくれました。
 
それにしても社員さんの働きぶりは目を見張る物がありました。(1人のスーパーセールスマンに寄りかかっていた頃が嘘のようです。)今迄全然振るわなかった2人の営業さんが、今年に入り突如「デキル営業マン」へと変貌してしまいました。これは全く予期しない嬉しい誤算でした。更に加えて新人や中堅どころの営業さんの業績が急上昇しています。いや稼ぐこと稼ぐこと!戦前の帝国海軍の月月火水木金金を地で行っているみたいです。でも誰にも「やらされ感」はないのです。
 
かつて私はこんなことを思って己の非力を嘆いたことがありました。
「こんなに質の高い社員さんが沢山集まってくれたのに、その持てる力を引き出してやれない」あの時のあの嘆きは今は嘘のようです。
 
色々なことのあった2011年。見送った命もありました。迎える命もありました。激しい変化の一年でもありました。と同時にかつてない位、本当に本当に多くの事を学びました。
 
お陰様で本当に本当に楽しく幸せな一年でした。
 
今年一年さぼりさぼりのつたないブログにお付き合い頂き、本当に有難うございました。
 
新年が皆様にとり良き一年になるよう心よりお祈り申し上げます
 
イメージ 1

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック

NHK朝のテレビ体操。レオタードのお姉さん

半年ほど前から、妻が朝のテレビ体操を始めました。
 
それを少し冷ややかな目で見てた私でしたが、
何を思ったのか一月半くらい前から私も一緒にやることにしました。
 
妻一人の時は、彼女の寝室でやっていましたが、
今はリビングの大画面を見ながら二人でやるのが朝の日課となりました。
 
初めは
「なあ〜にテレビ体操くらい」
と完璧になめ切っていた私でしたが、
見るとやるとでは大違い。
 
 
テレビ体操初日。
前半のストレッチや、筋力強化等のエクササイズだけでもうバテバテの私。
「もういい加減終わってくれ〜」
の心中の嘆きの悲鳴。
本番のテレビ体操が始まった時にはすっかり無条件降伏状態。
 
学生時代は山岳部、日本中の尾根を駆け抜け
「カモシカの足」と言われていたのが、遠い昔の夢のようです。
 
そんなことを考えつつ、15分の長〜い長〜い運動は終わりました。
しかし、大変なのはそれだけではなかったのです。
 
悲劇は翌朝起きました。
朝目覚め、フトンから出る時です。
「あれ、カラダが動かない!痛い!」
一瞬パニックになりかけましたが、
しばらくして、それがようやく全身の筋肉痛と知りました。
 
とにかくツライ。椅子から立ち上がるのも、
階段を上がり降りするのも普段の倍時間がかかります。
 
一週間程でやっとその苦痛から解放され、
少しカラダを動かすのにも慣れたころ、
やっとテレビ体操の楽しみを見つけました。
 
ここだけの話です。
レオタードのお姉さん方の中に私好みの女性がいました。
押味里沙(おしみありさ)さんという女性でした。
 
継続してわかったのですが、
あのお姉さん方んぼレオタードは毎日替わるのです。
また体操する位置も曜日によってかわります。
お姉さんは全員7人です。
出演するお姉さん方は5人ですから、常に2人は出演しません。
 
だから、私は週一回位、ローテーションでまわってくる押味さんが
前列右で体操する朝は超ハッピィです。
なぜかその日は、腕も足もいつもより高く上がる気がします。
ハイ、その日は一日ルンルンです♪
 
でもこのことを妻に言ったことはまだありません。
ささやかな朝の楽しみです。
イメージ 1

閉じる コメント(1)

閉じる トラックバック

もういくつ寝るとお正月

昨年もあわただしく時が過ぎました。
 
しかし、今年は一層あわただしさが増しました。
 
でもひとつだけ間違いなく言えるのは、私自身の幸福感が年々大きくなっていることです。
 
この秋以降時折こんな感情に心が支配されます(笑)。
例えば信号待ちの車の中で突然「本当に幸せだなぁ」という思いが一気にこみあげ、涙があふれます。
 
かつて平成十六年をピークとする更年期障害による体調不良と鬱の苦しみ。
 
「俺は経営者としてたいした事業も出来ないまま枯れて行くのか」
と思うと悔しく、無念でした。
 
今はそれらの苦しみからも嘘のように解放されました。
 
11月5日、永遠の旅路についた父を見送りました。
不思議なことに悲しみも喪失感もなく、旅立った父の顔さえ幸せそうに見えました。
事実、10月17日に誕生したばかりの初孫を抱く度、両親も満面に笑みをたたえひ孫の顔をのぞき込んでいる感さえします。
 
明日12月4日、私のビジネスの師匠の一番弟子の方が東京からやってきます。目的は社員満足度を高める仕組み作りと、中期事業計画を作るための打合わせのためです。
 
私自身は毎日が充実し幸せです。
そんなハッピィな思いを社員の皆さんと共有したい。
どんなに忙しくてもやらされ感を持たず主体性を持ち、満足感と明るい希望の得られる職場環境を作りたいと思っています。
 
それが社員さんへ与えることが出来る私の最大のいクリスマスプレゼントでありボーナスかも知れません。
 
 
 
あぁ、それにしても時間のたつのって速いなさ。
 
 
イメージ 1
         6年も待ち続けた待望の初孫 麟太朗

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック

「♪夏が来れば思い出す、はるかな尾瀬♪」 じゃなかった

 
みなさんは幽霊はいると思いますか?
 
わたしはいると思います。私は人間の強い思いが幽霊を作るのだと思っています。
 
だから幽霊は死んでいる人や生きている人に関係なく作り出すと思っています
 
 
 
 
かつてこんなことがありました。私の会社の社屋は競売物件を競り落としたものを使
 
っています。あれは平成7年だったでしょうか。弊社の若い営業社員が「事務所の2
 
階にオバケがいる」と騒いだことがありました。道路一本隔てて隣が墓地だから「そ
 
んなことはあるかもしれない」とたいして気にしていませんでした。
 
 
 
 
ある日のこと、事務所に誰もいなくなり、私一人で仕事をしていたら2階で、バタン、
 
バタンと人の歩く音が聞こえたのです。ひょっとしてどこか外部の音が間違って聞こ
 
えたのかもと思いました。しかしその音は間違いなく2階から聞こえました。
 
全身に鳥肌が立ちました。「これだ!!」
 
 
 
 
自らを鼓舞し2階の部屋に灯りをつけ、すべての部屋を確認しました。
 
異常はありませんでした。
 
 
 
 
ここからが信じがたいところです。実に面白いとこです。
 
足音のことなどもすっかり忘れていた2〜3か月後のことでした。私は憑依現象とい
 
うものを目の当りにしてしまったのです。
 
(その現象は2階からする足音の犯人を教えてくれたのです)
 
ある日のこと、私を訪ねて生命保険会社の親しい外交員の女性が来社されたので
 
す。中年のSさんと若い女性のKさんのお二人でした。会話の途中、Sさんが「私、田
 
中さんに今まで話してなかったけど普通の人と違う能力があるの。気持ち悪がらな
 
いでネ。実は田中さんの後ろにネ、今おばあちゃんが見えてるの。多分ここに住ん
 
でいた人だと思うけど」と言い終わると、隣の席のKさんが体をモジモジさせ出しまし
 
た。するとSさんすかさず「Kさん、入れてあげなさい」。わたしにはSさんの言う“入れ
 
る”という言葉の意味が分かりませんでした。やがてSさんの言葉にうなずきKさん
 
は“入れる”決断をしました。
 
すると二十代前半のKさんの表情が年老いた女性に一変しました。いや豹変といっ
 
たほうが適切な表現でしょう。ミニスカートをはいたKさんは、人格まで老婆になり、2
 
階への階段を駆け上がりました。「ここはもっと広かったのに、こんな狭く変えてしま
 
って。〇△の部屋がこんな事務所になって。あぁイヤだ!!床の間がなくなってい
 
る。もうこんな目茶苦茶に変えて」などと大きな声で話していました。
 
 
 
 
言葉を失うような鮮烈な光景は以前テレビで見た精神障害の一種、まさに人格多重
 
症のようでした。やがて、Sさんの呪文のような言葉で憑依した老婆の人格は消滅
 
し、Kさんは元のKさんに戻りましたが、ものすごく疲れ虚脱感に満ちていました。
 
 
 
 
私たちの会社の建物になっても、以前の所有者の「建物を手放したくない」思いが、
 
一つの人格を持つ念体になり住み続けていたのです。
 
 
 
 
あぁコワ ナンマイダナンマイダイメージ 1
 
 
 
スゲベ!!(「凄いでしょう}の八戸弁です。わたしがスゲベ!!とメールなどに書くと
 
よく勘違いして「スケベ!!」と読むひとがいますのでお間違いないように)
 
 
 
 

閉じる コメント(2)

閉じる トラックバック

青春「後期」真っ盛り

 
今年くらい時間の経つのを早く感じたことはありませんでした。
 
(もっとも毎年同じことを言っていますが・・・)
 
 
ここ2〜3年、実は私はあるビジネスモデルを作ろうと、あっちこっちに出かけて
 
いました。
 
そしたらすでに私が求めているビジネスモデルを作っていた人がいました。
 
早速その人を訪問し、仲間に入れてもらいました。自分でビジネスモデルを
 
作るより、時間と労力が思いきり短縮できました。
 
 
 
以来私の時の流れは一気に加速しました。どのように加速したかって?
 
骨粗鬆症気味の年寄馬に全力疾走のムチを入れるたび「スカッ、スカッ」と
 
老骨の鈍い音が頻繁にするようになりました。
 
 
 
そして今年の2月、私はビジネスの師と呼ぶにふさわしい人物に
 
出会ってしまいました。
 
若いながらも彼がまとっている、「厳しさの中に本当の優しさがある」
 
そんな雰囲気は、伝説の経営コンサルタント『一倉定』を彷彿させます。
 
師の厳格な指導は4月の上旬から始まりました。4月、5月、6月は
 
毎週のように来社し、山のような宿題を置いていきます。
 
(これがまた大変なのです)
 
 
 
 
しかし心地良いこともあります。と言うのは、私の立場や年齢を考慮し、
 
ほとんどの人が私の間違いを指摘しないし、当然叱ってくれません。
 
しかし件の師は、社員の前でもいつでもどこでも間違いを指摘するし、
 
経営者としてやるべきことを怠っていれば叱責してくれます。
 
(ここが前述の一倉定さんと最も重なって見える点かもしれません。)
 
 
 
叱責された時は正直、心地良いものではありません。
 
少しびっくりして老馬が後ろ足で立ち「ヒヒ〜ン」といななく感じです。
 
でも心が落ち着けばやはりそれは新鮮で心地良いものです。
  
 
 
そして指導を受け3か月目で目に見えて〇〇が変わり始めました。
 
結果をかちっと数字で出す指導でした。
 
 
 
師と出会う前、第4コーナーを回った老馬は引退というゴールにのんびりと
 
入ろうと思っていました。しかし師は当然それを許してはくれません。
 
「何言ってるんスカ社長。老け込むには早すぎます!社長は今まさに
 
『青春後期真っ盛り』じゃないスカ!!」
 
 
若き我が師の容赦ないムチが我が老骨に入ります。
 
またしても骨粗鬆症気味の老骨が大きく鈍く
 
「スカッ、スカッ」と音をたてました。(><)
 
こりゃ当分楽できそうにないな。(^^;
 
 
 
 

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック

全37ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.

田中よねかず
人気度

ヘルプ

Yahoo Image

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

標準グループ

  今日 全体
訪問者 0 12430
ブログリンク 0 2
コメント 0 49
トラックバック 0 2

開設日: 2006/4/19(水)


プライバシーポリシー -  利用規約 -  ガイドライン -  順守事項 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2012 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.