|
●ベリヲタ回顧録 番外編 もともと亜弥ヲタな私 その3
続きまして、その3です。ちょうど昨年の今頃、ライブ参戦は終わりにしようと思っていた頃に書いたものです。あややのアイドルからアーチストへという路線変更を応援しようという気持ちです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
11月21日(日)14:30/15:30 18:00/19:00 松浦亜弥コンサートツアー2004秋 〜松◇クリスタル◇〜 茨城:神栖町文化センター
「ありがとう」
なんだかとても胸が痛いです。こんなの前カノと分かれた時以来だなあ。
今日は初めて自分の車でライブに繰り出しました。茨城県神栖町。はじめ聞いたときはどこだかわかりませんでした。鹿島の近くだからそんなに遠くないかなあ、しかも会場が収容人数1000人程度の会場だからよく見えるな。今ツアーで関東圏ラストのライブだし、行くか。という感じであっさり決まりました。
今日は私にとって特別な意味がありました。2002年から松浦ライブに計6ツアー、30公演近く参加してきたけど、今回が最後です。
今日もすばらしいパフォーマンスでした。公演回数を重ねていることもあり、もはや完成されていると言っても過言ではないです。
特に二曲目の「恋してごめんね」、三曲目の「Do You Love Me?」のアップテンポな曲の連続は圧巻で、あっと言う間に私のボルテージは最高潮に達しました。
そんなノリがよい曲の時はいいんですが、途中、ラスナイや渡瀬橋といったバラードを歌っている最中、ああ、これで俺のツアー参戦も終りなんだなぁとあらためて思うと、走馬灯のよ・・・じゃないけど今までのツアーのことが頭をよぎり、感傷的な気分になりました。
思えば2002年のファーストデートからはじまり、丸三年。今に至るわけですが、初めて行ったパシフィコの三階では先輩ヲタどもにかなり圧倒されたのを覚えています。
私は今ではもはや立派なヲタですが、はじめのうちは次第に皆と掛け声や手の振りが合ってくるのがわかると楽しくなったもんです。
今や多くの曲で皆で振りまで合わせて踊ることが多いです。前はアンコールの掛け声だって今みたいに揃わないでばらばらだったなあ。
確かに最近のライブの盛り上がりようは凄まじいものがあります。ppphだって複雑化してるのに気持悪い位揃ってる。でも・・・。
やっぱりファーストデートや富士急の野外ライブの頃の感覚、そう、出演者も観客も常に全力投球だったあの頃の新鮮なワクワク感が忘れられない・・・。
昔のことを書いてると私も彼女も歳食ったなあと実感します。最近の路線を見てると、アイドルは卒業し、アーティストへの第一歩を踏み出したい様です。以前に比べ家族連れや女の子の割合も増え、ファン層が広がったよなあ。
しかし一方で初参加の方々は旧態依然の我々ヲタが熱狂する姿を目のあたりにして唖然とし、時には恐怖心すら抱いている様子もみえる。きっとそれはアーチスト路線を目指す彼女にとっては良くないことなんでしょう。我々のようなヲタは手を引かざるを得ないと考えます。
もちろんライブ参戦をやめる理由はそれだけではなく、私ももういい歳だし、いつまでもこんなことしてる訳にはいかない。最近はオークションでのチケットゲットしかり、エスカレートし過ぎ。ほっておくとどこまでいくかわからない。
そんなこんなで今日が最後・・。と感傷的になりながら、また元気な曲になればそれを忘れて飛び跳ね、またバラードになれば彼女の顔を見つめながら思いにふける。その繰り返しでした。
あっという間に時が過ぎ、アンコールも無事終了、あややが最後の挨拶をしてました。今までの思いがすべて重なり、私のボルテージは最高潮に達していました。そして、思わず、こう叫んでいました。 ・・・「ありがとう!!」
「ありがとう!!」何度も叫んでました。本当に今までありがとう。ずいぶんと生きる勇気をもらいました。これからは君なしでも生きられるようにしないと・・。
頑張れ。歌手、松浦亜弥。ずっと見守っています。そしていつの日か本格化歌手として認知された時、女房や子供を連れてライブにいけたらいいな。
それまでさようなら。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
え〜。お恥ずかしながら、ここまで書いておきながら実際には2005年春の「101回目のkiss」ツアーが始まったら参戦してました。亜弥ヲタK君の強い要望もあり。。。
|