神が選ぶ人物とは
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このころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈りながら夜を明かされた。夜明けになって、弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び、彼らに使徒という名をつけられた。すなわち、ペテロという名をいただいたシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとバルトロマイ、マタイとトマス、アルパヨの子ヤコブと熱心党員と呼ばれるシモン、ヤコブの子ユダとイエスを裏切ったイスカリオテ・ユダである。(ルカ六章十二〜十六節)
最近、童門冬二氏の著書『小説上杉鷹山』(学陽書房)を読みました。上杉鷹山は借金だらけで、いつつぶれてもおかしくないような当時の米沢藩を財政再建立した人物です。あのアメリカの大統領ジョン・F・ケネディが「最も尊敬する日本人」として上杉鷹山の名を挙げたこととしても知られています。
特に鷹山の特筆すべき点は、あの上下関係の厳しい封建時代にあって、「民は国の宝。君主は民衆のためにある」という理念のもと、徹頭徹尾、庶民に優しい政治を行った点です。鷹山は隠居の折り、後を次ぐ新藩主上杉治広に「人君の心得」として三条からなる「伝国の辞」を残しています。伝国の辞は次の通りです。
一、国家(藩)は、先祖から子孫に伝えられるもので、決して私すべきものではないこと、
二、人民は国家に属するもので、決して私してはならないこと、
三、国家人民のために立ちたる君(藩主)であって、君のために人民があるのではないこと。
すなわち、鷹山は、藩主というのは、その国家と人民のための仕事をするために存在するのであり、国家や人民は藩主のために存在しているのではない、と言い切っているのです。これは、藩民を単なる税源としか考えておらず、藩民の人格を全く無視していた当時の封建幕藩体制下では異例のことです。あの時代に何と、民主主義の要である主権在民の思想を世に宣言しているのです。そして、鷹山はその思想を基に、藩財政の立て直しをしていくわけです。
さて、この小説で興味深いのは、鷹山が藩政改革のために、どんな人物を登用したかです。それは、当時の米沢藩では「冷や飯派」と呼ばれる人々でした。竹俣当綱は正義感の強い人物でしたが、人事を勝手に行い、すべて自分の縁者や一族で要職を独り占めにしていた重臣に楯突きました。藁科松伯は藩医で学者だが直言の癖があり、誰にでもズケズケ物を言うので、重臣たちからは嫌われていました。木村高広も莅戸善政も藁科松伯の弟子で、重臣たちからは煙たがられていました。すなわち、学問、民政、農政の知識は持っているが、藩に巣食う社会悪に怒りをもち、そのことに気づくと相手が誰であろうと直言する者たちで、そのことにより重臣たちに嫌われ閑職に追いやられてしまった者たちでもありました。現代で言えば、組織から浮いてしまった長いものには巻かれない社員、イエスマンでない社員、上司に嫌われて左遷されてしまった社員と例えることができるでしょうか? 鷹山は、あえてそういう一癖も二癖もある人物を登用し、藩政改革の火種として用いたのです。
その結果、どうなったでしょう? 彼らはこれまでの意味のないしきたりを廃止し、藩内に巣食う賄賂政治を一掃していったのです。たまらないのは、古いしきたりを重んずる重臣たちです。彼らは冷や飯組に対して様々な妨害や嫌がらせをしていきます。しかし、彼らはその嫌がらせにじっと耐え、鷹山の命を忠実に実行し、武士もまた土地開拓に参加するなどの新しい発想で、改革プランを次々に実行していきました。そして漆や桑、楮、紅花など、新しい産業を興していったのです。そのお陰で、藩財政は潤い、大飢饉の年も米沢では飢え死にした人は一人もいなかったそうです。まさに鷹山は愚直だが誠実で一途な冷や飯組と一緒に、藩民にこの上ない愛情を注ぎながら改革を成功させていったのです。
この鷹山が藩政改革のために登用した人物たちのことを思う時、私はイエス様が選んだ十二弟子のことを思います。十二弟子もまた、一癖も二癖もある者たちではないでしょうか?
シモン・ペテロは衝動的で心の変わりやすい人物でした。イエス様に「たとい全部の者がつまづいても、私はつまづきません」(マルコ十四章二十九節)と豪語したのに、イエス様が捕まった後には、鶏が二度鳴く前にイエス様のことを知らないと三度言いました(十四章七十二節)。そのような弱さをもっていたのです。
ヤコブとヨハネは「雷の子」(マルコ三章十七節)と呼ばれるほど短気で、激しい性格の持ち主でした。また母と一緒に来て、「あなたの御国で、ひとりはあなたの右に、ひとりは左にすわれるようにおことばをください」(マタイ二十章二十一節)と直訴するほどの野心家でもありました。またピリポは優柔不断で、マタイは取税人という職業柄、人々から母国の反逆者と見られ、熱心党員シモンは危険な革命論者、トマスはイエス様が復活した時、「私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、渇して信じません」(ヨハネ二十章二十五節)と言うほど疑い深い人物でした。そのほかアンデレ、バルトロマイ、ヤコブの子ユダとイエスを裏切ったイスカリオテ・ユダがいます。
もし今の一流企業であったなら、このような一癖も二癖もあり、弱点も多い人物を、絶対、リーダーとして選ばないことでしょう。むしろ組織に対しては絶対忠誠を誓い、上司に対してはイエスマンで、何でも「ハイ、ハイ」と従う人のほうが、使いやすいことでしょう。あるいは頭が切れて、根回しもうまい人を選ぶかもしれません。けれども、イエス様はあえて欠点の多い人物を使徒に選びました。しかも、その弟子たちを選ぶために山に行き、「神に祈りながら夜を明かされた」(ルカ六章十二節)と言います。夜中祈って決めた十二使徒だったわけです。
『十二使徒』の著者レスリー・B・フリンは十二使徒についてこう書いています。
「イエスは、これらの失敗の多い人たちに満足なさらなければなりませんでした。ご自身の使命を達成なさるために、このような、お人好しで、正直で、質朴で、一方では、熱狂的で、精力的な弟子たちに依存なさらなければならなかったのです。イエスの忍耐強い訓練によって、ゆっくりではあるが、確実に、彼らは、主がご自身の使命の遂行を彼らにゆだねて昇天なさる日まで、恵みと知恵において成長していったのです」
十二弟子はガリラヤという町出身の普通の人々で、その多くは漁師でした。イエス様はこのような弟子たちを訓練し、彼らに福音を委ねました。このような人物たちをイエス様が選び、訓練し、用いられたのなら、私たちにも希望があります。なぜなら、私たちもまた失敗の多い、弱さをもった、欠けだらけの人間だからです。私たちは頭脳明晰でないかもしれません。器用でないかもしれません。高学歴ではないかもしれません。しかし、それでも神様はその人たちを用いることができるのです。
レスリー・B・フリンは、こうも言います。
「もし主が、並外れて有能でもない尾、またそれほど高徳でもない人たちをお用いになることができたなら、私たちは皆、主のわざのために役立つことができるのです。私たちはペテロのように説教することも、マタイのように著作することも、アンデレのようにあかしすることもできませんが、自分の欠点や弱さにかかわりなく、教会の中には、すべての人々のための働き場があるのです」
あなたはペテロのようにそそっかしい衝動的な人物でしょうか? ヤコブやヨハネのように短気で野心的な人物でしょうか? トマスのように疑い深いでしょうか? 熱心党員シモンのように危険な革命論者でしょうか? マタイのように人々から嫌われるような職業をもった人物でしょうか? どうぞ安心してください。どんな欠けだらけの人物でも、イエス様は用いてくださいます。そして、あらゆる機会を用いて訓練し、成長させてくださいます。
イエス様は、ペテロやアンデレに語りかけたように、あなたにもこう語りかけてくださいます。
「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」(マタイ四章十九節) どうぞ、イエス様のこの招きに従ってください。そうしたならば、イエス様はあなたに福音の火種を与えてくださり、あなたの性格的な欠点、弱さにもかかわらず、それを百八十度変えてくださり、日本に福音の革命をもたらす人物の一人として用いてくださることでしょう。 |






