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3月27日に誕生した茨城県の2つの新市のうち、「つくばみらい市」は誕生当日と、最初の土曜に移動運用したのだが、平日の休みが取れたので残るもう一つの「小美玉市」に移動した。ホームから国道16号を南下し柏ICで常磐道を経由して「千代田・石岡IC」で降りて6号線を走ると霞ヶ浦が見えてきた。
ここは「小美玉市」旧玉里村に到着だ。霞ヶ浦の周回道路下の運用を行った。既にたくさんの移動局が運用をしていたが意外にファースト「小美玉市」の局長さんが多くたくさんのコールを頂いた。
また地元の局長さんには「今日は百里基地からの離発着が無くて静か」だというコメントを頂いた。
ちなみに昨日は「騒音が煩かった」とのことだ。
ここに来たのには、もう一つの理由がある。鹿島鉄道の話だ。
3月30日、経営危機に陥っている鹿島鉄道(石岡=鉾田間、27.2キロ)は、2007年3月末で運行を取りやめるとした「鉄道事業廃止届け出書」(廃止届)を国土交通省に提出した。今後は、国土交通省関東運輸局が自治体や利用者団体から意見聴取を行い、廃止時期などを検討するが、鉄道事業者が自主的に廃止願いを取り下げない限り、国や自治体に鉄道を存続させる権限はなく、廃止は秒読みの段階に入ったと言っても過言ではない。 鹿島鉄道は、廃止の理由を「経営改善5カ年計画に基づき、2002年から県、沿線自治体の支援を受け運行してきたが、利用者が減少し、経営が悪化している」としている。
関東運輸局は、自治体や利用者団体などからの意見聴取を求める公示を、鹿鉄の主要駅や石岡市など沿線の市役所などに掲示。4月10日までに、代替交通機関のあり方や廃止期日の繰り上げについて、申請があれば、2カ月以内に意見聴取会が開かれる。(あくまでも、1年以内の廃止繰り上げの場合です)
この廃止届を受けて横田凱夫石岡市長は「公的支援が継続されている中での廃止届の提出は残念。しかし、廃止届イコール廃止ではない。存続を視野に入れた協議を続けていく」とコメントを発表した。
沿線市町村等で作る鹿島鉄道対策協議会では、4月から、通学定期の利用者拡大を目指して、「通学定期の割引実証実験」を行っている。鹿島鉄道の通学定期を4月に購入した学生に限り、通学定期代金を2割引とするなどの措置を行っている。
鹿鉄の経営危機が表面化したのは、01年7月。1967(昭和42)年から担ってきた航空自衛隊百里基地への航空燃料輸送が、榎本(えのき・もと)駅と同基地を結ぶパイプラインの老朽化に伴い、トラック輸送に切り替えられたことがきっかけだった。
年間1億5千万円近くあった燃料輸送の収入が経営を支えてきた。阿久津弘基・鹿鉄専務は「燃料輸送があったから生きてこられた」と語る。
鹿鉄は県や沿線自治体に支援を求め、02年度からの経営改善5カ年計画を策定。支援を受けながら、浮上策を探ることになった。 年間乗客数のピークは67年の300万人。02年に年間90万人に落ち込んだ乗客は、04年には84万人に減少。イベント列車などで乗客増を狙ったが、鉄道事業は毎年6千万円以上の赤字を計上し続けた。不動産収入などで補っても、支援を受けた02年度以降の3年間で、8200万円の赤字が積もった。02年当時、廃線の道を選ばなかったことについて阿久津専務は、「公共的使命を80年担ってきた責任から」と振り返る。
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