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民主党の負け戦の後に平家の凋落を目撃し、私ならずとも「お話みたいだ」と思ったはずの師走、
翌週が本当の『平清盛』の最終回でした。平家一門の会議が目立つようになった来たのは、
福原から帰って以降と考える。見せ場となるいくさ場が少ないのを奇異に思って観ていたけど、
視聴率が悪く、制作費が削られたためと理解でき。

壇ノ浦の戦いも、終幕の時子が安徳天皇を連れて海に身を投げ出す場面が見せ場で、
Wikipediaにあるような経緯は無し。といっても壇ノ浦を物語ったこと自体が驚きで。私は、
旧来のNHKの大河ドラマの「思想」に習い、清盛の死以降は描かないと思っていたから。過去は、
主人公の死で終わるか、終盤が立て込んで死を描けないで「完」だったのですね。

ということは今回の『平清盛』において、清盛の肉体の死では物語は終われないと、
作り手は考えたと私は推察。だから死した後も亡霊として表現したと仮定。というのも清盛の理想は、
「面白き国をつくること」。過去に題材にした戦国武将はそれぞれの生き方を描き、
主人公の考え方は物語の原動力でも、作り手が込める主題ではないと私は仮説を。

多分NHKでも再三主人公にしてきた信長・秀吉・家康は、視聴者に確固とした先入観があり。が、
今回の大河ドラマは旧来の清盛像を壊すことが狙いなので、人生の経緯よりも理想としたものが重要。
というのも清盛の理想を語らなければ傲慢と没落の後半の印象を残すので、平清盛の再定義が、
達成されないことに。だから海賊船で終わったと考えられ。

頼朝と義経の確執を描いたことも、団結していた平家一門と対照するためと想像つく。さらに、
理想が実現して終わりということは、清盛の「呪い」て日本を動かしたとも。清盛自身が白河法皇に、
「呪われた存在」と今回の大河ドラマで定義できそうなので、「呪うほど強い思いが必要」が、
私の『平清盛』の定義というもの。特に大きいことを成そうとすれば。

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