『滑落遭難』の本を読む
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羽根田治氏の『滑落遭難』の本を読んだ。 著者のもう一つの『道迷い遭難』の本も以前読んだ。1作目に『気象遭難』という本も出されているらしい。 実際に起こった7〜8話の遭難の事例について諸々書かれているものである。 中高年の登山者が増える中で、この遭難も増加傾向にあるらしい。 低山である多良岳でも近年そういう話が出ており、夏の低山であれ冬の北アルプスであれ、要するにいつでもどこでも誰にでも起こりうるということかもしれない。 また、『山と渓谷7月号』を読んでいたら「人はなぜ遭難してしまうのか」という題で、構成が羽根田氏の文章が載っていた。 山の雑誌には先般のトムラウシ遭難事故についても検証など載っているらしいがまだ読んではいない。 私自身も長年山に対峙してきて、その中には気象遭難の中に入るだろうと思われるもので、あわや・・・と脳裏をかすめた2件、同行者の救助要請を出したこと1件と経験している。 他にも道迷いらしきこと、そして、最近は転倒が続くこともあった。 山は長く続けているので、先に書いているようなステップアップ、例えば岩登りや沢登り、冬山への技術や知識は、遠い昔多少習得してきていても、そのリスクは大きくなっていることを自覚せざるをえなくなってきている。 まさに、これらの本に書いてあるそのものであったので、幾つか目にとまったものをそのまま引用させてもらい、私も含め山行く人に認識を持ってほしいという思いを持った次第である。以下、その文章。 【ところで歳をとるに従ってつまづいたり転んだりしやすくなる、あるいは何か相手によろめいたりバランスを崩したりしやすくなるのは仕方のないことだと思う。 加齢による体力の低下は万人に等しく起こることであり、誰もそれに逆らうことはできない。肉体は確実に衰えているのにそのことを自覚せず若い頃と同じように動けると錯覚している人が実に少なくないようだ。それが、転滑落事故が多い一因。 現在の自分の体力がどの程度か正確に把握、目を背けずに素直に受け止めよう。】 【登山の技術や知識は低山から中級山岳を経て無雪期から積雪期へ、徐々にステップアップしながら進む、それが当然だったのは随分昔話。山登りを始めて間もない人がツアーに参加したり同じレベルの仲間と話し合い、いきなり北アルプスや冬山へ。 ステップアップの原則はもはや有名無実化しているといっても過言ではないだろう。】 【《山のリスクに対する想像力の欠如》自発的にリスクテイク(自分の意思でリスクを負った行動をとること)をしているということを、登山者自身が自覚しなくなってきているのではないかと指摘する。 山には不確定要素がたくさんあり、対処を誤ると危険な状態に陥ることを頭ではわかっていても行動としては理解していない。 本来そうした不確定要素に対処するための技術を登山者は身につけなければならないはずなのに、初心者を中心に「山に登るには、とりあえず歩ければいい」と錯覚する人が増えている。 地図が読めなくても天候の判断も知識がある人にまかせてくっついて歩いていくだけだから、危険を感知しようともしないし、注意力も散漫になっている。】 【《疲労が判断力を低下させる》山で道に迷うときは肉体的に大きな負荷がかかっている。 道標などの単純な情報も疲労困憊していると処理できなくなってしまう。となれば、さらに判断力も低下する。 山の遭難事故は対岸の火事であり、何の根拠もなく「自分だけは大丈夫」と思っている登山者は少なくない。】 【《リスクを意識化させる》すべてに対処できるかは別にして、山では先々どういうことが起きうるのかという可能性を考えておく。】 長くなってしまったが・・・、なるほどと思うことや自分にも当てはまることだなと思ったりした。 まあ、この本を一読するにありだろうか。
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