西国三十三観音紀三井寺

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22日(火)、公民館講座の『長崎街道ウォーキング』に申し込んでいた。
市内の永昌宿から大村街道の途中までを往復した。
集合してすぐにお話しした男性はサングラスをはずされたらわかったけれど、20年近く前、壱岐に赴任していた時に船内でよくお話ししていた方だった。
相変わらずお互い気さくなのは変わらないらしい・・・。
全部で15人参加で公民館関係のお二人、講師のK先生の18人で出発。
慶安2年(1649)頃の長崎街道は多良経由であり、その後、享保元年(1716)から永昌追分←→大村経由の長崎街道が本通筋となったという。
大きな看板の永昌宿から入っていく。
[いわ茶屋跡]は茶屋の働き手の「いわ」さんの名が知られていて、巨石は庭にあったものらし
一里塚跡から松並の復元に力を入れられている法人があり、日当たりのいいところはかなり育っている。
シーボルトがお茶の栽培について文献に書いてあるのはこのお茶畑らしく、もっと広げようという話もあるらしい。
それから間もなくして山道らしきところに入り、ここから[大村街道]になる。
幕府が1年ごとに参勤交代を諸大名に命じ、江戸と自領を行き来して旅費や滞在費を負担させ、謀反などを抑止するために使われた街道。
参勤交代で街道や宿場が整備され繁栄したということである。文化の流通もか。
その参勤交代のために数ヶ月前から幕府に道筋や予定表を前もって報告しておかなければならなかったそうだ。
そして、それに基づいて横道にそれることも許されなかったとか・・・。
それでも、家康の江戸時代から260年間は対外戦争もなく、一般庶民は庶民らしい生活ができた・・ということもいえる・・ということだった。
それなりの急さのある落ち葉の道を歩き続けると[大渡野番所跡]。そばの広場は手形改めのために旅人が待機した場所とか。
そこからはなだらかな道となり、藩境、硯石、籠立場跡などがあった。
籠立場跡は石を積み上げられて籠が置かれるくらいのスペースがあり、今は杉の植林で見晴らしは全くないのだが、ここからの多良岳の眺めはとてもいいらしい。
そんなことで昔の人達も景色のいいところで休み、殿様も休むけれど籠を運ぶ人も一服休憩して景色を楽しんだ・・ということだ。
先に先にと進まれ、ここで1時過ぎの遅い昼食となった。
女性の参加がやはり多かったけれど、平日でないと参加できない・・とか、時間帯が10時から・・というのが親御さんを預けて出られる・・とか、皆さんいろんな環境をかかえておられるようだ。
お昼が済んで、風観岳方面に歩いて[三方塚]という三角形の石積みの塚。
大村と佐賀の境界を示す石塚は大村藩は丸い塚、佐賀藩は四角の塚で区別してあるということだ。昔も今も境界は面倒だったのか・・。
帰りは大渡野番所跡から右折して、奈良時代からの[古代官道]というのを下った。
ここは道らしいとはわかるのだけれど、荒れていて倒木はあるし滑りそうで、皆さん緊張して歩かれた。
そして、バス停終点から車道歩きとなり、到着は予定の14時が15時30分になっていた。
講師の先生は知っていることを皆さんに知らせたいという気持ちがあられ、詳しく説明して下さった。
今まで目にも留めなかった標識などが、こうして講師の先生とゆっくり歩くことで発見されたし、長崎街道とは・・とか歴史の意味することも少しだけ勉強したようだ。 |
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諫江八十八ヶ所巡りは2班に分かれていた。午前中の市内中心部は早く終わり、1班を待っていたがなかなか戻ってこられなかった。
河川敷の階段に座ったり、近くを歩いたり時間をつぶしたが1時間半以上待ったかもしれない。
到着され、マイクロバスやマイカーに便乗して小野地区に走った。
[金比羅神社:50番札所]
市内で一番高い山・・ということだったが登ったことはなかった。
皆さんの中には山歩きをしていない人も多く、係の人は足元を注意することをよく言われていた。
登山口から坂道を歩き、石段状の苔むした登りの道が続き、金比羅神社に到着。
参道にはお地蔵様が並び、50番札所のお弘法様もいらした。また、カニの石もあり何かいわれがあるのか・・。
下りの開けたところでは多良山系の展望が広がっていた。
[岩戸山:51番札所]
その下の方の岩の下に51番札所は祀られていた。近くに家があったがその方がお世話されているようだった。
[宗方神社:48番札所]
宗方神社の奥の方に48番の弘法様を中心に6体のお地蔵様がおられた。
この日は午前午後と19ヶ所の札所を回ることができた。
市内に住みながら知らない場所も多く、八十八ヶ所巡りを通じて新しい発見もできた。
サポートとしていろいろお手伝い頂いたスタッフの方々に感謝!
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1年に1回、ライオンズクラブ主催の諫江八十八ヶ所巡りの募集があっていたので申し込んでいた。
昨年に引き続き2回目の参加となる。
←河川敷に咲いて いたお花
河川敷に集合で受付を済ませ、開会式があり、2班に分かれて出発となった。
私は2班で午前中に市内中心部を周り、昼食後小野地区を巡るコースだった。市内中心部は個人で回っていたので2回目になる。
一つのお寺に2〜3体の弘法様が祀られていたり、歩く範囲も狭かったので、6ヶ所歩きは思ったより早く終わった。
←正応寺の最後の88番札所
公民館にある17,18番札所→
←15番札所のある立派な 慶巌寺
←本明川は石づたいに渡 れる。
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19日、お天気いいにもかかわらず、あまり山に登る気持になれず、久しぶりにこどもの城へボランティアに出かけた。
いつもは午後から行っていたので10時頃にはまだ訪問者はそれほど多くなかった。
ちょうど受付のところで、親子での《森の幼稚園》の活動が始まりそうだったので、これに参加することにした。
周りは自然を感じさせる環境なので、ちょうどよかったかも。
スタッフのkさんは若いにもかかわらずはっきりして指導力もあるような感じだ。
スズメがセメントの壁の穴に巣作りをしていた。
これは・・・と?改めてしっかり見たことはなかったモミジの実。実があれば花もあったはずなのに山歩きしていても気付いていない私。
あちこち野原に咲いているマツバウンラン、ニワゼキショウももちろんあったけれど、ハナニガナ、はびこるキンケイギクなども見られた。
子ども達にとっては楽しみな野イチゴ。山にあっても食べたことはあまりないけど、子ども達が勧めるので1個食べてみた。
また、ムシが大好きで・・・、ムカデが2匹もいたのにはさすがに怖いこともあって大声を出していた。
池には鯉が泳いでいて、錦鯉は人面魚的だった。
そして、ずっと周回すると白木峰高原につながっていた。
戻ってからは本館2階で子ども達と遊び、2時前に失礼した。
その後、2時半からの『放射能の健康影響〜長崎・チェリノブィリの経験から〜』
疲れていたのかうつらうつらしてしっかりとは聞けなかった・・。
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開設日: 2008/5/22(木)