山恋讃歌

あったかいお天気日和が続いています。

山のよもやま話

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全15ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

『空白の五マイル』の本を読む

この本はノンフィクション賞を与えられたということで紹介されていた。
イメージ 1
 
作者はチベット奥地に存在する[ツアンポー峡谷]の未踏、いわゆる空白といわれる五マイル(約8キロ)に興味を持ち、3度にわたりチャレンジされている。
 
単独になったり死ぬような目に遭ったり幾多の困難を乗り越えながら、滝の発見など大峡谷の大自然に挑まれる様子がわかった。
 
そこは18世紀から探検家や登山家の挑戦の対象になっていて、その人達の軌跡も書かれていた。
 
私自身は山が好きだから山の本などはよく読むのだが、このピークハンターではない探検という分野に、今の時代にこのようなすごい人がいたことに驚くような嬉しいような気持になった。
 
そして、自分には小さな冒険もできないので、こういう本を読むと刺激になるものだった。
 
先日はテレビの[情熱○○]でカヌーの八幡氏を紹介されていたが、これも興味深く見たものだ。
 
印象的だった二つの部分を抜粋して紹介したい。(興味があられたら読むことをお勧め)
 
人跡未踏の空白の五マイルに下り立ったといっても、私がやっていることといえば、延々と続く急斜面で苦行のようなヤブこぎをしているだけだった。なぜ過去に多くの探検家がこの場所を目指して挫折したのか私にはよく分かった。わざわざ苦労して地の果てのような場所に来ても、楽しいことなど何ひとつないのだ。シャクナゲやマツの発するさわやかなはずの緑の香りが、これ以上ないほど不愉快だった。自然が人間にやさしいのは、遠くから離れて見た時にだけ限られる。長期間その中に入り込んでみると、自然は情け容赦のない本質をさらけ出し、癒しやなごみ、一体感や快楽といった、多幸感とはほど遠いところにいることが分かる。
 
 
それでも多くの人はこう問うだろう。なぜ命をかけて、そこまでする必要があるのか、と。極論をいえば、死ぬような思いをしなかった冒険は面白くないし、死ぬかもしれないと思わない冒険に意味はない。過剰なリスクを抱え込んだ瞬間を忘れられず、冒険者はたびたび厳しい自然に向かう。そのようなある種の業が、冒険者を支配していることを否定することはできない。論理をつきつめれば、命の危険があるからこそ冒険には意味があるし、すべてをむき出しにしたら、冒険には危険との対峙という要素しか残らないだろう。冒険者は成功がなかば約束されたような行為には食指を動かされない。不確定要素の強い舞台を自ら選び、そこに飛び込み、その最終的な責任を受け入れ、その代償は命をもって償わなければならないことに納得しているが、それをやりきれないことだとは考えない。リスクがあるからこそ、冒険という行為の中には、生きている意味を感じさせてくれる瞬間が存在している。あらゆる人間にとっての最大の関心事は、自分は何のために生きているのか、いい人生とは何かという点に収斂される。いい人生とは何だろう・・・・。

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

山の講演会に行く

11日は晴れの1日だった。1日山に費やしたかったが、山の講演会も聞いてみたいという気持になった。
 
イメージ 4テレビで催しを知り、チケットも申し込み、招待状が届いていたからだ。
 
『○○○アース・・・・・・・・』という「〜地球を愛し、感じるこころ〜」をテーマに、私たちひとりひとりが地球のためにできることから行動を起こそう・・という気持を形に行う様々な活動・・ということである。
 
その一環としてのエベレストや富士山の清掃活動に取り組んでおられる野口○さんの講演であった。
 
開演前に活動紹介のムービーもあるとかでそれに合わせて行った。
 
知名度もある方なので無料だということで多くの参加者があった。山に興味があるなしにかかわらず、若い人達も多くほぼ満席だった。
 
スーツ姿ながら、入場は駆け足で入ってくる・・というやる気が感じられ、自分の出身や子ども時代のこと、山に登るきっかけとなった植村○○氏の『青春を山に賭けて』の本と植村氏の生き方。
 
実は私も山を始めた頃に、この本を読んで印象を強く持った思い出がある。
 
流暢な口の運びで・・・、「あなたの口のジッパーはしまらない」と誰かに言われたエピソードの通り、まあ、こういう講演会を何度となく繰り返されてきているので暗唱できるぐらいなのだろうが、軽快なトークに終始した。
 
時にその口が他の話に横道にそれ「何の話をしていたっけ・・??」とお客さんに尋ねたりとユーモアもあり客席のどっと笑い。       ↓おみやげに頂いたメモ帳   
イメージ 3
 
そんな中にエベレスト登山での心身の葛藤、山仲間との友情、メディアなどとの関係性。
 
ゴミ活動のイメージが定着してくると興味本位に受け止められる日常生活の大変さ。
 
それでも、コツコツと継続してことで、今や多くの人に希望や感動を与え、同じ活動をしていこう・・という仲間に囲まれ充実しておられるようだった。
 
最近はおじいさんのことがきっかけで[遺骨収集]にも活動を広げておられるとか。
 
こういったいろんな活動が彼のお仕事となり、ライフワークにつながっているのだろう。さらなる飛躍にエールを送ろう。                                                
それにしても話が長く・・・2時間45分、ムービーを含めたら3時間半。私は本人さんが一生懸命で本音で語っておられるのに感心していたのだが、さすがに“もうやめてほしいよ〜〜”とイスから何度腰を上げようとしたことか・・・、ただ後方ではあったが、席は真ん中に座っていたので横に座っている人達の前を通って帰ることに忍びず、最後までいたのだが・・・。
 
入場料無料だったが、駐車場が千円の入場料になってしまった。
 
この会に行く前に『歴史文化博物館』で開かれている[孫○・梅屋○○と長崎]の特別企画展も見に行っていたのだが・・・、こんな立派な博物館をよくぞ造ったものだと感心しながら、お客さんの入りが少ないのが気になった。
イメージ 1
イメージ 2
 
 
 

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

『エベレスト登頂請負い業』の本を読む

この本は12月に図書館で借りて読んでいた。
 
イメージ 1今まで6回エベレストに登頂された方で、お仕事はフリーカメラマンの村口○○氏である。
 
題名が特殊的だが、この本の中には4人、三浦○○氏、野口○氏、渡辺○○氏、三浦○○○氏と同行され、その中の3人がエベレストサミッターであるが、その登山の様子、タクティクス表というスケジュールにのっとったそれぞれの実際の行動が記されていた。
 
また、山岳カメラマンとして撮影の様子、心構えや行動もわかりやすく書かれていた。
 
 
現在、昔には考えられないようにエベレスト登頂者は多いのかもしれない。
 
20年来、年賀状を交わしている女友達も3年前に登頂し、びっくりしたものである。
 
しかし、2ヶ月間をヒマラヤで生活する・・というのはちょっと普通の人には無理かもしれない。それだけ今も想像を絶する過酷な世界であることには変わりないだろう。
 
その中に印象的な記述があった。(引用)
 
[ただ時々前に行く登山者の歩行速度が遅すぎて立ち止まらなければならないことが不愉快だった。すでに頭をやられている人間がこの列に何人か混じっていたのだ。アタック日が重なり多くの人が集中するときに発生する一番厄介な問題だ。体力のなくなってきた人間は歩行速度が極端に遅くなり他の人を巻き添えにする。トレースを譲ろうとする余裕もなくただひたすらに頂上に向かうことだけが彼の唯一の生存の証なのだ。それはすでに気の狂った恐ろしい光景の序章なのだ。こうして渋滞が起こり遭難に結びついていく。]
 
[可能性に向かって挑戦していく男の生き方が70才という年齢での世界最高峰の登頂を可能にした。人間はやればできる。冒険とは不可能を可能にすること。あきらめなければ夢は叶うのだと語りかけてくる。]
 
 

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

『グリーンウォーク:冬号』発売

15日、16日にもしかしたら・・と待っていたものがあった。
 
しかし、それは来なかったのでボツだったか・・・、と思っていたら、17日、多良から帰ったら玄関先に茶封筒が置いてあった。
イメージ 1
 
『やった〜〜!投稿した記事が掲載されていた。
 
今回で4回目。掲載確率は5分の4。競争率も激しいらしいから1年に1回だと見てもらえるかなあという思いもあった。
 
前々号にも5月の山行を投稿したのだが、これは突然思い立ち、締め切りの2日前にポストに投函した。
ところが切手代10円不足で私の元に戻ってきて、10円切手を貼って送ったのだが、多分締め切りを過ぎて届いたかもしれない。
 
となると、一応締め切り日は決めてあるにしても、多分掲載される文はもう決めておられたことだろう。それをひっくり返してまでの力作でもなかったし、それは自分ではよくわかっていたから・・・。せっかく書いたから送っちゃおう・・という気持だけで、ボツは当然だっただろう。
 
この雑誌は季刊なので、発刊されて締め切りまでに2ヶ月がある。せめて1ヶ月くらい前までには投稿した方がいい・・ということを感じていた。
 
以前は新聞の読者コラム欄にも数年に1〜2回ペースで投稿していた。県内地方新聞の掲載確率は100%だった。取っていた新聞は競争率激しくめったに掲載されなく、後からは投稿もしなくなった。
 
しかし、今は新聞も購読していないし、忙しく投稿意欲は起きない。
 
今回の掲載もまぐれ・・だったと思うが、まあ嬉しかったことは嬉しかった。
 
 
 

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

山の本『春を背負って』を読む

『春を背負って』の本は、最近、山の本をよく執筆されている笹本稜平氏の作品だ。
イメージ 1
笹本氏の作品は『未踏峰』『還るべき場所』も読んでいたが、この本も難しくなくさらっと読むことができた。
 
主人公はサラリーマンだったが、山小屋で働いていた父親が亡くなり、その後継ぎとして奥秩父の山小屋を経営することになる。
 
その主人公をサポートする父親の後輩で、ホームレスの生活経験もあるゴロさんが登場する。
 
第一話から第六話まであり、その山小屋を舞台として、主人公とゴロさんが様々の環境や背景の人達と出会い、心触れ合うストーリーである。
 
私も山小屋・・というものに多少憧れを持っているので、この手の話はほのぼのとした思いで読むことができた。
イメージ 2
 
2週間前に金泉寺小屋で、数年ぶりに会ったRさんご夫婦の奥さんが、山にはあまり登られなくなったらしいが、山の本をよく読んでいるとかで、私に尋ねられた。
 
ちょうど、隣にGさんもおられ、興味もあるらしく中に入って下さった。
 
もちろん、昔の新田次郎氏の本も読まれているらしいが、最近の本も読みたいということで、この笹本稜平氏や真保裕一氏、ちょっと長くて読むのに大変かも・・と谷甲州氏、夢枕獏氏も紹介した。
 
太田蘭三氏、梓林太郎氏などの推理小説は読まなくてもいい・・ということだった。
 
近くの図書館には蔵書が多くないらしく、リクエストをしてみる・・ということだった。
 
山の本といっても、題材はいろいろあり、今後も笹本稜平氏には期待するものである。
 
 

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

全15ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.

bis*ta*ako
人気度

ヘルプ

Yahoo Image

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
  今日 全体
訪問者 1 52065
ブログリンク 0 15
コメント 0 521
トラックバック 0 6

標準グループ

登録されていません

開設日: 2008/5/22(木)


プライバシーポリシー -  利用規約 -  ガイドライン -  順守事項 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2012 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.