敬愛する大沢親分へ
|
”男 大沢”が死ぬなんて考えもしなかった。 訃報を聞いたときには涙が溢れ、長い時間放心状態が続いた。 当時、弱小だったファイターズを常勝軍団にし、プロ野球界に多大な功績を残した。 コメンテーターとして張本氏とのコンビも秀逸で、いつ見ても器の大きさを感じさせた人物だった。 渇!!!!!! もう聞けないのか!!!!! 親分の”渇”は、張本氏の”渇”に比べ、本当に愛のある”渇”だったように思う。 親分に「渇!!!!!!」と言われるのが夢だった。 夢は無限大と言うが、こればかりは潰えてしまった。 半世紀もの間、日本の野球界を支えてきた”男 大沢”を俺は今後もリスペクトしていくだろう。 突っ走った78年間、ご苦労様でした。 ゆっくり休んでください。
|
トラックバック(1)
トラックバックされた記事
【訃報】 大沢啓二氏が死去
2010/10/07 元日本ハム監督で、『親分』 の愛称で親しまれていた大沢啓二氏が、7日7時25分、胆嚢癌の為に入院先の東京都内の病院にて死去した。78歳だった。 大沢氏は、1932年神奈川県の生まれ。立教大学を卒業後、1956年に南海 (現・福岡ソフトバンク) に入団。1959年には日本一となった。1965年に東京 (現・千葉ロッテ) に移籍し、その年限りで引退してからは、コーチ、2軍監督を経て1971年のシーズン途中からロッテ監督に就任。...
2010/10/8(金) 午前 2:17 [ やっさん日記 ]
トラックバック先の記事
- トラックバック先の記事がありません。





