ここから本文です
星野和之の『満更でもない』
よしもと新潟住みます芸人 星野和之のエッセイ
以前男性アイドルの握手会イベントで日払いのアルバイトをした事がある。


僕の仕事は「はがし」と言われる業務だった。
ファンはアイドルと沢山話をしたいがそれではイベントがなかなか終わらないので、強制的にアイドルとファンを離すというのがはがしの仕事だ。


主催者の人に聞いてみた。
「何秒くらいではがせばいいんでしょうか?」


「1秒」


1秒?それじゃああいさつもできやしないじゃないか。
しかし主催者曰く、今回は握手会なのであくまでも握手だけをする会でトークの時間は設けていないという事だった。


握手会開始の1時間前には沢山のファンが列を作っていた。
ファンを見るとかなり個性的な人が多かった。平成狸合戦ぽんぽこに出演していたのはないか という人が数名いた。

イメージ 1


握手会が始まり、先頭に並んでいたぽんぽこがステージに上がってくる。


ぽんぽこが握手したのを確認したら「ありがとうございましたー」と言ってステージ下へ誘導するのが僕の仕事だ。
なかなか動いてくれない人は肩を押して半ば強制的に降りてもらう事になっている。


これはなかなか大変な仕事だ。ステージ下のぽんぽこは心を一つにして僕を蔑んだ目で見てくる。
それはそうだ。1枚1000円以上するCDを購入して手に入る握手券は決して安いものではない。中には65枚CDを買った強者もいるそうだ。


しかし僕も仕事として任された以上自分の職務を全うするしかない。ぽんぽこ達には悪いが心を鬼にして、はがさせてもらう。
僕は容赦なくどんどんはがした。
ぽんぽこ達の悲痛な声に耳も貸さずはがしまくった。



そんな時だった。明らかに今までのぽんぽこと違う雰囲気のファンがステージに上がってきた。ポケットに大量の握手券が入っているのが見えた。
こいつが主だ。


ステージに上がるなり、アイドルに向かって一言




「会いに来たぞよ」




ぞよ? 時代背景も思想もわからないが、まともでない事だけはわかる。

僕は動揺しながらもぞよをはがす。
しかしぞよはなかなか動こうとしない。
僕はぞよの肩を押してステージから降ろすと一言


「負けないぞよ」


と捨てゼリフを吐いてぞよはステージを降りていった。
長い戦いになると思った。


10分後


「また来たぞよ」


待っていたぞよ。
握手をしたのを見てはがす。しかしぞよは動かない。
僕は肩を押す。しかしぞよは動かない。ぞよは全ての力を肩に集中させているのだ。

ぞよは何故ここまでして粘るのだろう?肩に集中するあまりアイドルとトークもできていないのにだ。主としての意地だけがぞよを動かしているのだろう。


もう口頭で言うしかない。


「時間です。移動お願いします」


ぞよは動かない。


「次の方もいらっしゃるので移動お願いします」


ぞよは微動だにしない。


「動いていただかないとみんな困るんですよ」


するとぞよは


「そんなに何回も言われなくてもわかってるぞよ!」


いや、わかっていないぞよ。



その後もぞよとの攻防は続いた。63回も。
僕は主催者からもらった給料を見て「割に合わないぞよ…」と呟きながら家路についた。

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事