武相荘
|
長女に続いて次女も英国への語学留学で旅立ちました。
どうしてこう考えることが似ているのだろうか・・・って、親が同じだからに決まっていますよね。
とにかく、念願の海外留学、事故のないように楽しんできてくれることを祈ります。
朝日の中に消えていくBA機、このときまだ早朝の6:25。
これからどうしようかな・・・。
そうだこういう時こそ遠出をするのだ。
前から行ってみたかった「武相荘」。
白洲 次郎(1902〜1985)
吉田茂に請われてGHQとの折衝にあたり、「従順ならざる唯一の日本人」と言われた。
日本国憲法の成立に深く関わり、政界入りを求める声も強かったが、生涯在野を貫いた人。
ここ鶴川に農家を購入し、農業を営もうとするのです。
小田急、小田原線「鶴川駅」から徒歩15分位の住宅街にあります。
門を入ると大きな柿の木。
すぐ右手には農機具などを置いた小屋があります。
白洲次郎は器用な人だったらしく、色々な道具を手作りしています。
才能豊かな人は色んなことが出来るんですね。
奥に見えるのが母屋です。
奥に「シラス」と切り抜いた木製の箱があります。これもお手製のもの。
母屋の中にはスタンド式のランプや郵便受け、木製のサーバースプーンやマドラー、机などもてづくりの物が残っていました。
第二次世界大戦の敗戦を見抜いて、これからは自給自足の農業が必要だと、ここ鶴川に移住して農業を始めます。
当時はきっと周囲もずっと畑だったのでしょうが、残念ながら今では住宅街と化して、すぐ近くには巨大な「ユニクロ」の店舗が!
進んでいくと、半日蔭の庭にミズヒキの花が沢山咲いていました。
山野草のミズヒキ、地味な花ですが、こんなに沢山で咲いているととってもキレイでした。
周囲を竹林に囲まれて、しっとりと落ち着いた日本の情緒を感じさせる素朴な庭です。
ミズヒキに交じって、ホトトギスやドクダミ、白萩、ススキも見ることができました。
藁ぶき屋根の母屋です。
築150年にもなるそうですが、大きな二本の大黒柱でしっかりと建っています。
昔の家は部屋が田の字に区切ってあり、何か行事が有るときは襖を開けはなして広間に出来るんですね。実用的!
家畜を飼っていた土間を洋間に改装してあり、白洲夫妻が暮らした様子が再現してありました。
古いもの、本物を愛した二人の趣味が見てとれる屋内でした。
さりげなく、水栓もこんなにクラシックでステキ!
下にはすり鉢が置いてあります。
これも白洲夫妻の趣味かしら?
1985年(昭和60年)、11月に正子夫人と京都、伊賀を旅行し、帰宅後数日で帰らぬ人となります。享年83歳。
遺言書は「葬式無用、戒名不要」の二行だけだったといいます。
自分の信じた原則(プリンシプル)に忠実に生きること、それが一番大事なことだとどこかで声が聞こえる気がしました。
|


