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つい先日、5時半ごろ夕食に来た友達が、「これからNew London Lighthouse に行くのよ、一緒に行きたかったら急いで!」 となんだか分からないけど私を急がせてくれました。
よく聞いてみたら、New London の灯台を保存しようとしているグループの人たちが、その日は公開してくれるのだそうで、こんなチャンスを逃したら灯台の中にはめったに入れないということでした。灯台の保存はまだどうなることか、先の長い話のようなのですが、一人でも保存したい人の署名を集めて、保存運動を進めて行くことになるみたいです。
興味のある人が何人か集まって、灯台の中を見学して、何かいいアイデアがないかと話も出来るチャンスでした。
とは言っても私はカナダ人の市民権を持っていないので署名にも参加はできないのですが、とりあえず、灯台に登ってみることはできる日だったのでした。
蒸し暑くて、外は湿気で霞んでいます。こんな日には蚊やブラックフライがウジャウジャいて、きっと私はぶつぶつに刺されてしまうだろうと覚悟しつつ、虫除けをどっぷりと浴びて、いざ出陣!何と家をでた時は土砂降りの雨ではないですか!ひどい日だな・・・・
でもFrench Riverに着いたら、雨なんて降ってもいませんでした。
すでに人が10人ほど集まって、一階の住居の部分で簡単な説明が始まっていました。
この灯台に1931年から灯台守一家として住んでいた家族の一人や親族の人が来て、当時両親と5人の子どもがここに暮らしていた話をしてくださいました。今ではその子どもの一番末っ子の女性もかなりのお年です。
入ってすぐの部屋は、住居側のキッチンになっています。その隣がリビングルーム、これは灯台の一階です。今は家具も何もないので、それほど狭くは感じませんが、7人家族がここに住んでいたとは・・・・、みんな驚いていました。電気も水道もバスルームもない生活だったそうです。
近年になって、コテージとして灯台を買った人がキッチンキャビネットをつけたり、バスルームを作ったりしたので、今ではやや近代施設も残ってはいますが。
灯台の上のほうの室内がどんな風になっているのかが、とても興味があったので、やや傾いた、でもしっかりと作られた階段を昇ってみることにしました。2階には広めの寝室が一つ。ここにダブルベッドを3つ置いて寝ていたとか。ほんの少し破風窓のような狭い窓が二つ可愛い部屋でした。次に上った階段は傾斜はもっときつくなり、手すりもなくやや危険。何とかか昇りきると小さな踊り場のようなスペースがあるだけで、その後はもう梯子段です。
カメラを持つのが精一杯で、バッグはその辺に置いて天辺まで昇りました。
ふう〜、やっと昇りきると、人がせいぜい4人ほど立てるスペースがあるだけのガラス張りの塔にたどり着いたのでした。ガラス窓は汚れていて、外の景色も霞んでそれほど見事な風景ではありませんでしたが、4面の窓からの眺めはさすがに広々。今は電気は通っていない電柱が目の下に見えます。
毎日こんな狭いところまで急な梯子を昇ってランプをともしていた灯台守さんって、なんとたいへんな職業だったんでしょう。あせったり、ぼうっとしてたりするといつ梯子から転げ
落ちるかもしれません。私はこんなところに住んだら、あっという間に体中の骨を折ってしまうに違いありません。
手を使って梯子段を掴んで降りなければならなかったので、下に戻った時はホコリとクモの巣や虫の死骸でこてこてに汚れてしまっていました。帰ったらシャワー浴びなきゃ!友人ととそう言いながら、私はハンカチでホコリをぬぐい、ハンカチを忘れた彼女はめがねケースで汗をぬぐっていました。
でも中に入れてよかった!それに、外に出ても蚊もハエも全然いなかったんなんて、奇跡的!
New Londonの灯台は可愛い形があのビーチのシンボルのようになっています。「丘の家のジェーン」のモデルの場所でもあるし、壊されたりすることなくずっとあの場所に建っていて欲しいものです。
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