補足の補足です。
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こんばんは!
今日はまずまずの天気、暑いと感じるほどでした。
まるで夏になったかのようです。今、我が家の周りでは夏の虫が鳴いています。
急に暑くなりましたね!
今日は午後から篆刻の教室があり、東京へ行ってきました。
教室に向かう途中、なんだか騒々しく、警官が交通整理などしていて、
何かあったんだろうか?と教室に向かって歩いていると、旗やプレートを持った行列と出会いました。
ああそうか、今日は5月1日、メーデーでした。
テレビのニュースなどではその映像を見たことはありましたが、
実は実際の行列を見るのは初めてで、リアルのメーデー行列にちょっとびっくり。
まずいかな、と思いつつも、こそっとパシャリ^^;
行列が長かったのか、教室でのお稽古が始まって30分ぐらいは、
○○はんたーい!とか、△△をみとめろー!とかやっていてなかなか迫力がありました。
さて、前回の記事で、前々回の記事の補足をしたんですが、
さらに誤解や変な解釈をされかねないとも思いましたので、補足の補足です。
前回の記事では、
だから、たとえば特に初心者が半紙などで臨書をする場合は、
左から右へまるっきり写す、つまり今風でいうとコピペするくらいの気持ちで臨書する、
といいました。
が、コピペするくらいの気持ちで臨書するといっても、法帖とそっくりに書ければいい、
というのは、臨書の目的が変わってしまう可能性があります。
よく、うまくコピペ出来たとして、それで、うまくできた!などと満足して、
書が上達したと錯覚してしまう場合がありますが、
それは、コピペのためにコピペしている、つまり臨書のために臨書をしているといえるでしょう。
臨書の本来の目的のひとつには、書美を理解するためにあると私は考えています。
ですから、きちんとした目的を持って臨書していたら、
ああそうか!そういうことか!などという発見があるはずです。
楽しく書ければいい、書くこと自体を楽しむ、ということもあるでしょうが、
そうして発見出来たときは本当にうれしいし、数倍楽しいです。私自身の経験上それは実感としてあります。
コピペのためのコピペ、臨書のための臨書なら効果はそれほど期待できないといってもいいでしょう。
コピペのためのコピペ、臨書のための臨書ではなく、
理解し発見するという喜び楽しみをもって、自分の書表現の糧にできる、
実りのある臨書がよいと私は考えます。
習っている先生からの指導で、ああ!と発見できることもあるでしょうし、
教則本などで、そうか!と理解できることもあるでしょう。
何よりもうれしいし、楽しい瞬間だと思います! |







