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学校で教えない歴史 33(二・ニ六事件と天皇陛下)
 
 
昭和115月、帝国議会における陛下の詔勅は
「今次、二月における事件は、朕のはなはだ憾(うらみ)とするところなり」
この勅語こそ陛下が統制派に組せられ、事情を知らない者は反乱将校ら皇道派を厳罰に処したことは軍全体を厳重に戒めたように思われたが、実際は統制派の意に沿わぬものを左遷や予備にさせられ、陸軍部内が統制派一色に変貌していったのであります。
 
二・二六事件で陛下の御失政を言うと、「陛下に間違いなどはない」という人がいる。
しかし磯部浅一のあの憤怒の声こそ、本当の忠誠の諫言ではないかと思うのです。
 
磯部浅一の天皇陛下への憤怒に共感を持ったのが三島由紀夫でした。
三島が磯部の「獄中日記」を素材として書いたのが『英霊の声』です。
 
「朕が股肱の臣を殺した青年将校を許せといふのか。戒厳司令官を呼んで、我が命を伝えよ。速やかに事態を収拾せよ、と。もしこれ以上ためらえば、朕みづから近衛師団をひきいて鎮圧に当たるであろう」
この天皇の声は、今や霊界にいる青年将校たちに伝播し、決定的な悲しみに堕ちてゆく。
そして「怒れる神霊」は悲しく謳うのである。
これは神としてのみ心ならず、人として暴を憎みたまひしなり。
そして、最後に絶叫するように、
などて天皇(すめろぎ)は人間(ひと)となりたまひし。
 
この時の陛下は神であらせられず、単なる人間の憎しみを持った暴であるという。
 
河野司の弟・河野寿大尉は二・ニ六事件で湯河原の牧野伸顕を襲い負傷、熱海陸軍衛戍病院に収容された後、36日に自決しました。河野司は刑死した青年将校の遺族を糾合して「仏心会」を組織し自ら代表となってきました。その河野のもとへ三島から『英霊の声』が送られて、河野自身の著書『天皇と二・ニ六事件』にこう書いています。
「二・ニ六事件以来、三十年余、遺族の立場としてどうしても言えないことを、これほどはっきりと書いてくれたことは驚きであった。青年将校たちへの理解、とくに天皇への不信が、霊媒者の口を通してではあるが、ズバリと書かれていることは、三島氏のこれがはじめてといえる」
 
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昭和の元老、重臣たちの中には反逆者として銃殺された青年将校たちほど本気で君国を思う者が一人もいなかった。
君国に対する絶対の忠誠と職務に対する献身とは下層にあって上層部にはなかったのです。
しかも前者はその故に非業の死を遂げ、後者はそれにもかかわらず人臣の位を極めていった。
これでよいのか。
これでは日本の臣道が逆さに歩いていることになる。
立国の基礎がぐらつくのも当然ではないか。
 
真の良臣であるならば国家の非常時には特に幾度か陛下に対する忠諫の言葉があるべきです。
古語にも「国に争臣なくんば、その国危うし」とあります。
しかし、忠諫は一身の利害を捨てた忠誠の士でなければなしうるものではありません。
だからこそ将軍である徳川家康は「諫言の功は戦場の一番槍に勝る」といって尊んだ。
一人の良臣も持たれなかった陛下は、臣下の激しい忠諫にもお遭いにならなかったかもしれません。
その二・二六事件の反乱は、陛下に対する忠諫の士がいないことに原因する青年将校たちの陛下への悲愴きわまる死諫でありましたが、この時においても陛下にその死諫を善用する良臣が一人もいなかったために処置を誤り、その後の国運を一層不幸に導いたのかもしれません。
 
明治の時代は西郷隆盛の実直がありました。
当時、御若年であられた明治天皇が絶対の信頼を寄せられ、西郷もまた誠心誠意その殊遇におこたえした水魚の関係があったのは知られたことです。
西郷が官軍に抗して死んだ後も明治天皇はなおも西郷の忠誠を疑わず、幾度か西郷を追憶された逸話もあるくらいです。
 
さらに、しばしば御機嫌をおかして直諫(ちょっかん)する山岡鉄太郎がありました。
あるときは面をおかして直諫の苦言を奉り、過ち改められない限り一歩も引かなかった、という見事な
諍臣(そうしん)ぶりに、明治に生を受けたものは深い感銘を覚えたという。
もちろん山岡はその都度一身を投げ出してのことであったが、明治天皇はよくそれを容れて、
ますます山岡を信頼されたのです。
 
しかし昭和の時代は果たしてどうだったであろうか。
大正から昭和にかけて陛下の側近にはいつの間にか古今を大観する達人、
天地を貫く剛直の士が影をひそめてしまったのではないか。
万民の苦しみをよそに側近はひたすら陛下を大内山(青年将校が使う言葉)の奥深くあがめ奉ることにのみ専念これとつとめていた。
西園寺公望、牧野伸顕、木戸幸一、・・・あまりにひどい佞臣(ねいしん)であった。
 
大蔵栄一は著書『二・二六事件への挽歌』でこのように書いています。
『諌臣なき国は亡ぶ』 と昔よりいわれたように、忠諌の士が遠ざけられて、
佞臣の跋扈するところ、大内山には暗雲がただよい、ために天日はおのずから仰ぎ難くなる。
『二・二六事件』はこの暗雲を払い天日を仰がんとする忠諌の一挙であったのだ。
明治天皇は『億兆ひとりとしてその所を得ざるは朕の罪』と仰せられた。
万民の苦しみ、悲しみを、自らの責として同しく憂いなされるところに、
真の日本の天皇陛下の御姿があります。
昭和の時代の天皇陛下は側近の重臣によって万民とのつながりを断ち切られていたといえる。
二・二六事件は、いいかえれば大内山に立ちこめる妖雲を払って天皇陛下に直参せんとした捨て身の決起であったのだ
悲しいことに、それはたちまち天皇ご激怒という予想にしなかった事態に遭遇し、結果するところは天皇に弓を引くという「叛乱罪」の汚名をきせられて、恨みをのむ悲劇となって終わった。
幸徳秋水の大逆事件に対して、明治天皇はいくたびかご仁慈の手を差し伸べられた。
このお話を洩れ聞いて明治の人達は感涙にむせんだものだった。
それに比べると昭和の時代は、まことに索莫たるものが感ぜられる。
天皇の側近の真人が、一人もいなかったという証左である。ただあるものは、ひたすら、しきたりに明け暮れる扈従(こじゅう)の佞臣のみであったといわれても仕方あるまい。
 
 
磯部浅一の「魂の叫び」を最後に記しておかねばならないと思います。
昭和81223日、皇太子御誕生の日の磯部浅一は皇太子生誕の号砲を聞くと、
蒲団を蹴ってはね起き、斎戒沐浴して二階の床の間にひれ伏した。
この磯部の姿勢こそ真の忠臣たるものであります。
しかし、磯部浅一の「獄中日記」は陛下に対する叱声が多い。(文中の菱海とは磯部のこと)
・・・・・
 
天皇陛下は十五名の無双の忠義者を殺されたのであろうか、
そして陛下の周囲には国民が最もきらっている国奸らを近づけて、
彼らのいいなり放題におまかせになっているのだろうか、
陛下 われわれ同志ほど、国を思い陛下のことをおもう者は日本国中どこをさがしても決しておりません、
その忠義者をなぜいじめるのでありますか、
朕は事情を全く知らぬと仰せられてはなりません、仮りにも十五名の将校を銃殺するのです、
殺すのであります、陛下の赤子を殺すのでありますぞ、
殺すと言うことはかんたんな問題ではないはずであります、
なぜ不義の臣らをしりぞけて、忠烈な士を国民の中に求めて事情をお聞き遊ばしませぬのでございますか、何というご失政ではありましょう。
こんなことをたびたびなさりますと、日本国民は陛下をおうらみ申すようになりますぞ、
菱海はウソやオべンチャラは申しません、
陛下のこと、日本のことを思いつめたあげくに、以上のことだけは申し上げねば臣としての忠道が立ちませんから、少しもカザらないで陛下に申し上げるのであります。
陛下 日本は天皇の独裁国であってはなりません、重臣元老貴族の独裁国であるも断じて許せません、
明治以後の日本は、天皇を政治的中心とした一君と万民との一体的立憲国であります、
もっとワカリ易く申し上げると、天皇を政治的中心とせる近代的民主国であります、
さようであらねばならない国体でありますから、何人の独裁をも許しません、
しかるに今の日本は何というざまでありましょうか、
天皇を政治的中心とせる元老、重臣、貴族、軍閥、政党、財閥の独裁の独裁国ではありませぬか、
いやいや、よくよく観察すると、この特権階級の独裁政治は、天皇をさえないがしろにしているのでありますぞ、天皇をローマ法王にしておりますぞ、ロボットにし奉って彼らが自恣専断を思うままに続けておりますぞ。
日本国の山々津々の民どもは、この独裁政治の下にあえいでいるのでありますぞ。
陛下 なぜもっと民をごらんになりませぬか、
日本国民の九割は貧苦にしなびて、おこる元気もないのでありますぞ。
陛下がどうしても菱海の申し条をおききとどけ下さらねばいたし方ございません、
菱海は再び陛下側近の賊を討つまでであります、今度こそは宮中にしのび込んでも、
陛下の大御前ででも、きっと側近の奸を討ちとります。
おそらく陛下は、陛下の御前を血に染めるほどのことをせねば、お気付きあそばさぬのでありましょう、
悲しいことでありますが、陛下のため、皇祖皇宗のため、仕方ありません、菱海は必ずやりますぞ。
悪臣どもの上奏したことをそのままうけ入れあそばして、忠義の赤子を銃殺なされましたところの陛下は、
不明であられるということはまぬかれません、かくのごとき不明をお重ねあそばすと、神々のおいかりにふれますぞ、いかに陛下でも、神の道をおふみちがえあそばすと、ご皇運の涯てることもござります。
陛下 菱海は死にのぞみ、陛下の御聖明に訴えるのであります、
どうぞ菱海の切ない忠義心を御明察下さりますよう伏して祈ります。
獄中不断に思うことは、陛下のことでごぎります、陛下さえシッカリとあそばせば、
日本は大丈夫でございます、同志を早くお側へおよび下さい。
・・・・・
 
相沢中佐、対馬は天皇陛下万歳といいて銃殺された。
安藤はチチブの宮の万歳を祈って死んだ。
天皇陛下 何という御失政でござりますか、なぜ奸臣を遠ざけて、忠烈無双の士をお召し下さりませぬか。
八百万の神々、何をボンヤリしてござるのだ、なぜおいたましい陛下をお守り下さらぬのだ。
これが余の最初から最後までの言葉だ。
日本国中の者どもが、一人のこらず陛下にいつわりの忠をするとも、余一人は真の忠道を守る、
真の忠道とは正義直諌をすることだ。
・・・・・
 
竜袖にかくれて皎々不義を重ねてやまぬ重臣、元老、軍閥等のためにいかに多くの国民が泣いているか。
天皇陛下 この惨タンたる国家の現状を御覧下さい、
陛下が、私どもの義挙を国賊叛徒の業とお考えあそばされていられるらしいウワサを刑務所の中で耳にして、私どもは血涙をしぼりました、真に血涙をしぼったのです。
陛下が私どもの挙をおききあそばして、「日本もロシヤのようになりましたね」と言うことを側近に言われたとのことを耳にして、私は数日間気が狂いました。
「日本もロシヤのようになりましたね」とははたして如何なる御聖旨かにわかにわかりかねますが、
何でもウワサによると、青年将校の思想行動がロシヤ革命当時のそれであるという意味らしいとのことを
ソク聞した時には、神も仏もないものかと思い、神仏をうらみました。
だが私も他の同志も、いつまでもメソメソと泣いてばかりはいませんぞ、
泣いて泣き寝入りは致しません、怒って憤然と立ちます。
今の私は怒髪天をつくの怒りにもえています、
私は今は、陛下をお叱り申し上げるところにまで、精神が高まりました、
だから毎日朝から晩まで、陛下をお叱り申しております。
天皇陛下 何というご失政でありますか、何というザマです、
皇祖皇宗におあやまりなされませ。
・・・・・
 
私は、いまもって青年将校たちの悔しい魂の叫びが聞こえるようであります。
 
 
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                   磯部浅一(上写真)と磯部の『獄中日記』(下写真)
 
 
 
 
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    今に繋がる様々な思いがあります。
    諌言を聞き入れる真摯な心の大切さと共に、それを言ってくれる人がどれだけ周りに居るかもとても大切な事だと改めて感じさせられました。
    正しい情報無くば間違った結果をもたらすのですから。

    ★!

    ジョウジ

    2011/8/30(火) 午前 10:23

    返信する
  • 今日も勉強になりました。日本人として日本の歴史をあまりに知らない事を恥ずかしく思います。傑作

    千葉日台

    2011/8/30(火) 午後 0:16

    返信する
  • 顔アイコン

    非常に複雑な背景で、今こうしてまとめて下さると分かりやすいものの、
    やはり正しい情報の不足であったのだろうと思います。それにしても歴史といえどやるせなく胸が苦しくなるものがあります。。・・大変、勉強になります。
    傑作ランクリ

    [ -- ]

    2011/8/30(火) 午後 1:10

    返信する
  • 顔アイコン

    磯辺の気持は良くわかりますが、昭和天皇お一人ではなにもできないと思います。軍部は天皇が戦争にあくまで反対なら、天皇を退位させて、秩父宮を天皇にしようということも考えたといいますから、そうした考え方を持つ臣下が増え、天皇機関説の考え方を持つ臣下のもとでは、天皇の輝きはくらまされても、それは天皇の責任ではないと思います。
    又青年将校を陥れた統制派を強く憎みますが、非常手段というか、違法な手段に訴えた時点で、これは致し方がないのではないでしょうか。統制派の策謀に乗ってしまったということが間違いであったのだとおもいます。それは皇道派の弱さであって、天皇の御判断を責めるのは間違っていると思います。

    昭和天皇が感情に任せて振舞われたのでは決して無いと思います。そのような言い方をしているのはやはり許せません。また軍部の独裁がひどくなって、昭和天皇も何も出来ない状態に置かれていることを、天皇の責任だというのは、絶対に違うと思います。
    傑作ランクリ

    [ さざんか ]

    2011/8/30(火) 午後 2:37

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    君主のために忠義を尽くした、志士の無念さが伝わってきます。

    傑作、ランクリです。

    [ nadarechan1113 ]

    2011/8/30(火) 午後 4:16

    返信する
  • 二・二六事件にまつわる歴史は、一方的に青年将校が暴走して…と教えられています。大東亜戦争に至るまでの史実はきちんと正して伝えていかなければ自虐史観抜け出せないように思います。大変勉強になりました。傑作、クリ

    遊坊zz

    2011/8/30(火) 午後 4:42

    返信する
  • 顔アイコン

    >私は、いまもって青年将校たちの悔しい魂の叫びが聞こえるようであります。

    御意にございます。
    明治大帝の側近には忠義篤き、もののふがいました。
    歴史にもしもはありませんが、彼らが戦後日本にあらば・・と口惜しい限りです。

    傑作
    ランクリ
    転載させていただきます。

    釜坂信幸

    2011/8/30(火) 午後 6:46

    返信する
  • こんばんは。

    今日も受講できました。ありがとうございます。
    なんとも言えない忠義心あふれる方ですね。
    このような人物が今の時代にこそ、必要です。

    傑作
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    [ - ]

    2011/8/30(火) 午後 6:47

    返信する
  • 顔アイコン

    とても重要な指摘がなされています

    傑作、ポチ!

    red

    2011/8/30(火) 午後 7:26

    返信する
  • 昭和史を知っている様で表面しかしらない自分が情けないですね。
    本日もご教授下さりありがとうございます。

    傑作&ランクリ

    じゅんたろう

    2011/8/30(火) 午後 7:39

    返信する
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    こんばんはっ!

    先人の素晴らしさ・誇りを同じ日本人である私達が知らないなんて恥ずかしい限りです。。。

    それすら教えない、自虐史観を叩き込むクサレ左翼には天誅あるのみ!

    日本人は素晴らしい、以上!

    傑作!

    [ ちびっこライダー ]

    2011/8/30(火) 午後 7:50

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    いつも師と仰ぎ勉強させて頂いております。傑作です。

    ピコさん

    2011/8/30(火) 午後 8:37

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    傑作です。

    [ - ]

    2011/8/30(火) 午後 11:33

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    転載させて頂きます。
    傑作ランクリ

    [ kakinoki ]

    2011/8/31(水) 午前 0:51

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    花びらさんにこういうことを教えてもらえるので 真の歴史がわかります
    おおきに

    [ 道後 ]

    2011/8/31(水) 午前 1:04

    返信する
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    応援&今日のランクリ ポチ凸

    hito

    2011/8/31(水) 午前 2:14

    返信する
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    いろいろと考えさせられます。

    傑作・ランクリ。

    urusaioyaji

    2011/8/31(水) 午前 5:45

    返信する
  • 本日のランクリ○です。

    ご来訪やランキング応援に感謝を申し上げます。

    近野滋之

    2011/8/31(水) 午前 8:43

    返信する
  • 一方的な歴史ではなく、こういった面から公平に歴史を評価しないといけませんね。

    傑作&ランクリ

    [ 鳳山 ]

    2011/9/1(木) 午前 11:41

    返信する
  • 顔アイコン

    磯部さんの『獄中日記』は進むにつれ‘神がかって’いきますね。

    [ jajaja ]

    2011/10/18(火) 午後 1:06

    返信する

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