Bontakaのブログ / from Duesseldorf

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2010年10月3日、ドイツは第一次大戦終結後のベルサイユ条約(1919)で、ドイツに科された賠償金の支払いを完了しました。
 
最後まで残っていたのは7000万ユーロ(約80億円)
第一次世界大戦終結から92年後の今年のドイツ統一20年の記念日に支払われました。
 
ってな事がニュースになっていますが・・・ じゃあ、どこに支払われたの?って疑問がまず起きる訳で(^^ゞ
アメリカ向け債務でした。
 
他国への債務は2020年まで残っています! ドイツの第一次世界大戦敗戦は、まだ終わっていません。
 
この感覚は、1945年8月15日からわずか11年後の1956年(昭和31年)に「もはや戦後ではない」と経済白書が宣言し、平成の世となって戦前のことなど関係が無いように暮らしている日本人にとって、驚きであると思います。
 
<更に興味のある方に>
 
当初の賠償金の総額は1320億金マルク(金本位制なので金マルク)。
 
ドイツの支払い能力をはるかに超えたこの金額は、特にフランス報復的的な意味合いが強いものでしたが、欧州連合国がアメリカとイギリス、特にアメリカに対し、多額の戦争債務を抱え込んだ背景も指摘されています。
 
ベルサイユ条約調印時には、まだ賠償額は決定されていませんでしたが、1921年に総額が決定。その58%をフランスが受け取る事になっていました。
 
当時のドイツのGNPの20年分に相当した言われています!
 
1923年、フランスはドイツの支払い不履行を理由に1922年から23年にルール工業地帯を占領。ルール闘争」はドイツ経済をさらに悪化させてゆきます。
 
この占領は1924年にドイツがドーズプランを受け入れ終了。年間支払い額が5年間だけは25億金マルクから10億金マルクに減額。ただし、支払い総額は変わらず。
 
1925年には「ロカルノ条約が締結され、ドイツは国際連盟に加盟。「ロカルノ精神」という言葉が生まれ、独仏は友好状態に進みます。
 
1929年、「ヤングプラン」によって賠償総額は約358億金マルクに軽減、さらに59年間払いに緩和されました。
 
ところが!
1929年10月、アメリカ発の世界恐慌が勃発。ドイツ経済は壊滅的となり、ヒトラーの台頭を招きます。
 
1932年「ローザンヌ会議」によって賠償金は30億金マルクに減額されましたが、
33年に政権の座についたナチス総統ヒトラーは支払いを拒否していました。
 
この状況は第二次世界大戦後の冷戦下でも続き、ドイツは東西統一後、再び支払いを再開します。
 
 
ドイツの歴史に興味のある方は、下記の本もオススメです。
 イメージ 1
加藤 雅彦 (著) 『ライン河―ヨーロッパ史の動脈― 』(岩波新書) 
 
 
因みに、第二次世界大戦では、ドイツは主にソ連へ賠償金200億ドルと生産設備や動産を支払うこととされ、1953年に賠償金の支払いは停止されました。
 
 
 
 
【その他、日本】
第二次世界大戦後の日本は、ドイツと違って、キチンと戦争賠償をしていないはず・・・
と思われる在留邦人の方は、日本の戦争賠償と戦後補償をご一読下さい。
アジア諸国との個別の合意により、各国に対して1兆300億円の賠償金を支払っています。
 

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