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前日14:20自宅を出発。
北海道行の定番、1M「はつかり5号」、青函連絡船1便、1D「おおぞら1号」を乗り継いで東室蘭07:17着。ここから561Dに乗換、萩野下車。1975年春の北海道SL撮影旅行は、この萩野から始まった。
当時でも室蘭本線は普通旅客と貨物列車の半分はSL牽引だったので、冬場の日の短い時期でも10本以上の列車を撮影することができた。
この日、3つ目のポイントの錦岡で撮影した貨2462レの発車シーンがこの写真。
画像は拡大して見ることができます
発車に備えてカマ炊きが行われている姿。 2462レは錦岡で、特急と急行および特急貨物に追い越されるため約40分停車(その間に入換作業を行う)するため、カマ圧はかなり下がっていると推測。
発車である。 画面の左の方を見ると、1枚目では駅舎の脇を歩いているファンが、この写真では電柱の陰に待機している様子が見られる。
この辺りの線路は平坦であるが、牽引常数は高いため迫力はある。 例のファンは、遠慮がちではあるが、しっかり前に出てきている・・・
正面プレートはとてもよく磨かれていた。 強い海風のためドレインがカマを隠しそうでハラハラしてしまった。
カメラの近くではドレインを止めてくれたのでD51の力強い姿を撮影できた。
コンテナ車のすぐ後ろの有蓋車には40cm近い雪が乗っていた。道央、道東の方から来たのだろうか。
その後ろにはまたコンテナ車が繋がれ、あたかも2つの列車を繋いだようだった。
この先、覚生川(おぽっぷがわ、と読む)橋梁でわずかに上り下りするがほとんど平坦で、しかも駅構内を出ると直線で社台へ進んでゆく。
撮影日は、1975年(S.50)3月7日。カメラは、1枚目と6枚目以降が35mm判でミノルタSR-1s。2〜5枚目までが6x9判でフジカG690。フィルムはともにKodak-TriXだった。
D51 566 は、1940年(S.15)12月15日に川崎車輌で誕生した。新製配置は函館であった。その後、1946年(S.21)に五稜郭、1961年(S.36)に函館、1966年(S.41)に五稜郭、翌1967年(S.42)に追分と転属し、1974年(S.49)8月15日に岩見沢に配属された。室蘭本線、幌内線等で活躍し、1976年(S.51)3月1日付にて廃車、同時に保管扱いとなった。
現在は、赤平市の赤平山スキー場に屋根付きで静態保存されている。
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ああああああ〜これは!!現役で走ってる!!
うれしい〜本気で嬉しいです!赤平人としては本気で嬉しいです!
しかし現在放置状態・・・何とかしないと錆で真っ赤になっちゃうかも。。
訂正しておきます。「赤平公園」というのは実際にあるのですが、保存されてるところは「赤平山スキー場」になります。
ただ現在立入禁止になっております。いや、車両通行禁止なので徒歩で見に行けます。
2010/1/6(水) 午後 8:04
勇壮^^
2010/1/6(水) 午後 8:20 [ やんま ]
はつかり5号におおぞら1号良く利用しました。ギョウサンの北行きのマニアが乗ってましたね。583系で宇都宮 郡山 福島 仙台 盛岡で終着青森ですね。おおぞらはキハ82の13両編成 いまでも社内アナウンスを覚えてます。次は1時間52分で洞谷7時12分 東室蘭7時28分 苫小牧7時52分 札幌8時50分‐‐‐‐岩見沢‐‐滝川‐‐帯広‐終着釧路
2010/1/7(木) 午前 8:03 [ co7*920*2 ]
当時のおおぞら1号の編成表(はつかり5号もあります)を以下にupしてます。SLが無くなっても何回も北海道には行きましたが「おおぞら」の函館から釧路までの全線乗車はたぶん1回だけかと・・・
http://blogs.yahoo.co.jp/br1245er/4704226.html
http://blogs.yahoo.co.jp/br1245er/5302646.html
2010/1/7(木) 午前 10:18