さて、2週間くらい前の記事で、僕がどうして福祉の世界に飛び込んだか
その動機を書くと言ったので、まだbuffa君が新潟の田舎っぺ大将だったころを
思い懐かしんでみようと思います。
その前に、buffa君がどんな経歴を歩んできたかを書いたほうが分かりやすいかな?
新潟県長岡市で生まれる
↓
近所の保育園
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地元の公立小学校(野球部・地元の剣道道場・地元の書道教室)
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地元の公立中学校(テニス部)
↓
地元の高校の普通科(テニス部)
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東海大学健康科学部社会福祉学科
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社会福祉法人の知的障害者入所更生施設入職
・知的障害者の日常の生活支援、就業訓練、ジョブコーチに携わる
・結婚して怪獣2匹を授かる
・在職中にH15社会福祉士、H16精神保健福祉士、H18介護支援専門員(ケアマネ)、H18介護福祉士
を取得
↓
ケアマネ取得を機に某大手有料老人ホームに転職
※ケアマネという資格を生かしたかったのと、障害者自立支援法での
給与ダウンをきっかけにね
・最初は住宅型有料ホームのケアマネ
・施設長代理兼務となり、その後施設長になる。(社内では支配人と言っていた)
・この間に末っ子のメス怪獣を授かる
↓
某新設社会福祉法人が新規特養を立ち上げるということで参画
・開設準備室から参画し、開所後は生活相談員兼ケアマネ
・相談員、ケアマネ業務以外にも事務全般や請求業務を行う
↓
さらに新しい特養立ち上げるのでそちらのほうで開設準備に参画する
※ここがいまのbuffa君です
シンプルに書いてみました。
このブログに来てくれる人は、みんなインテリジェンスに溢れているので
文章も突っ込み無いように書くの必死ですw
さて、簡単な略歴を見ていただいて
buffa君が福祉の世界に飛び込んだのが
大学からだと言うことがわかっていただけると思います。
この大学のこの学科を選んだ理由は8つあります。
①偏差値はともかく、一応、名前の知れている大学に行きたかった ♪v(゚ε゚v)ブィブィ☆♪
②田舎者の関東への憧れ ♪v(゚ε゚v)ブィブィ☆♪
③超文系人間なので、文系学科に・・・
il|li _| ̄|○ il|li
④古文漢文、親分子分は得意ではなかったので、国語が現代分のみの受験で・・・ il|li _| ̄|○ il|li
ん?英語は?だって? 日本男児たるもの異国語など!!w
⑤日本史が超得意だったので配点が高い
♪v(゚ε゚v)ブィブィ☆♪
⑥バブル崩壊直後で、父の勤めていた1部上場会社でも経営破綻し、安定産業を・・・
il|li _| ̄|○ il|li
⑦経済、経営、法学等どこでもありそうな学科は嫌で当時『福祉学科』は珍しかった ♪v(゚ε゚v)ブィブィ☆♪
っで、8つ目が今日のメインディッシュです ヘイ!オマチ!!(* ̄・ ̄)ノ≡旦~~ シュッ!
buffa君の生まれ育った地域は
当時は、まだ割と新しい住宅街だったのですが、
そこはやはり新潟の片田舎
ご近所さんはみんな知り合いで
町内みな親子、みな兄弟、って感じでした。
そんなところなので、当然ご近所の同世代の子たちとも
毎日空き地や、よそ様のお庭や、用水路など大冒険を繰り返していました
同い年の子が記憶にあるだけで僕を含めて12人
あまり広くない町内だったので、みんなのことを鮮明に覚えています。
その12人の中に一人、S君という男の子がいました。
少し、いや結構ぽっちゃりしていた彼は
当然、僕たちみたいに機敏に動けるわけでもなかったのですが
一生懸命に僕たちについてこようと必死で
僕たちもそんな彼に、手を差し伸べていました。
子どもだから、そういうのは鬱陶しいと思ったり
おいてけぼりさせることもあるかもしれませんが
そのS君の家は理容室をやっていて、僕たちも散髪していたし
そのお母さんがとにかく優しい人でした。
だから、僕たちも彼と一緒にいることが出来たのかもしれません。
ここまで書けば皆さんもう分かりましたよね?
そう、彼は今でいう知的障害児だったのです。
(少し前までは精神発達遅滞と言ってましたが)
当然、小学校上がる前はそんなことは全く関係なく
まだ、僕たちとの能力差もそれほどなかったので
毎日のように一緒に遊んでいました。
関東と違って小学校も2クラスしかないので
1,2年生の時はそんなに変わらない生活が続きました。
しかし
3年生になると環境に変化が
そのS君だけ、人数の少ない違う離れた教室に
クラス分けされていました。
そして、新しくできたそのクラスには
他の小学校圏内に住む何人かの子たちも
転入してきました。
そう、いまでいう特別支援学級です。
(当時は特殊学級って言ってたかな?)
それから、一緒に授業を受けることはほとんどなく
体育や図工、給食くらいしか顔を合わせることもなくなり
そして4年生。
当時、小学校は4年生から部活に入るという決まりがあり
僕は、プロ野球選手になりたいという夢のため(小学校卒業時に挫折しましたが・・・早!w)
野球部に入部しました。
余談ですが、buffa君
運動神経はかなり良いほうです。
小学校4年生であっても、5年生を差し置いてレギュラーでした (6年生は別チームなので)
♪プチ自慢♪v(゚ε゚v)ブィブィ☆♪プチ自慢♪
っで、そうなるとbuffa君も含めて
他の同級生も、学校が終わった後や、土日は部活部活です。
結構強かったので、それこそ毎日日が暮れるまで
泥まみれになりながら白球を追っていました。
当然、S君との関わりも希薄になっていきます。
そんな生活を小学校卒業まで続けました。
僕の小学校は、毎年1、2人いる私立中学への進学者を除いて
99%が同じ中学校に進むのですが、
そのS君も同じ中学校に進みました。
っで、
当然、彼は特殊学級に入学しました。
その特殊学級は、われわれとは離れた場所にあったので
それこそ、顔を見る機会すらなくなっていきました。
年齢を重ねるほど、さまざまな能力面で差が出てくるものですから
仕方のない部分かもしれませんがね
僕も、他の幼馴染も部活と勉強(?)と恋愛(??)に忙しい
花の(???)中学3年間を過ごしている間に
S君のことは、完全に忘れていたように思います。
そのままbuffa君達は高校へ進学します
S君の進路を知ることも、気にすることもありませんでした。
最後に交わした言葉すら、覚えていません。
覚えているのは、彼が「まってー」と必死になって僕たちの後ろをついてきた
6、7歳のころの記憶だけです。
ま、その後buffa君は高校で
部活部活部活部活部活部活部活部活の毎日を送ります。
もともとはテニス部は弱小の学校だったのですが
僕の1こ上の代から少しずつ強くなり
僕達の代には、県内でも注目される学校になってました。
♪プチ自慢♪v(゚ε゚v)ブィブィ☆♪プチ自慢
buffa君ともう一人の同級生2人は1年生の時からその先輩たちと混ざって
団体戦のメンバーでしたが♪
♪プチ自慢♪v(゚ε゚v)ブィブィ☆♪プチ自慢♪
ま、ベスト4止まりでしたがね。
そんなこんなで、部活も引退となり
本格的に大学受験を考え始めなければなります。
っで、冒頭に書いた
①〜⑦の動機に続く⑧の動機です。
それこそ『受験どこ受けようかな〜』なんて漠然と考えていた頃に
当然、友人たちが進路をどう考えているか聞く機会もありました。
そんな日々の中で、高校は違うあの12モンキーズの一人(映画好きな人分かってください♪)
に道端ジェシカでばったり会ったときにやはり進路の話をしました。
ちなみに、buffa君は地域で偏差値的には2番目の高校、
その彼は1番の高校でした。(#-д-)チッ
っで、お互いの進路のことを話しながら
オーシャンズ12 (こっちのほうが爽やかだな、俺ブラピ♪ ・・・ごめんなさい・・・)
の話にもなったわけです。
その時、彼がお母さんから聞いたと
「そういえばSってさ、中学出た後給食センターで働いてるんだってよ。」
っと、不意に情報提供を受けたのです。
完全に忘れてしまっていた
あの20世紀少年の様な思い出の1ピースが見つかったかのように
幼い頃の記憶が走馬灯のように頭を駆け巡りました(死ぬのか俺・・・w)
語弊があるかもしれませんが、
明らかに、buffa君や他の幼馴染よりも能力的に低いと思われる彼が
まだ親のスネをかじりながら将来を決めかねていた自分たちを差し置いて
就職して報酬を得ているという事実にかなり驚きました。
ちょうど①〜⑦の理由もあり、少し福祉学科というものを検討のテーブルに上げていた中、
俺たちの背中にしがみついてきたあのSが
四苦八苦あるだろうけども、就職をして自立をしている
おそらく、今(高校生当時)の俺よりも経済的に
親を助ける存在となっている。(当時のbuffa君は当然、金喰い虫)
ただ、彼が独力でそこまでに辿り着けるとは思えない
彼にどんな支えがあったのか?
なんか、そんなことを考えたのを覚えています。
特に進路について親に相談することもなかったのですが
この時はSのことを親に話すと、母は知っていました。
そこで、どうやら中学卒業後に職業訓練を受ける施設に行き
その後就職したとのことで、たまに
「忙しい忙しい、今日も仕事だ」っと
給食センターへ自転車で向かうのを見かけるそうです。
その日以降、大学受験を福祉学科に絞りました。
彼にどんな支えがあり、今の自分より一歩進んだ道を歩んでいるのか?
知りたくなったのです。
これが最後の動機です。
これで、僕が福祉学科を目指す動機となった
super8(スピルバーグの新作楽しみです♪)が出揃いました。
めでたく、大学も現役で受かって
当初の目指した知的障害者関係の仕事
特にジョブコーチも体験できて、ある程度の目標は
達成できました。
今は新しい、福祉業界での目標に日々悪戦苦闘中ですがね。
ただ、こうやって記事で書いていても
中学卒業以来、S君とは会っていないことが
自分でも少し不思議です。
多分2人では何を話していいかもわからないし
S君も僕に特別な感情があるかもわからないですからね
出きれば、12人の笑える男たち(女性もいますが…)で顔を合わせて
昔話に花を咲かせたいななんて思います。
みんなどうしてるかな?
こんなことを考えるときに、生まれ育った場所とそれほど遠くない
ところで、大人になってからも生活している人が
少し羨ましくなります。
なんて、少しセンチメンタルジャーニーにまとめてみました♪
どうですかね?
buffa君の若かりし頃の進路への想い、分かっていただけましたかね?
ちなみに冒頭の「アルジャーノンに花束を」について書くと
かなり長くなるので、今日はこの辺で・・・w
これも実は少し関係しているから
絡めて書きたかったのですが
すっかり忘れてしまいました・・・
文章構成力に問題アリですな・・・えへ