ぶらり旅in山口県 〜瑠璃光寺・山口サビエル記念聖堂〜
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みなさまこんばんわ〜☆
楽しい週末の始まりの夜、楽しんでますかぁ〜〜〜?? 早速ですが、この土日の記事として山口旅行記をUPさせて頂きますね〜♪ (過去記事)ぶらり旅in山口県 〜常栄寺・雪舟庭〜 ↓ ↓ ↓ ↓
常栄寺・雪舟庭を後にしたとんこ&Tabomamaさんは、お寺の門前で待機してくれていたタクシーに乗って瑠璃光寺へ。 タクシーの運転手の方いわく、常栄寺は15分もあれば回れるけれど、タクシーがなかなか来ないから手間が掛かるそう。 そして運転手の方のご好意で、見ている間はメーターを倒して待機しててくれるのでそのまま瑠璃光寺へ乗車しました。 山口交通の山野タクシーさん、有り難うございました♪ヾ(@^▽^@)ノ♪
【 瑠璃光寺 】(観光ガイド引用) 瑠璃光寺の境内にある五重塔は、応永の乱で足利義満と戦い戦死した25代当主大内義弘の菩提を弔うために、弟の盛見によって嘉吉2年(1442年)ごろに建立されました。
全国に現存する五重塔のうちで10番目に古く、美しさは日本三名塔の一つに数えられています。 五重塔は九輪の先端まで31.2m。
檜皮葺の屋根、初層内の須弥壇(仏様がまつってある場所)が円形などの特徴があります。 室町時代のすぐれた建築の一つであり、大内文化の最高傑作として国宝にも指定されています。 ライトアップされた姿や、池に映った姿の五重塔も神秘的な雰囲気で、春の梅や桜、新緑、ツツジ、紅葉と四季折々の風情もまた格別です。 瑠璃光寺を中心にした一帯の「香山公園」には、幕末に毛利敬親が茶事にことよせて藩士と討幕の策を練ったといわれる「露山堂」や、薩長連合の志士が集った「沈流亭」、明治時代以降の「毛利家墓所」など貴重な史跡が数多くあります。
入り口正面はこんな感じ。 右手に見えるこちらが『五重塔』。 説明はこちらをご覧下さい(笑) あ!おのぼりさん発見!!!!(爆) 五重塔をクルッと見て今度は本堂へ。 ・・・・とその前にお茶の時間♪
ここはやっぱり風情豊かに【お抹茶】でしょ〜〜〜〜〜〜〜〜♪(´艸`)♪ 天婦羅茶蕎麦と天婦羅うどんじゃなくてごめんね〜〜〜〜(笑)(^皿^)
茶店の可愛らしいお婆ちゃまが『暇だから冷たいの作ってあげましょうか?』と言って下さったのでご好意に甘えちゃいました♪(*^^*) 夏日の炎天下、2人で喋りまくりながら歩き回ったので冷たいお抹茶は最高に美味しかったです。
Tabomamaさんと2人で 『美味しいね〜〜〜〜〜』 の大連発(笑) とその時、『孫が結婚できますようにってお願いしてきた〜〜』とニコニコしながら歩く可愛らしいお婆ちゃまが小銭入れを落とされました。
とんことTabomamaさんは追いかけて『おばあちゃん、落としましたよ〜』と手渡しました。 ホッとしてお互いをみると、とんこは左手にお抹茶椀、Tabomamaさんは右手に羊羹を持ったまま!!!!! ブ━━━∵;(;:゜:鑾;゜;,);:∵━━━ッ!!
『置いてこいよ〜〜〜〜〜〜やね〜〜〜〜〜〜〜〜〜(爆)』゜( ゜^∀^゜)゜。アーッハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \ と2人で大笑い(爆)ヾ(≧∇≦ )ギャハハハハハハハハハハハハハ お茶を一服頂いたあとは本堂の方へ。 と、池のすぐそばに『閻魔大王様』の石像を発見。 これは境内にある「後生車」と呼ばれるもので、石をくり貫いて輪を嵌めて回るように細工したものです。 一つ回すごとに今生の罪が一つ浄化されるそうです。 車を上へまわすと現世の願い、下へまわすと後生の願いが叶うという説もあります。 その間、Tabomamaさんは池の亀を 『亀だぁ〜〜〜〜〜♪(((p(≧▽≦)q)))』 と撮影。 家にカメ吉がいるとんこは 『カメだね〜〜〜〜〜〜〜♪』 とスル〜(笑) あ、瑠璃光寺の仏足石(ぶっそくせき)を見つけました。 仏足石とは釈迦の足の裏の形を表面に刻んだ石のことです。
インドの初期仏教では、お釈迦様を直接拝むことは恐れ多いとされ仏足石や宝座、菩提樹などを代わりに拝んでいたそうです。 仏足石は東南アジアで広く見ることができます。 仏足石の信仰は実は仏像よりも古く、世界最古の仏足石はスリランカにあって、なんと紀元前4世紀のものだそうです。 両足を揃ったものが古い形式のもので、片足のものは比較的新しいものだそうです。 日本では、奈良の薬師寺にあるものが最古と言われています このあと、奈良の『賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)』(通称:びんチャン)と同じ効果のある仏像もありました。 自分の痛いところや不調のある部分と同じ部分を撫でると治るといわれている仏像。 と 『じゃあとんこは肝臓あたりを・・・・・・・(笑)』
T 『じゃあ私はココロのあたりを・・・・・・・(笑)』
と 『なんかやらし〜〜〜〜なぁ〜〜〜〜(爆)』
T 『ほんとじゃね〜〜〜〜〜(爆)』 ヾ(≧∇≦ )ギャハハハハハハハハハハハハハ
こちらは『大内義弘像』
■ 大内義弘 ■
延文1年(1356年)〜応永6年12月21日(1400年1月17日)。
室町時代の守護大名で、地方の一守護にすぎなかった大内氏を全国的な存在におしあげた。 歌道にも優れ、『新後拾遺和歌集』という歌集を残している。 へぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。(興味なし?:笑)
だって右手に見える緑の山々の方が断然綺麗ですもの〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆*:.。☆..。.(´∀`人)
あ、こちらが「うぐいす張りの石畳」として有名な場所。
香山墓所に至る石段の前にある石畳の上で、石畳を強く踏みつけたり手を打ったりすると、「キュ」という音が返ってくる。これは周囲の地形や石段による音響効果のためであるが、意図してそのように作られたものではなく、偶然の結果であると考えられている。 でもうぐいすと言うよりは早朝に聞くなにかの鳥の声に似てたような・・・(笑) 一通り見て回ったご一行様(と言っても2人)は、そのまま地図をクルクル回し、大笑いしながら歩いて【山口サビエル記念聖堂】へ。
山口サビエル記念聖堂(wikiより抜粋) フランシスコ・ザビエルの来日(山口での布教活動)400年記念として1952年(昭和27年)に建てられたもの。
初代の聖堂は、ザビエルの生家で、スペインのナバラ州パンプローナにあるザビエル城を模して建てられたもの(パンプローナ市は1980年に山口市と姉妹都市提携を結んでいる)で、市民にも広く親しまれていた。 しかし1991年(平成3年)9月5日に失火により全焼。
サビエル記念聖堂の所有者であるイエズス会より多くの資金援助を受け、更に、種々の教会関係機関、山口信徒、ならびに山口市民、全国から寄せられた善意の募金により1998年(平成10年)4月29日に再建された。 再建された聖堂は、イタリア人神父のコンスタンチノ・ルッジェリと建築家ルイジ・レオニのデザインによるもので、高さ53mの2本の塔とテントを模した大きな屋根が全体を覆う構造をもつが、これはカトリック教会の伝統的な建築様式と比してかなり斬新なものであった。
初代聖堂の面影をほとんど残すことなく再建された聖堂は、当初、従前の聖堂の姿に慣れ親しんできた市民から異論が起こった。しかし、2本の尖塔をもつ白色の教会堂は緑豊かな風景に違和感なく調和しており、現在では山口市民の憩いの場として親しまれ、山口を代表する観光地として定着している。
山口市の中心市街地は高層建築物が少ないため、亀山の中腹にたつ50m超の2本の塔は遠くからでも眺めることができ、いわば山口市のランドマーク的な存在ともなっている。
日中15分ごとにはカリヨンの鐘が鳴らされるが、その鐘の音は、市民に時を知らせる調べとして旧聖堂の時代から親しまれ続けている。 本当はこのあとSL山口号に乗る予定だったのですが、2人で地図をクルクル回して移動していたためかなりのタイムロスにより断念(笑)
途中ですれ違う山口県のビジネスマン風の男性に『どうされました?』と声を掛けていただくほどクルクル回ってたんでしょうね・・・・・地図が(爆)ヾ(≧∇≦ )ギャハハハハハハハハハハハハハハ コメント欄閉じますね☆
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