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人間は当然のことながら動物である。言語を持ち文化を持っていても、動物だから息もするし食物も食べないと生きていけない。呼吸は片時も忘れることはできず、息を止めれば5分と持たない。食物の方も大概は1週間が限度で、睡眠だって50時間も取らなければもたない。我々人類は動物であることを忘れてはいけない。
私の3年前に亡くなった父は、明治大学在学当時の昭和22年と24年の正月の箱根駅伝で、山登りを走り優勝した。今年明治は3位になったが、それは親父の時代以来の快挙だという。親父は当時日本一のマラソン選手だったから、昭和23年、1948年のロンドンオリンピックには行けると思っていたが、残念ながら敗戦国日本にはオリンピックの招待状は来なかった。次のヘルシンキ大会ではもうトップアスリートではなく、オリンピック出場はできなかった。アスリートの毎日は故障との戦いであり、絶頂期は短い。
そうはいっても親父は頑丈だったから、息子である私もその運動能力を継承しており、今まで随分と得したように思われる。鍛えれは早く走れたりするし、スキーだってボーリングだって随分楽しませてもらった。いろんなことができるのも、親父から継承した能力も基礎にあって、だから努力も報われる。
しかしこうした能力は動物として偶然与えられた能力をベースにしている。動物にはすべて個体差がある。身長の大小から始まって、頭のいい悪い、運動能力、目や耳の能力、はたまた芸術的センス、美人がどうかから異性にもてるもてないまで、随分とばらつきがあるものだ。数値化できるものを調べると、正常分布と言って、真中が一番多く、上下は少ない。トップアスリートなるものも、運動能力の分布の一番上の者が努力もし、また精神的タフさも持ち合わせている場合だと言える。
さて原発事故では100msvの放射線を浴びると0.5%ガンになる人が増加すると言われており、それ以下では有意な差がないという。だから安全というわけではないが、大したことはないという議論がまかり通る。しかしこれは統計の問題であって、おそらく体の弱い者にとっては発病の確率は何倍、何十倍にもなるものなのだ。乳幼児も放射線感度が高いだけでなく、成人に比べてまだまだ虚弱なわけで、したがって虚弱体質に生まれた乳幼児には放射線はとてつもなく影響するなのである。
しかも低線量被曝については、チェルノブイリ以後20年以上たってようやくおぼろげながら影響の大きさがわかってきた。体の強いものにはどうということない低線量被曝も、弱いものには致命的であるらしい。しかし因果関係はまだまだ証明されたとは言い難い。弁護士なら「因果関係は証明できない」ですますことができるかもしれないが、弱者を守るために選ばれた政治家たるものはそれでいいのだろうか。しかし弁護士上がりの官房長官には、個体差を理解する能力はなかったようだ。頭はよくても想像力は欠如していたということだ。これも個体差ではあるが。
もともと政治家など社会のリーダーシップを握る人々は、トップアスリートのように気力体力に恵まれているから、こうした個体差などには理解が薄いようだ。公共交通の仕事をしていると、成人で仕事をしている、つまり普通に当たり前のように自動車を運転できる人々が政治を支配しているから、公共交通は必要でないという議論になりやすいと感じている。選挙の場合、体の弱い人枠でも作ったら、もう少しいい政治ができるのではないかとさえ思う。
気力体力に恵まれている私は、だからその恵まれている分、社会に対して貢献しないといけないと思う。今年は64年ぶりのロンドンオリンピックが開催される。親父の夢であったロンドンオリンピックに参加するトップアスリート達には、是非福島原発事故で影響を受ける体の弱い子供達に手を差し伸べてもらいたいものだ。
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