チャリの旅

ダメだこりゃ。次逝ってみよう。

やる時はちょっとやる

口ばっかりじゃないというこで…私。

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やめだ

ここのYahoo!ブログはYahoo!BBに加入しているついでで利用させてもらっていたんですが、その…画像アップ容量が何メガ?5メガ??
とにかく論外なほどブログを書く上で容量不足な訳なんですが、それを私はgoogleフォトで補っていました。
スマホで撮った写真は自動的にgoogleフォトにアップロードされるからそのファイルをこのブログに貼り付けていたんです。
今まではファイルのURLアドレスがフルでプロパティ表示されていたのにある時を境に暗号化されたフォルダまでしか表示されなくなりました。
その暗号のフォルダを貼り付けてみたら一部のブラウザでは見れなくなりました。
更に最近は見ることができたブラウザでさえ一定時間が経過すると見れなくなるようになったようです。
セキュリティの強化かと思われますが。
(フルで貼り付けていた頃の画像は今も普通に表示されます。)
つまりgoogleフォト…もうだめだ。
Yahoo!ブログ…もうだめだ。
聞くところによるとlivedoorブログは画像アップが無制限だとか。

livedoorブログに移住します笑
つか、今更そこまでしてチャリネタ書くのか…?!
趣旨が変わってきてやしねーか…。

という事で誰に言ってんだか知らないですがお世話様でしたm(__)m

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今週の夏目友人帳、レベル高かったです(*´-`)

ニャンコ先生のポジションが特にキーだったように思えました。
椎茸の妖(あやかし)、ミツザラ。
高貴なる妖者、シュオン。
ストーリーはこの二人がメイン。

‐‐‐‐‐以下ネタバレ注意 笑‐‐‐‐‐

第9話「険しきをゆく」

簡単に言うと今回は出家志願のお話です。
シュオンはお釈迦様のことでしょうね。
実在の哲学者にフリッチョフ・シュオンという人がいて、その人は形而上学(哲学)的に真理を求めていた事から釈迦とシュオンはひねりかと思われます。
「蜘蛛の糸」を連想させる描写もあって仏法がテーマなのは間違いないでしょう。
「蜘蛛の糸」は悪人が蜘蛛を助けるのに対し、このお話ではシュオンが蜘蛛を助けていて逆なところが面白いです笑


美しき獣は妖を食べても腹は膨れぬ。離してやってはくれまいか?」
「ああ、またやってしまった。獣には獣の事情がある。それを見過ごせぬなどまだまだ私は…。
◯      ◯
    O


「シュオン様は変わっていて糸にはいつも針がついていなかった。」
これで良いのだよ。
楽しや楽しや。
「流れ星に願い事をすると叶うと言われているのだ!」
「…祈らないのか?」
生きとし生けるもの星もまた然り。

友よ世話になった。我が一行は今宵この地を発つ。私は修行の旅の身。仙術の道へ戻る。」


「目を覚ませ。妙な夢を見るな。お前のような者とそんな立場の者が共にいられるはずがないだろ。」
「シュオン様一行のこと聞いたか?夕刻この近くをお通りになるとの噂だ。」
「おお!見に行くか?」
「馬鹿め。我らがお姿を見物したら罰が当たるかも知れんぞ。」
(地震テロww)

「しかし貢物をすれば願いを叶えてもらえるかも知れんな。」
「貢物とは?」
「そうだな…。高価な書や衣や酒、美味な人の子なども良いかも知れんな。」
「人の子…貢物…。」
「まあたまには良い薬か。
「出来たぞ!まるで神の使いのような美しき姿!これなら列に入っても違和感なしだな!」
「だいたい格好の問題ではない。所詮住む世界が違うのだ。一緒にいたいなどとあがいてもどうにもならんことはある。」


「シイタケやめろ。下手したら不敬とみなされるぞ。」
「何奴よ。これはシュオン様の業である。汚すは許さん。」
「見たところ兆しもなき小物のよう。諦めなされ。」
何も持たぬが何を捧げる?
「それは…それは…。」
「何も…何の捧げ物もありませんが、シュオン様に拾っていただいた命。お傍でご恩を返したいのです!どうか私も連れていって下さい!御一緒したいのです!修行にも励みます!だから…どうか…どうか!」
「ミツザラ殿。」
情をかけてすまなかった。言ったように我らが行く道は余りに険しき道。連れてはゆけぬ。」
友よ。帰られよ。」


「ミツザラ殿とやら。捧げ物などいらん。
「我らはここに書かれている修行を終えて参列しておる。」
「先程は冷やかしとからかって申し訳ない。覚悟があるならこなしてこられよ。」
「あっ大丈夫か?」
「手出し無用。大丈夫だ…きっとやれる。そうだろう?」

…というお話です。
だいぶ端折っているので見てない人には分からないかも。
是非見てください笑

十中八九間違いないとは思うのですが万が一間違っていたときのために先に言っておきます。
「間違っていたらごめんなさいm(__)m」

美しき獣…自然の摂理に従って存在する獣は美しく、本来の獣が食するものを食しなさいという意味だと思います。

針のない釣り…魚を釣ったら直ぐにリリースする人と捕まえて食べる人に分かれると思いますが、どちらの主張ももっともだと思います、釣りですから。一匹も釣れない日もあるでしょうがそれだって楽しいはずです、釣りですから。つまりはそういうことです。どこからどこまでを釣りとするかはその人次第ですが要は楽しむかどうかです。針がなければ魚は苦しみません。それらを踏まえた上で楽しや楽しや。

・生きとし生けるもの星もまた然り…この世の現象は全て真理から生じ出るものと仏教では説かれています。「色即是空」つまり「色」は現象であり衆生(しゅじょう)であり生きとし生けるものである。「空」は真理であり仏(如来、仏陀)であると説かれます。大宇宙の下の衆生の皆さんはお互いにやった事は作用し合いますので私利私欲で因果の渦を作るのやめましょう、とそういう意味だと思います。

シュオンは間違いなく釈迦でしょう。
しかも作者の先生、スッタニパータや法句(ほっく)経のような仏教初期の経典を参照していると思われます。
なのでシュオン一行の弟子達は菩薩や明王ではなく羅漢ではないかと思います。
衣食住という欲を最小限に留める修行をしているので風貌は険しいものの心穏やかというのが羅漢です。
仙術というのは文字通り仙人が使う術のことですが仙人というと中国古来の神様と思われることでしょう。
でも実は仏教以前のインド古来からの風習を指すものでもあるのです。
修行をして目覚めた人の事を仙人と呼んだのです。
なのでお釈迦様やその御弟子さんは羅漢であり仙人なのです。

それからニャンコ先生。
あんな格好をしていますが実は上級妖のマダラです。
このマダラ、よーく注目しているとシュオンの事を一度も見下していないんですよね。
不敬とみなされるぞ。」なんてニャンコ先生らしからぬ発言です。
ミツザラが夏目貴志を貢物にしようと考えたとき木陰から「たまには良い薬か。」と発言。
これはシュオン一行に夏目を差し出してどういう仏法の返答があるのか、それはミツザラにとっても夏目にとってもニャンコ先生自身にとっても良薬になるという意味ではないかと私は解釈しました(定かではありませんが)。
ニャンコ先生は仏法を理解していながらも自分には実践できないと観念しているようにとれました。
今回はミツザラを影から見守り一見カッコ良くも見えますが実は影にいる事しかできない惨めさの裏返しと思えるのですがどうでしょうか。
重ねて「違っていたらごめんなさいm(__)m」。

今回は仏法に対する夏目友人帳の解答のように感じました。

最後に駆け足ですみませんが、残りの解説を。
釈迦は生前、弟子や近しい人達を「」と呼んでいたそうです。
何事に於いてもそうですが挫折し得るものに同じ志の友がいればそれは大変素晴らしいことです。
取り分け心身共に善を目指すものが仏道なので、この友は正に善であり、この友を持つということは修行全てを修めるに等しいと釈迦は語ったそうです。
この事は「善友」「善知識」等として現在も重要な教えのひとつになっています。

まだまだ私は…。
釈迦は自身の修行の完成を認めておらず生涯「中道」に励んだそうです。
ミツザラに対し「情をかけてすまなかった。」は獣から助けたことで苦しみを与えたこと、因果の渦を与えたことです。
「中道」の選択を見誤り、その困難さを言っているのでしょう。

弟子の「何も持たぬが何を捧げる?」、これは仏法に対してです。
また「捧げ物などいらん。」、これはシュオン一行に対してです。
仏法に対しては俗世を離れる「覚悟」を捧げれば良かったのではないでしょうか…?
目覚め悟るで「覚悟」ね。

…。
ちょっと書きすぎたかな(--;)
でも殆どの夏目ファン層には気付かないことだろうから参考までに書いてやったぜ。

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夜中に地震で目が覚めました。
震度を確認しようとスマホのTVを起動させたら北アルプスのテント場のドキュメンタリー番組がやっていました。

こう言うと恥ずかしいのですが普段私はTVをほとんど観ていません。
というかTV持ってません(゜д゜)エッ
そうですよ世間知らずなんです笑
だから4kが始まったこの時代にただのフルセグハイビジョン映像が綺麗過ぎてビビりました。
北アルプスふつくしぃ…。

旅人のブログではよく登山記事が載せられていて、それをしばしば拝見するんですがまぁ正直なところ登山をしない私としてはどこも似たような景色で共感イマイチでした…が。
ハイビジョン北アルプス、了解した。

でも。
これだけの人達で溢れかえると山も汚れるでしょうね…。
トイレや食べカスが土壌に染み込んで大腸菌とかヤバくないんですかね。
登山靴の靴底だって年間の磨り減り量を考えると相当な汚染になるような気がします。
「何故山を登るのか。」
…はい、天の邪鬼はこのように登山も楽しめません笑

番組のインタビューで今年定年を迎えるという元早稲田大学山岳部のお父さんが「山は昔と変わらないですね。変わるのは人間の方ですね。」と答えていました。
…山は変わりますよ。
不動なものなんてこの世に無いですからね。
そういう意味でなら変わらないのは寧ろニンゲンの方かも…。

優雅な大自然もせせこましい大都会も実は本質が同じでそれに気が付けないのは盲点(スコトーマ)が脳に働きかけるからなんだそうです。
ポジティブシンキング的な要領ですかね。
「ボロは着てても心は錦」的なね。
そう信じて通勤中の電車の中で目を閉じる事もあるのですが…まずムリゲー笑
と、私も未熟なので最後に行っとくかなぁ北アルプス…。

そう言えば地震、震度いくつだったんだろ。

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今日はスーパームーン

そんな今宵東京は…。
雨。 \(^-^)/

月は楕円形に地球の周りを公転している為、日本から見てその軌道がもっとも接近して、且つ満月という条件付きが今日みたいです。
68年ぶりみたいですね。
次回は18年後なのだとか。

天体ショーにお約束のこの「次回◯◯年後」という文言。
人々の欲を駆り立ててなかなか良いですね。
「在庫限り」「残り1個」「次回入荷未定」みたいなね。

しかも何だかんだ言って年に1、2回はこういう天体ショーがありますよね。
月食だの流星だの金星だの…。
そして必ず「次回◯◯年後」…。
中には数百年単位モノも確かにありますが毎年取っ替え引っ替だとこんな表現は有って無いに等しいでしょ。
天文学的数値に対する人間の儚さを知るのも良いですが、あれもこれもと欲する人間の儚さも少しは知った方が良いですってゼッタイ。

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四次元超立方体

宇宙は138億年前にビッグバンという現象により始まったと言われています。
ビッグバン直後では宇宙の全物質、全エネルギーが無限小の点の状態、いわゆる0次元状態にあったそうです。
この世の全てがそこにあった訳でONE PIECEです(真顔

「色即是空」…よぎりますよねぇ頭に。
138億年現在(色)は=138億年前ビッグバン直後(空)か…なんてね。
ん?ビッグバン"直後"?
"直後"??
ビッグバンが始まる前は"無"であって"点"でさえない状態だったのだそうです。
全宇宙が0次元に詰まっている状態も意味不明ですがその前の"無"こそ真に得体が知れない状態です。
この世は"空"であるかどうか以前に"無"であったという事実…。

更に、ビッグバン発生により時間(宇)と空間(宙)が誕生した、つまり時空(宇宙)が誕生したと考えられて来ましたが、最近になって何やらビッグバン以前から時間は継続して存在していたとの説が発表されたようです。
無であり、且つ時間が存在したとは無ジャナクナイ…?
ゴルフならホールを通り過ぎてOB状態的なね。
でももしこれが本当なら大日如来危うし…ですね。

ビッグバンが発生してから、こうなって、ああなって、そうなった結果(笑)現在に私が存在しています。
これは綿密な規則性によるものなので偶然でも奇跡でもありません。
ビッグバンの時点で私が存在するのは必然だったのです。
すなわち未来の出来事も必然で、人間が構造上感知できないだけです。
全て最初から決まっている事なのです。にぱぁ
現在の私がいる宇宙はビッグバンの0次元を単に展開した「形」であり、この「形」は3次元空間+1次元時間のいわゆる4次元時空です。
0次元ビッグバン=4次元時空である、これが色即是空ではないかと感じていました。
「無+時間」という状態を知るまでは…。

4次元時空というのはあくまでも3次元空間の話です。
4次元空間という概念は確かに存在しますが、4次元時空と4次元空間は別物です。
空間の次元についてざっと説明すると以下のようになります。
0次元…点
1次元…線
2次元…面
3次元…体
ここまでは理解できます笑
4次元…胞
はい理解不能笑

ネット上に色々な解説図形があって勝手に張り付けたら怒られるんだろうけどこんなブログだし…まいいか笑

これらはあくまでも概念を3次元で表現しているわけなので、下の図だと3次元立方体も4次元超立方体も5次元超々立方体も「全部3次元じゃねーか」と思うでしょうが仕方のない事です。
それなら0次元も1次元も2次元も同様で3次元表示はできるものの現実には存在し得ないのと一緒です。
あくまでも概念の3次元表示です。

dimension=次元。

正八胞体(超立方体)。

空間作用は3次元のそれではないという訳です。

う〜ん意味不明!
時間軸を4次元目に当てはめた物理の考え方があるにはあるのですが、とりあえずそれは置いといて数学の幾何学的な概念での4次元が上記の説明図です。
計算上はこの応用で何次元も作り上げることが可能で無限次元と言われています。

宇宙の構造が何次元なのかは不明です。
4次元目が時間軸なのかも当然不明です。
ただし、例えば人間は光の素粒子である光子を色として感知しているのでもしかしたら4次元目のベクトルを時間として感知している可能性はなきにしもあらずです。
私的には数学上で無限次元が存在するのなら宇宙も無限次元ではないのかと考えていますが笑

ちなみに素粒子の構造を説く理論に超弦理論というものがあり、ここでは10だか11の次元があるとされています。
そうすることで素粒子が波なのか粒なのかという矛盾も解消され、更に重力の謎も解消されるそうです。
…もうこの業界は「信じる」しかないですネ。
だからといって素粒子次元≠宇宙次元ということですよ。
しかし最先端のドクター達は10だか11次元が"視える"んですかね…?
数値や数式の合致で矛盾が無いかを比較しているだけですよね??
視えてないですよね人間だもの。

詰まるところです。
4次元以上を感じられるようになれば冒頭の「無+時間」の謎も切り開けるかもしれないですね。
色即是空が3次元だけの話じゃなくなるかもしれません笑

3次元で解決できなければこれからは4次元です!
お部屋の片付けができない方…、土地の権利で争っている方…、そんな方々はどうでしょう、尺度を4次元に変換されてみては??

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土人人形

最近ヘンテコなニュースが多いですね。
土人発言にUSJの人形に。
…。
時事ネタ何で書いてるんだろう…汗
チャリどうした(オイ

あの大阪機動隊の人、戒告になっちゃいましたね
録画されちゃったばっかりに…可愛そうに。
撮影したという人は芥川だかのショーを取った作家さんだとか。
「人権を侵害する発言が〜」と取材で言ってましたね。
この人も在日なの??
一個人を責めただけでヘリパッド解決の糸口にもなっていないこの映像の公開、芥川賞作家としてこれも筋書き通り???

公務員の義務を逸脱する機動隊員。
国民の義務を逸脱する反対派。
そもそも前提が破綻です。
ただのケンカです笑

「人権」が制定されていない国だってありますよね。
なら人権の無い国は非常識で、人権のある国が常識ですか?
日本…常識の国( ゚,_・・゚)ブブブッ

戦争や虐殺に苦しむ民。
地震や洪水に苦しむ民。
米軍基地や原子力発電所に苦しむ民。
学生生活やサラリーマン生活に苦しむ民。
何が不幸なのかワケ分からんっすね!

ちなみに日本にも人権が与えられていない人がいるのをご存知ですか?
天皇陛下や皇族ですよ。
国民ではないから当然です。
国民同様の"権利"があったんでは同様に"義務"が生じてしまいます。
(義務の例外はありますが、置いといてw)
国民は権利と交換条件に義務を強いられているだけなんですよ。
天帝に年貢納めろやゴルァ(`Д´)
ってね笑
交換条件です、交換条件。
日本の天皇家は最低でも1300年間続く世界最高峰の王家です。
それこそ"D"(遺伝子学的にもね)を受け継ぐ方々です。
憲法がどうだとかでやれ人権、やれ公僕とか踊らされている人。
カワイソ、カワイソなのです。
下々民なんです、どうあがいても私達は。

USJのお化け屋敷。
人形供養で有名な和歌山の淡島神社から数百体の人形を借りてきたというアレ。
USJ…法には触れずの金儲けじゃ!
淡島神社…知名度UP!金儲けじゃ!
日本人形協会…売上げ低下で金儲け…出来ん!
以上。
お金がこのような渦を巻く一例です笑

そもそも本来「供養」とは仏や菩薩を称えて供物を捧げることで、いわゆる「布施」のことです。
自分自身の修行を差す言葉です。
奇怪(に思える)な人形の捨て場を神社に選び、神社はそれを「供養」する…。
それ自体がオモロ過ぎ。
供養を終えた人形をUSJに貸し出したとの事ですが、何を以て供養終了なのでしょうか?
人形を納めに訪れた人の禍(まが)を祓う方が神社として役目っぽいんですが。
じゃないと禍が渦になる…笑
人形はとりあえずダイオキシンに気をつけて焼却でいいでしょ。

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過労とは。

あまり時事ネタにあれこれ言う気はないのですが…つい汗
電通の過労自殺についてのどっかの大学の先生の発言についてです。

NewsPicks?だかで炎上した「残業時間が100時間を越えたぐらいで自殺するのは情けない」というアレです。
NewsPicks自体が何なのかを知らない私としてはこの時点で論外なのかも知れませんがSNSだろうとして語させてもらいます。
異論は認めんw!

まず「残業時間が100時間を越えたぐらいで自殺するのは情けない」という文言ですが何の問題もないかと思われます。
SNSを通じて弁論したまでですからね。
そもそも"炎上"なんてものはSNSの醍醐味ですよね?
これぞ現代のコミュニケーションツールです。
現代の仮面舞踏会です。
"炎上"にあやかり反論した人達もさぞ楽しんで投稿した事でしょう。
これで一件落着だった筈なのに大学教授という肩書きなんつーのを持っているせいでTV放映されるはで結局は現実世界で一定の責任を取らされるハメになっちゃった訳で…。
本当ならこんなことが現実に干渉するわけがないんです。
犯罪の動機にSNSが証拠として挙げられれば別ですけども。
それ以外だとするならばSNSなど何の意味もなさないと言いたいんですよ。
現実世界はちゃんと法の元に紛争をしているのだからSNSの"炎上"ごときが口を挟むなと言いたいんですよ。
みなさん…仮面被って踊っている人達が自分を陪審員か何かと間違えてませんか…?

こうなってしまったら大学の先生は炎上させてしまった、或いは不満を抱いたように見えるSNSユーザーに謝罪するのは至極当然であって、それに対して一部に見られる「死んだ本人に謝れ」「遺族に謝れ」という発言には何言ってんの!って感じです。

死んだ本人や遺族に謝るのは電通の仕事であって大学の一教授ではありません。
分別(ふんべつ)をわきまえるとはむしろこっちの方だと思うのですが、どうでしょう??

最後に。
東大卒という言わば日本最強の人の末路が過労自殺だなんて人生的にも家系的にも情けないというか虚しいと私は思います。
同意できかねる方々にはあまり宗教的な事も言いたくないんですが、弥勒菩薩(みろくぼさつ)のお経を哲学の一環として読むことをオススメします。
南無〜ww

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夏目友人帳 伍 \(^^)/

夏目友人帳のアニメ5期が始まっておじさん大歓喜です(*≧∀≦*)
前回の4期から4何年が経つそうで…おあずけが長いワン

夏目友人帳はほのぼのとして優しくて観ててジ〜ンと来るんです。
とまぁ観たことある人が抱く一般的な感想はさておき…(゜д゜)エッ

どーもそれだけじゃないと思うんですよねぇ。
この作者の先生は"核心"を巧妙に埋め込んでいるように感じるんです。
今回の第1話「変わらぬ姿」もやはりそう感じました。
(以下より内容に若干触れます。ご注意を)

人間は大事なものを落っことし、妖怪は大事なものを落っことさない、つまり人間はものを大事にする事ができない、妖怪はものを大事にする事ができる…これって人間と妖怪あべこべじゃね?
と、そういうお話だったのではないでしょうか。

どんなに大事なものでも人間に永久の所有なんてあり得ません。
形あるものいつかは壊れます。
壊れれば地球に還ります。
地球に還れば誰かが拾います。
人形の拾いっこなんですよね人間自体。
地球上の生命、いえ、森羅万象自体がですかね。







壺妖怪「まあ綺麗…。あなたここにいたのね。大事にするから一緒に帰りましょう。」

最後のこの優しいセリフが…
人間がみすぼらしいっす

死なない、病気もなんにもない存在だからこそ人形を大事にできる訳で。
例えば「君を永遠に大事にし続けるよ」的なセリフ言っちゃう人がいたとします…。
お前は妖怪か!ってね笑

夏目友人帳を知らない人は良かったら観てみてくださいな〜(^_^)/

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仏教的な幽霊

お久しぶりです(>_<)
最近特に何もしていないっす
雨ばっかですね
晴れの日なんて2日と続かないですね
梅雨(6月)以降チャリ通勤していないですよマジで

ちょっとアレなんでとりあえず何か書きました笑
仏教的に幽霊を考えてみました
仏教の幽霊なんて言うと、
ご先祖様
守護霊
地縛霊
…?
さぁ、今回も難しいぜ!
心して読め笑


人間には8つの苦しみがあると言われていますがその1つ、「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」、これは人間として機能していると苦しむという意味です。

五蘊とは
色(しき)
受(じゅ)
想(そう)
行(ぎょう)
識(しき)
という5種類を示したものですが簡単に言うと、
人は何かを見たとき(色)
それに何かしらの感想を抱き(受)
それを記憶し(想)
それをどうしたいと感じ(行)
それが何であるかを認識する(識)
というように1つの事象に対して最低でも4つの思考が働くというのが五蘊です。
この五蘊を人間は死ぬまで瞬間的に同時多発的に繰り返し蓄積させていかなければならないので、五蘊が盛んであることは苦しみである、これが五蘊盛苦です。

え?それは違う??
だとするならその五蘊が経験値となり人生謳歌の糧となるのではと?
…なるほど。
そもそも苦しみって本人が気付く苦しみと気付かない苦しみがありますからね。
例えばタンスに足の小指をぶつけたらスゲー痛いので苦しい。
これは自分で気付ける苦しみです。
痛い事なんて自分の意に反する訳ですしね。
なら自分の意のままに物事が進み優越に浸るとします。
この優越が実は自分で気付かない苦しみなのです。
その優越は必ず途絶えます。
途絶えて"普通"に戻った時、普通に戻る、ただそれだけで苦しみを味わいます。
「有頂天」とはよく言いますが悪い意味で使われているはずです。
要は愚か者って事です。
また優越に浸ると傲慢になることもあります。
他人が成し得なかった事を自分が成し遂げると他人を見下します。
見下した他人に意見を言われると怒りに囚われて「修羅」化します。
これも自分では気付かない苦しみです。
やがて周りが敵になり冷遇される事で苦しみを味わうというより傲慢そのものが苦しみです。

「お前はいつも楽しそうでいいよな。悩みなんてないだろ?」
「そんな事ないって。俺だってあんな事してこんな事して大変なんだって。それならお前こそ…」

「お前のそういうところが愚かだよな。やってて虚しいだろ?」
「全然虚しくねーし。むしろお前に言われたくねーし。お前こそ…」

こういう会話よく耳にしませんか。
前者の会話も後者の会話もどっちも似たようなもんです。
皆さん自分で気付かない苦しみを抱えているんです。

「五蘊盛苦」少しご理解いただけましたか?

え?幽霊が出てこないって?
もうちょっと待ってください。
もう少し理論を固めないと幽霊を出したところで下手こくだけなので…

五蘊を繰り返すという事は自我の形成を繰り返すという事になります。
あらゆる事象を認識出来るのは自分が機能しているからというわけで。
「我考える、故に我あり」に似てますかね。
実はこの自我が苦しみの理由の全てなんです。
優越や傲慢が苦しみ云々というより自我の形成こそが苦しみなんです。
「諸法無我(しょほうむが)」という言葉がありますが、まぁこれを説明するといよいよ幽霊が出てこなくなる勢いになるのでまたいつの日か…。

で、要するに幽霊ですが、これは錯覚です(´д`)ズコー
これだけ前置きを長くして言いたいことがそれか!とまー思うわな。

錯覚とは五蘊が正しく機能しなかった時の事で、疲れや恐怖などの精神状態、あるいは電磁波などの外的要因で引き起こされ安いと言われていますよね。
五蘊が正しく機能しないということは五蘊盛苦が破綻して苦しみが無くなるのではと思いたくなりますが、所がどっこい、この場合の錯覚は"自我"が破綻する代わりに自分ではない"誰かの我"が形成されてしまうんです。
これは"無我"とは全然違います。
「諸法無我」を前提に言うと"自我"という錯覚を起こしている人が更に"誰かの我"という錯覚を起こす事になります。
ダブル錯覚です。
「裏の裏は表」ではありません、裏の表層から裏の深層に向かう感じです。
錯覚で"誰かの我"を一瞬でも形成させてしまえばそれは得体の知れないナニカになるわけで恐怖を感じます。
幽霊だと思いたくもなります。

つまりは幽霊を見るということは苦しみであると私は言ってみたいんです。

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