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この刀は鎌倉時代の刀でして、銘に刻んであるのは「次吉元應ニ年」
‥元應2年とは1320年ですから、この刀はざっと688年の時をこえて
現在にこの輝きを保っていることになります φ(・_・”)メモメモ
色々ネットで調べてみましたが、元應2年ネタでは
山口県の功山寺(こうざんじ)仏殿がその年に建立されたとの事でした。
こういう歴史をあらためて見てみると、預かっているいる刀とはいえ、
この刀が今こうやって僕の目の前にあるというのは、何とも不思議な感じです…(^o^)ゞ
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過去に書いた「次吉元應ニ年」のブログ記事はこちらです
http://blogs.yahoo.co.jp/cf0623jp/40717115.html
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※関係ないけど、功山寺(こうざんじ)仏殿略年表 壁│・m・) プププ♪
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元応2年 1320 ●虚庵玄寂禅師により金山長福寺(臨済宗)を開山
正慶2年 1333 ●朝廷より知行地を賜う綸旨を受く。
建武元年 1334 ●足利尊氏より小月の地を寺領として、寄進する書を受く。
長享元年 1487 ●暴風雨で山門倒壊。
弘治3年 1557 ●大内義長、毛利元就に襲われ、4月4日谷の長福寺で自刃、大内氏滅亡、
以後寺も戦乱で荒廃。
慶長7年 1602 ●初代長府藩主、毛利秀元が長福寺を修理し父元清の霊をまつり
笑山寺一洞雲三庭禅師(曹洞宗)と改称。
慶安3年 1650 ●10月3日毛利秀元死亡 法号「智門寺殿功山玄誉大居士」以後世々毛利家の
香華寺となり、功山寺と改称。
元禄8年 1695 ●鐘桜の建立。
安永2年 1773 ●10代藩主毛利匡芳、山門を寄付再建。
天明8年 1788 ●10代藩主毛利匡芳、大法堂寄進建立。
天保6年 1835 ●11代藩主毛利元義、経蔵(1799)につづき書院庫裡を寄進。
元治元年 1864 ●4か国連合艦隊来襲にあたり13代藩主、毛利元周は陣営を功山寺に移して指揮。
●三条実美公等五卿が11月17日より2カ月間書院に潜居。
●12月15日高杉晋作回天の挙兵。
明治36年 1903 ●4月仏殿が特別保護建造物に指定。
昭和28年 1953 ●11月14日仏殿が国宝に指定。
昭和41年 1966 ●6月10日木造地蔵菩薩半跏蔵山口県指定文化財となる。
昭和45年 1970 ●3月4日山門が下関市指定文化財となる。
昭和49年 1974 ●3月25日功山寺境内地が下関市指定文化財(記念物)となる。
昭和54年 1978 ●3月1日七卿潜居の間、経蔵が下関市指定文化財となる。
昭和61年 1986 ●11月10日功山寺韋駄天像・千手観音菩薩座像・二十八部衆立像下関市指定文化財
となる。
平成7年 1995 ●12月19日楊柳観音(軸物)山口県指定文化財となる。
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すごい。。。目が惹きつけられる
2008/3/23(日) 午後 0:13
刀には歴史があるのですねぇ。。。。。本当に魅力的な輝きです♪
(* ゚ー゚)σぽち。
左弘安を拝見してから帰りまーす^^b
2008/3/24(月) 午前 2:07
じんたさん‥鎌倉時代というのは歴史で勉強してはいましたが、
実際にその時代の刀に触れるというのは毎回感動ものでございます…(^o^)ゞ
刀って不思議なもので、実際に手にすると
なんかすごく心が落ち着くんですよ (^○^)
2008/3/24(月) 午後 11:47
ひつじさん‥刀を見れば時代がわかると申します。
本当に刀って見れば見るほど魅力的な美術品ですよ (^○^)
2008/3/24(月) 午後 11:53