無題
世界が ぜんたい幸福にならないうちはチコなの
あんなにあった 森の雪も すっかり消えて
渡って来た小鳥達が
木の上で 綺麗な声で 美しい春の歌を 歌っています
と 人間の皆さんは 思っているんでしょうが
結構 「お前ら どこの もんじゃい!」といった 俺様系の威嚇 だったり
「きみ かわウィーねぇー」という
少々時代遅れな軟派な発言 だったりしているのです
そんな ピーチクな環境の中で チコちゃんは 静かに 風の音を聴きながら
今年も やってきた 春に 少しの郷愁を覚えつつ
「世界が ぜんたい幸福にならないうち は 個人の幸福はあり得ない」
と書いた 宮澤賢治の言葉を思い出します。
この言葉は 農業芸術概論要綱 という 難しい論文の一節です
これは宮澤賢治が花巻農学校を退職し 自給自足の生活をしながら、
若い農業者に農業と科学を教えた羅須地人協会という私塾の講義用資料でした。
ここで賢治は農業指導に単身奮闘尽力しましたが、
活動半ばにして病に倒れ亡くなってしまいます。
そして 後の空襲による戦火で賢治の原稿は焼失したものの、講義を聴いていた人
が書き残したノートにより、この世に舞い戻った名言でもあります。
宮沢賢治が かつて歩いた 小岩井農場を
チコちゃんも パパと一緒に 歩いてみました
世界が ぜんたい幸福にならないうち は 個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか 新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある 正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である この時代から ずいぶんと長い年月が過ぎたのに
自分の幸せが 誰かの 不幸を救うことより優先する
そんな 人の世界が 続いているのは どうしてなんでしょう
ゴミは捨てたい でも 家の近くは 嫌
便利な生活は欲しい でも 危険は別のとこで負担して欲しい
幸せの実現は 欲望の実現と 違う事に
いつになったら 人は 気が付くのか
チコちゃんが いなくなったあとでも 無理かもしれないな
世俗にまみれたチコママが そんな事をまったく考えないで
ブラブラ歩いているさまを見るにつれ
小鳥の 騒々しさは そんな事を 思わせる
賑やかなのに うっすら寂しい 春の日です。
とか言った チコちゃんも
うっかり 小岩井アイスクリーム売り場に 駆け寄ってしまったけど。
Personal happiness cannot exist until the whole world is happy
アイスぐらい いいじゃない
犬なんだもの
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