「リーダーなりたくない」過半数
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少し前の記事ですが、一視同仁さんの記事にこういう題名がありました。
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リーダーの定義を決めずにリーダーになりたいか、という問いかけに51%が「なりたくない」と答えたようです。
今年は各国の指導者が選挙等で改編の年となる。
一足早く北朝鮮では世襲によりリーダーが決まり、台湾では現職が引き続き政権を担当する事になった。日本も内閣改造が新年早々にあった。そういう意味でリーダーという事にスポットライトが当たってもおかしくはない。
最もリーダーの定義があいまいなのでこれでどうのとはいえないだろう。
大統領や社長、起業家は間違いなくリーダーであるが、会社によっては部長、課長、係長、場合によっては主任でもリーダーと言える事もある。
課長ならいいが部長や役員は嫌だ、という人はYES、NOどちらを選んだかは判らない。また、自分ひとり個人でやっている企業体の代表をリーダーといえるかどうかも非常に定義は難しい。
日本人の国民性として概して言うと和を重視するので強烈なリーダーシップで憎まれてもいいから邁進するというケースは少ない。
だから抜擢人事で若くして管理者となった場合、かなり気を使うケースが多く、先輩を追い抜いて最初に部長になったからと言って、先輩である部下に対して君付けや呼び捨てをするケースは殆どない。またそれをやった場合は不協和音で逆に足をすくわれかねない。
なので、若くしてリーダーになった場合は実入り以上に気苦労が増えたという事もあながち外れではなかろう。
日本ではそういう環境から多少無能でも年齢が高くて人柄が穏やかな人が部長になり、若い人は部長代理や課長程度の役職で実質的に組織を引っ張る年功序列人事がそれなりに広い層かか肯定的に受け入れられる土壌はあったと思う。上司の仕事の60%以上は部下の尻拭いという言葉もその通りです。
で、「千葉日台、お前はどうなんだ・・・」といわれると、皆様の期待通り、私は「No」です。
私の両親は何かといえば「大将(軍隊の階級ではなく一番という意味)になれ」と言ってきたが、リーダーシップというのはある意味先天的な要素や性格もある。勿論私も若かりし頃は「とにかく上を目指そう」という意識はあって色々なセミナーを受講したり頑張ったこともあったが、ある時にそれは一切放棄した。やはり「向き不向きがあって無理をするといいことはない・・・」と思ったからです。それで会社での出世競争に対しても余りこだわりを持たなくなった。
それは日本李登輝友の会千葉県支部事務局長に就いた時です。
事務局長というのは「長」とつくように一種のリーダーに見えるが、千葉県支部長の方針の下にそれを具現化する実務が主な業務で、事務局長が組織の方向性を見出す必要は(少なくとも千葉県支部では)無かった。
結果、色々と経験して、性格的にも資質的にもトップとなってリーダーシップを発揮して組織を引っ張ることには残念ながら向いていない。そういう意味で「トップにはなりたくない」し、私がトップになったら「強制的に着い来ざるを得ない部下はかわいそう」だ、という結論にもなった。
誤解の無いように言うと最初から逃げたのではなくある程度経験して「自分は不向きだ」という結論になったのです。
で・・・話を元に戻すと、この定義を決めずにリーダーになりたくないか、という質問は余りに乱暴で、むしろ会社員に「どこまで昇格したいか」と聞いたほうが本音が出たかも知れない。
「一生ヒラでいい」という人が51%もいるのかどうか。
一ついえることは「社長になりたい」という人は51%は居ないだろうと言う事。
千葉日台、おまえはどうなの?と聞かれると・・・「なるようになるでいい」と回答するかも知れない。入社20年近く、会社で私の同期は課長になった人が多いのに対して私はまだヒラです。
それに対して「そのままでもいい」し、「課長にさせてやる」といわれたらそれでもいいという意味です。昇進昇格にはこだわりが無いですが、拒絶反応も無いと言う事です。
私が思うにリーダーは何も社長や起業家を指すことでは無いと思う。
前述したようにサラリーマンとして部長でも課長でも、もっと言うと係長や主任でも正式役職で部下が居ればスケールが違うだけで「リーダー」となるのです。
社長の方針を理解の上、自分の居る部門にスケールダウンして部下たちのレベルで伝えて指導育成をしながら業績を上げなければならない。
トップが凡庸でも番頭や参謀が優秀だから評価が高い組織があり、トップが優秀であれば鬼に金棒だし、そういう部門であればやりがいもある。
トップにはなれないが、No2かNo3程度であれば多分多少は問題がありながらも出来るだろう・・・と。つまり社長は務まらないが部長、課長程度であれば出来る人も多いかと思うし、「最高の課長」を目指して欲しい。
だから、請われると辞退をせずに昇進昇格は請けたほうがいいというのが私の結論です、特に組織に属するサラリーマンは。
色々な企業では人事制度が見直されていますが、見ていると一生ヒラでいい、職域が据え置き期間が長ければ長いほど概して言うと厳しい制度になっていっている。
今やリストラ対象は管理職そのものよりも管理職試験に何回も落ちてなりそこなっている人が対象になっている。
そういう意味では何もリーダーは必ずしも社長や起業家という訳ではなく、与えられた立場で自分を最高級にリードしていく、という事かも知れない。
やはり人生も少しでも上のステップを目指さないと張り合いが無いし、結局若さを保てない。
ストレス過多も問題だが、ノーストレスも老化を早める。
リーダーになりたくないが51%というのはトップになりたくない、であって中間管理職や補佐者を含めるとその割合が極端に減ることを望んでいる。
日本は東アジアのリーダーになって欲しいという声はシナや南北朝鮮、ロシアなどの反日国家以外からは多いという。
その日本国内の国民の意識が「一生ヒラでいい」では前途が暗いかも知れないので。
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