今年になって三頭の愛犬を見送った。
里親に出したものも入れると、合計六頭である。
高齢化が進み最近は別れが多くなってきた。
年を増すごとに別れの席が増え
祝い事の席は若いときと比べると少なくなった。
いずれ行く道であるが、
せめて責任をもって今、暮らしている子達は私の手で送ってやるつもりだ。
犬生を、12〜14歳と考えると年齢順に考えるとケイミーが最後になる。
今後繁殖することはあっても、残していくのは難しいだろう。
我が犬舎には、愛犬のお墓がある、そこには歴代の愛犬たちが安らかに眠っている。
49日も過ぎたし、明日 三頭のお骨を納めてやろうと思う。
ある本を読んでいたら、こんな事が書いてあった
なき愛犬にお経を読んであげても無意味ですか?
可愛がっていた犬が亡くなり「般若心経」を読んで供養してあげたいのですが、犬にはお経はわからないので無意味ですか。 と言う質問でした。
無意味どころか、大きな功徳になります
仏法には、一切衆生(いっさいしゅじょう)の功徳があるとされており、一切衆生とは、人間だけでなく生きものすべてということですから無意味どころか、大きな功徳になります。
動物は言葉は判らなくてもお経の功徳はあなたの回向の心によって必ず届きます。
動物には「如是畜生(にょぜちくしょう)。発菩提心(はつぼたいしん)。オンボッケン」と唱えてから、般若心境をお唱えすると良いといわれてます。
チクショウという言葉はあまりよい響きではありませんが、本来仏教用語でいう動物のことで「傍生」(ぼうしょう)ともいいます。昔は今ほど動物を尊重しなかったので、これが一種の悪口として使われていましたが、本来は違いますから、気にしないでお唱えください。
オンボッケンは「浄土変真言」と言いまして、この世界にいながらにして、そのままお浄土に転ずると言う意味の真言です。
オンボッケンの部分は、唱える人の信仰により、お念仏「南無阿弥陀仏」や、お題目「南無妙法蓮華経」に換えてもよいと思います。
分かりやすい説明であった。
明日は納骨のさい、般若心経を唱え、ありがとう と手を合わせることにしよう。
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