前にも同じようなものを書いたが、佐藤知事(仮名)や、山下教授(仮名)などを支持するつもりなど毛頭ない。
しかし、一年も過ぎて、私個人が主に集める情報ソースなど、実際に知り合って、
現場に近く、現在、実践されている方々からお話を頂くようになって半年くらいになる。
はっきり言わなくても、これらの情報はバリバリの一次ソースだ。
(だからといって私というフィルターを通した後が正しい情報とは言いかねるが。)
いまだ愉快犯的な某武田先生(仮名)、暴言と先走りが過ぎる早川先生(仮名)、
ご自身の影響度の高さを未だに見積もりミスってる小出先生(仮名)、
部外者にいいように利用されまくる児玉先生(仮名)の情報などは、ガッツリ見る事は無い。
「いままで、どうもありがとう!」とは言いたい。
「真実を見極める」から、「真実にするための運動」へとシフトしたジャーナリズムも酷いから斜め読みで済ます。
いまだ煽りがちの岩上氏(仮名)はまだ見渡そうとしている努力が見えて好感が持てるが、
やっぱり絶望的観測の元、あからさまに先走った上杉氏(仮名)や、
もう世界が終わらないと引っ込みがつかない木下氏(仮名)とか。
間違っちゃいけないのは、ジャーナリストの役割は正義の味方を気取ることじゃなく、
正しい情報を伝えること。
そして判断は国民自身に委ねないといけない。
この「正しい情報」を伝えるために、どれだけ先人たちが汗をかいてきたか。
ダブルチェックに命をかけてきたか。
田中優氏(仮名)とか、広瀬隆氏(仮名)、明石昇二郎氏(仮名)とかは、もうすでに使い古され
擦り切れてしまい、進化に行き詰まった古代魚のような佇まいともいえる。
ジャーナリズムは速度という重要な点においてインターネットに全敗してしまった。
少しでも収束するように頑張っているみんなが、何故だか「原子力ムラ」と一括りに悪役扱い。
「逃げる」って選択肢以外はNGですか?政府や企業を「責める」ってやらないと推進派ですか?
また某元俳優がどんなに私財を叩いて叫ぼうがが、某アーティストがそのリリックにのせて正論を吐こうが、
芸を糧にする人達は、その影響力を差っぴいてもパフォーマンス込みだと思って間違いない。
情熱は認めるが、彼らは「ファンを熱狂させるプロ」だという事は忘れてはだめだ。
しかし、某バズビー(仮名)や、某ガンダーセン氏(仮名)などの情報はあわせ見るが、とうぜん同じように
海外のメディアや、ニュースを同じ頻度であわせ見るから彼らの論述の違和感などは押して知るべしで、
某チェルノブイリのうんたらの某野呂さん(仮名)とあわせて、善意からくる「不安商法」と大差ないと
論じても構わないとそろそろ言う人達が出てきてもいいころだろう。
効くと思って「それ」を利用して、心身の安定を計れるのなら、それはそれでいいのだが、
あからさまに有害で、悪質にも関わらず、誰も損をしないために分からないなど許せるはずもない。
死ぬまで気がつかないのが、近年になって新興宗教が散々利用したセミナー形式の「不安商法」だ。
必死に、子供を守ろうとする母親の真摯な気持ちを「善意ベース」とはいえ利用するなどへドがでる。
「いやいや、放射能のほうが有害だろう!」
と、いわれるかもしれないが、実害が出始めている現在。
ここまで来たら、そのB層辺りのクラスタは同等クラスに有害だと思った方がいい。
ちなみに私は現在の線量及び、放射性物質の拡散を「安全」だと言ったことは一度もない。
あまたの「脱系」のNPOを含む非営利団体においても、責任者も、メール以外の連絡先も記されてないのに、
署名のためとはいえ個人情報を突っ込んだり、みんなのためとは言え募金の告知を疑いもしない。
あれだけ、政府や、マスゴミに騙され続けているというのにだ。
少なくとも私が学んできたネットリテラシーのなかには、そんなサイトに支援をするという胡乱な思考は無い。
そんなサイトに、ちょっとアーティストや、海外の偉そうな学者が出ているだけで信頼UPの大盛り上がりだ。
まるで、どこかの大物演歌歌手をフロントに据える某団体のように。
そんな急進的な方々が、あきらかに今年に入って一斉にテンパリ始めた。
子供のためだから無知な大人を断罪してきたり、暴言を正論だから良しとしてきた木下氏(仮名)や、
自分の命を守るためだから、東北の農家を殺人者呼ばわりする早川先生(仮名)顔負けだ。
知識人だから他人を侮辱できるとばかりに、その笠を着た劣化コピーのクローンの氾濫。
ガレキ受け入れについても、賛成派は「建設的で穏やか」、反対派は「過激」な意見という某紙の論評に
「原発もガレキも好きで反対してんじゃないのよ。立ち上がらないと政府に殺されるから必死なのよ。」と叫ぶ。
言いたい事はわかるが、そこに至る説明の矛盾と、短絡ととられるようなスピリチュアル発言。
何かにつけて「陰謀」や「利権」と叫ぶその先を、分かりやすく明示して純化してゆけばいいのに、
生きてたら調子良かったり悪かったりするのが当たり前で天候次第ですら左右されるのに。
旅を続けてきた事は明日の事なんてわからない。
だからこそ、昨日の自分を許して今の自分を支えるしかない。
明らかに方向性が破錠してきている三浦さん(仮名)が率いてる「ハートケアレスキュー」(仮名)。
気に食わない支援者へヤクザまがいの恫喝を繰り返す「オペレーションコドモタチ」(仮名)の主要メンバー。
母親へ恐怖を煽りまくり、宗教モドキのイベントを連発し、もう理性的でも、科学的でもないのに、
一周忌に「3月11日ははじけましょう!」などと平気で言い放つ「チェルノブイリのかけはし」(仮名)。
東京から福岡に疎開したフリをしてた疑惑のまま、情報を閉ざした募金・アフィ詐欺疑惑の「SAVE_CHILD」。
すっかりオルグされ、「Act Against AIDS」化してしまった「さようなら原発1000万人アクション」(仮名)。
いずれも震災直後において重要な情報を発信し続け、その時期においてはそれなりの精度をもって、
どこにも属さない第三の情報源としてネットなどで活躍していた有意義な団体だった。
それと、もう一ついえるのは放射能対策に特化して、肥え太った団体だといえる。
以前、そんな彼らと実際にお話する事があって、基礎的な震災対応のフローを説明しようとして、
「興味が無いし、もっと重要な事をうちらはやってますから。」と言われた事がある。
いくつかの悪徳避難コーディネーターの噂も絶えない団体には、近々捜査が入って行くのではあるが。
東電や、政府を擁護する気なんてまったくないが、これではどっちが被災者を食い物にしているか分からない。
集めた支援金ですら報告は収入のみで「支」の報告を公にしていない団体のなんと多いことだろう。
一年間巻張り続けた私の友人のお母さんたちもこの春に倒れる人が続出した。
体力的にも、精神的にも一年は限界ギリギリなのはわかるが、
少なくとも支援すべきそのような団体の一部の人は、彼女ら母親を追い詰めるような事しかしていない。
そんな中で、ある影響力のある疎開組の方のこんな発言を見かけた。
推進派はいい加減に嘘をつくのをやめてほしい。
反対派は本音で「危険だから廃止してほしい」と言っている。
私は、遠回りしても正しい道のりで、泣く人が一番少ない方向で脱原発を唱え続ける人間だが、
彼らにしてみれば「いまだに東北に留まる人」、「生活範囲を広げるための除染を行う人」、
「たまの息抜きに被災地で大々的にイベントを行う事」、「問題のある瓦礫と、問題の無い瓦礫があること」、
「復興がままならないと叫ぶ事」、「原発に変わる代替のエネルギーを論じる事」、
「ベクレルをシーベルトに換算する事」、「様々な病状を安易に被曝と関連付けない事」、
みんなみんな、私たちは「原発推進派」であり「工作員」なのだ。
そう本気で彼女らは思っているのだ。
こんな事から始めなきゃいけないのか。
目的はまったく同じの未来の明るい日本の子供たちのはずなのに。
後方支援として「疎開」や「線量チェック」「健康チェック」を促して、
最前線として「まだ住んでいる人たちのために除染」や「適正な数値の周知」「健康チェック」を行う。
いろんな環境にある命を、それぞれのスタンスを生かしながら守ろうとしているだけなのに、
自分のやっている事を理解しないのであれば、まったく別の敵対組織なのか、陰謀なのか?
お互いは共存できるはずなのに、なぜ私たちまで「推進派のデマ」扱いで牙をむくのか。
途中から介入してきた使い古されたイデオロギーのジジババたちの入れ知恵か?
まだ大きな余震がやまない昨今であるが、去年に比べれば復興とは言えぬまでも、
それぞれの被災地の環境は少しづつ改善されてきている。
それですら、デマや嘘として断じる一部の人たちの狂気は何処からくるものか。
ノストラダムスにのりそこねたカタストロフ信奉者の群れか。
改善していては駄目なのか?もっと破局的じゃなきゃ駄目か?
意味が分からない。
本当に意味が分からない。
まあ、いざとなったら私は海外に逃げるし、
どこの国でもひとりでやっていける自信があるから。
しかし、本当に意味が分からない。
だけど、子供を最大限に守ると掲げているなら
絶対に、他人を傷つけるような事をしては駄目だ。
それが、絶対的な敵だとしても。
自分の正義を貫くために戦うのであれば、大人たちの場所だけでやるべきだ。
大人が見せなくてはならない姿はそんなものじゃない。
毎年参加していた「チベットのピースマーチ」には今年はいかなかった。
今年は僧侶の焼身自殺についてメインで掲げたものになる事は分かっていたから。
自分の命を賭して主張を続けるチベッタンたちの「背景」も「歴史」も「心情」も十分に知っている。
だからこそ、その「命」を使った抗議について、中国共産党を責める事は私の中ではすでに「ピース」ではない。
もし、その主張を行うのであればそれはチベッタンだけが許されると思っている。
支援はしているが、部外者の私はそこに賛同はできないし、資格もない。
同じように巨悪を倒すためにチェルノブイリの障害者の写真を使う事にも嫌悪する。
あの時期の、中欧、東欧を旅してて、その国の背景や、実際の姿を知っているから。
目を覚ませ!なんて傲慢な事を言うつもりはないが、たまには夕日でも見ながら深呼吸を。
家も、家族もなくした人たちそっちのけで、津波もきていないのに右往左往する無学な大人たち。
そんなに心配なら、ちゃんとマスクしなよ、手をあらいなよ、外食控えなよ。
こんな事だから、ごく少数の推進派から大飯原発再稼働なんてありえない話を
ゴリ押ししても組み伏せるって見透かされてんだよ。