新古典派 Neoclassicism
18世紀半ば〜19世紀初頭に、フランスを起点とし、ヨーロッパで主流となった美術運動および様式。
ギリシャ・ローマの古典古代の美術様式への回帰を目指した。
フランス革命後、主情的なバロックおよび貴族的なロココに対する反動から。社会的背景に、アメリカ独立戦争、フランス革命により主要となった、古代思想の再評価がある。
古代ギリシャ・ローマの様式を規範とする、簡素で厳格な、理知的で非主情的なフォルム、端正で壮大な形式が特徴。また、完成された滑らかな仕上げを好んだ。
考古学的な正確さに関心を持ち、古代のモティーフを多用した。
19世紀、アカデミズム芸術の基本原理として長く継承されるが、次第に変容し、形骸化した。壮大な形式をそのままに、歴史的事件などの具体的な情報を伝達し、観者を鼓舞しようとして、威圧的雰囲気や躍動感が強調され、古典古代様式に特有の端正な簡潔性が失われたため。
遠い古代や異国に対する憧憬は、ロマン派に影響を与えた。
代表的な画家は、メングス、ダヴィッド、アングルなど。
※ 以上は、美術史の書籍やサイトの解説から、チマルトフが自分用にメモしておいたものを、まとめたものです。
ヴィクトリアン主義 Victorian Classicism
19世紀半ば〜後半の、古代ギリシャ・ローマを主題とした歴史画の、イギリス様式の総称。地中海地方の古代廃墟や異国文化に対する関心を背景に、神話的・歴史的主題を、新古典派的に厳格に、かつ東洋趣味を織り交ぜながらロマンティックに描いた。主題自体は、ラファエル前派と共鳴するものがある。
A.E.フラゴナール「エル・シドの遺骨を墓に戻すヴィヴァン・ドゥノン」
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アレクサンドル=エヴァリスト・フラゴナール(Alexandre-Evariste Fragonard)はフラゴナールの子で画家。フラゴナールの妻も画家なので、彼らは画家一家。解説によると、ドゥノンは外交官としてナポレオンに仕えた画家で、ルーブル美術館の初代館長に就任、サロンを組織し、若手画家の育成(A.E.フラゴナールを含めて)にも努めた人物。偉人の骨やら歯やら髭やらの収集が趣味だったらしい。エル・シドはスペインの英雄。
フランス、サン・カンタン、アントワーヌ・レキュイエ美術館(Musee Antoine-Lecuyer)。
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G.C.マックス「ライオンの花嫁」
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マックスは正統的なアカデミー絵画にて成功し、アカデミーでの地位も得ている一方、ロマンチックな挿絵で世間的な大衆の人気も得ている。これも何かの物語の挿絵。こういう成功した画家は成功した画家で、その成功を強みに、好きな絵を描く感がある。ところで、森鴎外と親しかった洋画家、原田直次郎は、ドイツでマックスに師事している。
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G.C.マックス「十字架上の殉教者」
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現にある世界のありのままの反映、あるいはその印象を描こうとする流れと同時期に、想像や内面の世界、精神や感情の表出を描こうとする流れが現われるのは、面白い。眼に見えるものも、見えないものも、美しいものを美しいと感じる美意識がある以上、眼に見えない、言葉にできない、何か不可解な、神秘的なものへの憧憬が、絵に描かれるのは、ある意味当然のことかも知れない。
サンクトペテルブルク、エルミタージュ美術館。
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G.C.マックス「猿の審判」
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ガブリエル・コルネリウス・フォン・マックス(前掲)はチェコの画家。彼の描く女性像は実に優雅で美しいのだが、人間、何かしら珍奇なものに興味が向くらしい。ダーウィン進化論に関心を持っていた彼は、こういう暗喩めいた、お猿の絵をいくつも描いている。
ミュンヘン、ノイエ・ピナコテーク。
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アビルガルド「ピロクテテス」
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ニコライ・アビルガルド(Nicolai Abildgaard)はデンマークの画家。新古典派の画家らしく、歴史や神話、伝説を題材にした絵が多い。が、アカデミーで学んだ後にローマを訪れ、そこでフュースリと知り合ったという彼の作風は、どこかいびつにロマンチック。ピロクテテスというのはトロイア戦争の際、ヘラクレスの弓を持参して参戦した英雄。途中立ち寄った島で毒蛇に噛まれ、昏睡するやら悪臭を放つやらで、とうとう戦友たちに置き去りにされた、可哀相な奴。ちなみにピロクテテスは、踵を射てアキレウスを殺したパリスを、この弓で仕留めた。
コペンハーゲン国立美術館(多分)。
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