スロヴェニアにしがみつ記

リュブリャナ在住15年ガイド千夏。やっぱり好きなんだよね、スロヴェニア。

巨匠を惜しむ

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(写真: Delo)
今日は先日亡くなったポルカの巨匠スラウコ・アウセニック氏の葬儀がありました。
国への大きな功労があったことから、国葬になりました。
この国葬には、スロヴェニア軍の衛兵の参加も。
葬儀の告知は昨日からメディアで流れていて、多くの人が葬儀に来ると予想されていました。
でも、今週は猛暑。
あづいんでずよ〜〜。(汗)
今日の天気予報も37度。
だからでしょうか、予想したよりも参列者は少なかったようです。
交通規制も敷かれ、臨時駐車場も用意され、葬儀は国営と民放の両局で生中継されました。
炎天下より涼しい家の中で、テレビを見てた方が正解!

私も、軽快な彼の曲が好きです。
だから生中継を最初から最後まで見てしました。
国葬って、何やるんだ?
おそらくこれまであった国葬は、2008年のスロヴェニア第2代の大統領ドゥルノウシェク氏の葬儀以来で2回目なのでは?
ドゥルノウシェク氏の葬儀は、生中継もされていなかったので、やはりアウセニック氏の功績の大きさと人気の高さがわかります。
我が家よりちょっと涼しいお姑さんのお家へ行って、ダンナ君とお姑さんと3人で食い入ってみてしまいました。
お姑さんが言いました。
「こんなお葬式見るの、チトー以来よ。」
そうか、チトーに匹敵してしまうのか・・・

彼の生家でもあるレストランから、町の教会への出棺から始まり、教会のミサ、式典、そして墓地で棺が墓穴に納められるまでが中継されました。
棺は国旗で覆われ、衛兵に運ばれていました。
スロヴェニア大統領を始めとする弔辞もあったり、合間には彼の生み出した曲が、孫が引き継いだポルカ・バンドによって演奏されたり。

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(写真:Marko Feist)
一般の参列者の中には、ミュージシャンも多くいました。
みんなアウセニック氏が生まれたのゴレンスカ地方(ブレッド近郊)の民族衣装を着て。
そういえば、気づいてみたら、どのポルカバンドが着ている衣装も、アウセニック氏がステージで着てたのと同じじゃん!
そうか、ポルカバンドの舞台衣装=アウセニックの舞台衣装なのか!!

こんなに悲しくないお葬式って、初めてです。
悲しくないって言ったら、ちょっと語弊がありますが、拍手で「素晴らしい人でしたね。」って送り出してあげたい気分でした。
ちょうど6年前の今日7月7日は、マイケル・ジャクソンのお葬式をテレビで見てました。
やっぱり暑〜い日で、昼間からビール飲みながら、日差しが入らないように部屋を薄暗くして見てた覚えが。
カメラに映し出された、涙するマイケルの娘に、オイオイもらい泣きしてました。
彼が86歳という高齢で、すでに人生でギネスブックに載ったこともあるくらい成功して、みんなに愛されていたからでしょうか。
それに、彼の死が悲劇的なものでなかったこともあるからでしょうか。
彼は亡くなってしまったけれど、彼が残していった曲は、いつまでもスロヴェニア人の心に残っているでしょう。
「スロヴェニアには2つ国歌がある。国歌と彼の曲『Na Golici』だ。」って。

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ポルカの巨匠 逝く

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スロヴェニアの民族音楽というと、ポルカです。
民族衣装を着て、軽快なリズムで、つい踊りだしたくなってしまう。
何かのお祭りごとになると、必ずと言っていいほどアコーディオンが登場して演奏されてます。
そんなスロヴェニアのポルカの巨匠と呼ばれたのが、スラウコ・アウセニック氏。
お兄さんのヴィルコ氏と一緒にポルカバンドを組んで、大活躍した人物です。

1000曲以上を作曲し、スロヴェニアのポルカというと、やはり彼の曲ばかり。
なんと、代表曲Na Golici(ナ・ゴリツィ)は、世界最多再生回数を誇る楽曲(詩なし)なのです!!
たぶん、スロヴェニア人が国歌よりも多く耳にしていて、国歌と同じくらい愛する曲だと思います。
以前、アイスホッケーの日本vsスロヴェニア戦を観戦に行った際、スロヴェニアチームがゴールを決めるごとにこの曲がかかり、そして試合終了後の国歌斉唱の際にも、間違ってこの曲がかかってしまったなんて言うこともありました。
ホントのスロヴェニア人だったら、最高峰のトリグラウ山に登って、お酒が飲めて、ポルカの中でも特にこの曲が踊れなきゃ!
それだけみんなの間に根付いている曲なんです。

ちなみに日本で活躍されているポルカバンド『エーデルワイス・カペレ』さんも、彼の曲をたくさん演奏してます。
ドイツレストランで演奏されたりするので、ドイツの曲だと思っている人ばかりですが・・・(苦笑)
スロヴェニアの曲ですよっっ!!!

そんな彼が、7月2日に86歳で亡くなりました。
スロヴェニア中が驚きと悲しみにくれています。
偉大な人が逝ってしまった・・・と。
7月7日の葬儀は、一般の人も参加が許可され、スロヴェニア始まって以来の最大の葬儀になりそうです。
彼はそれに値する人物でしょう。
安らかにお眠りください。

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『遠慮の塊』

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また結婚式の話ですが・・・(苦笑)
式が終わってから、山の上のレストランに移動すると、テラスでウェルカムドリンクと一緒に、新鮮なフルーツがふるまわれました。
籠の中に入っていたのは、イチゴとアプリコット。
どちらもあま〜くて美味しかったです。

私は新郎の叔父の嫁で、しかも子連れ、さらに非スロヴェニア人だということもあって、レストランの中には最後の方で入ろうと思っていました。
一応、遠慮してます。(笑)
ふと籠を覗くと、やっぱり籠は空じゃなかった。
そう、スロヴェニア人の間にも『遠慮の塊』の文化があるんです!!!
スロヴェニア人も変な所で気を遣うというか、やっぱり最後の1個は残るんです。

でも私は、その『遠慮の塊』をさらっていくことが多いかな。
日本人の間では一目を気にして、『遠慮の塊』を残すことが多いけど、ここスロヴェニアまで来てそんなことしなくても・・・
美味しいものはたくさん食べた〜いっ!
美味しいものは食べられる時に食べた〜いっ!!
だから、食べていいか一応断って、最後の1個をいただきます♪
「最後の1個、食べたなぁ〜!」
って言われても、食べない方が悪いじゃない?
そんな風に言われても、最後の1個を食べたことなんて、どうせすぐに忘れられるでしょ。
だから、『遠慮の塊』食べましょ!

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ギョーザ?

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土曜日の結婚式のメインはお肉料理でした。
相変わらずのすごいボリュームでした。
いろんなお肉の盛り合わせ。
フライドチキン、ターキーのカツレツ、ローストポークに、ローストビーフ。
それに付け合わせとして、温野菜、スロヴェニア風ポテトソテー、そばの実のリゾット、そしてこれ、ギョーザ?
これまで、餃子に似た食べ物はスロヴェニアで何度か見てきましたが、ここまで似ているのは初めて。
大きさは日本で食べる餃子の3倍程はありました。(笑)

上にかかっているのは、バターで焦がしたパン粉。
日本のパン粉より、こちらのパン粉は細かいのです。
スロヴェニアでは、よくクネデル(小麦粉で作ってゆでた団子)みたいなデザートに、砂糖と一緒にかかっていたりします。
これが、歯ごたえチャリチャリで、おいしいの♪

肝心な中身は。
マッシュポテトとパセリ。
な〜んだ、お肉じゃないのか〜・・・。
向かい側に座っていた義理のお兄さんも、
「う〜ん、何かが足りない・・・。肉だ、肉だっ!それかチーズだな!!」
確かにこれにお肉が入ってたら、付け合わせにはならないけど、ここまで形が餃子なんだから、お肉に入っててもらいたかった。(涙)
レストランのオーナーさんに頼んで、次はひき肉を入れてもらうぞっ!!

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3週連続結婚式 第2週目

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スロヴェニアでは、結婚式は土曜日に行われます。
スロヴェニアで人の結婚式に呼ばれたのは、10年前のたった1回だけ。
自分でも結構以外なんですが・・・ 
みんな、一緒に住んでて、子供もいたりするけど、籍をいれないんです。

先週から結婚式3連チャン。
こんなに結婚式続きの年ってないから、ちょっと戸惑ってます。
10年前に呼ばれた時は、日本人妻&スロヴェニア人夫の式で、とてもシンプルでした。
リュブリャナ城での式の後は、彼らが住んでいる家の庭の芝生で、ラフなガーデンパーティー。
だから、いわゆる『スロヴェニアの結婚式』っていうのを見たことがないんです。

先週の結婚式は、ダンナ君の親友の息子の結婚式。
カメラマンのダンナ君は、式の写真を撮りに行きましたが、私は子供達とお留守番。
式の後のディナーには参加しましたが、家族と近い親戚だけが集まった、アットホームなディナーでした。

そして今週の結婚式は、ダンナ君の甥っ子の結婚式。
ダンナ君には、甥っ子と姪っ子が一人ずついるけど、甥っ子君は彼のことを小さいときからしたってるんだそう。
プレゼントとしては、カードにメッセージを添えてご祝儀を包みました。
式が行われたのは、シュコフィヤ・ロカという中世風な町の、市庁舎。
2階のホールに行くエレベーターはなく、私は子供達とまた蚊帳の外。(涙)
仕方ないです。
式が終わってからは、少し離れた山の上のレストランでランチ。
30人ほどが集まって、やっぱりアットホームな感じで。

席には、新婦のお父さんとお母さんが用意した、小さいボトルに入ったハニーリキュールとチョコレートが、可愛らしい籠に入れられてラッピングされてました。
そして帰り際には、新郎の家族(つまりダンナ君のお姉さん家族)が用意したクッキーの詰め合わせが配られました。
2段重ねのウェディングケーキも、ケーキ屋さんから新郎新婦と姪っ子の三人で、車に乗せて、山の上のレストランまでクネクネの山道を運んだんだそう。
そしてケーキの上に載っていたこの人形も、お店で買ってきた真っ白だった人形に、新郎が自分で色を塗ったんだって。
新婦のドレスと同じ色で、ブーケと同じ色で。
そんな彼の姿を想像したら、余計に二人に幸せを願う気持ちが強くなりました。
手作り感いっぱいの素敵な式でした。
ふたりに幸あれ!!

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スロヴェニア 24歳になりました

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今日はスロヴェニアの独立記念日ということで祝日。
24年前の今日、ユーゴスラビアからの独立が採択されました。
昨日は、国の独立記念式典が開かれ、今日も各地でいろんな式典が開かれているようです。
毎年、この日になると、24年前の映像やドキュメンタリー番組が放映されます。
独立宣言の後、スロヴェニアが経験した10日間戦争の様子も。
独立宣言したスロヴェニアに対して、ユーゴ軍の司令官が挑発的な発言をしたり、ユーゴ軍の戦車が国境地帯を攻めて来たり、スロヴェニア人はトラックやバスでバリケードを作ったり。
毎年同じ映像だけど、毎年スロヴェニア人達は24年前を思い出して見ています。
そして、これは彼らにとって、とても誇りなのです。
世界で4番目に大きな軍隊を、こんな小さな国が追い返したのだから。
すごいね!!
(ちなみに上位3つは、アメリカ軍、ロシア軍、中国軍)

今日はダンナ君の仕事につき合って、国会前の共和国広場へ。
ダンナ君は、ある国会議員の写真を撮ってました。
その間私は、長男と遊びながら、誰もいない祝日の夕方の広場を見渡してました。
24年前、この広場で多くのスロヴェニア人が、新しい国旗が掲げられるのを見守ったのか・・・
新しい国への希望を胸に、きっと目を輝かせて、国旗を眺めたことでしょう。
想像するだけで、じ〜んときます。

国が独立して24年。
同時にこれは、資本主義が導入されて24年なのです。
資本主義について行けずに、困っている人がたくさんいます。
資本主義の中で、24年前の気持ちを忘れて、他人の気持ちやお金を悪用して私腹だけを肥やしている人たちもいます。
資本主義なのに、昔の体制がまだ部分的に生きていて、歪みもあったりしています。
たった24年で理想的な国づくりをするのって、やっぱり難しいようです。
でも、いつになっても、スロヴェニア人には「初心忘るべからず」でいてもらいたいです。
あの24年前の気持ちを。

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ミツバチバスターズ

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先週末、2歳の長男をお姑さんに預けて、次男を連れて買い物に行こうとした時。
自宅のある集合住宅の裏口から建物をでると、ブ〜ン、ブ〜ン、ブ〜ン、ブ〜ン・・・
ひっきりなしに虫が飛ぶ音が聞こえてきました。
「アシナガバチだっ!」とダンナ君が言いました。
上を見上げてみると、無数の蜂がいました。
アシナガバチではなかったけど、普通のミツバチみたいなのが。
その数はものすごい数で、とりあえず乳児の次男がさされたりしないように、駐車場の車までダッシュしました。

買い物を済ませて、今度は集合住宅の表口から建物へ入ろうとすると、またブンブン、ブンブン。
家の前の公園にいたおばちゃんのひとりが教えてくれました。
「あっち、見てごらん。すごい蜂よ。」
上を見上げると蜂がくっついた何かが、木からぶら下がっていました。
ひょえぇぇ〜〜〜!!!!
すごいなぁぁ〜〜〜!!!!
そしてその下には、『ミツバチバスターズ』(←勝手に私が命名。笑)らしきお兄さんが、虫取り網と、白い防護服みたいなののそばにいました。
「これからがアクションさっ!」
彼は得意げに言いました。
どうやって駆除するのか、興味津々だけど、蜂にはさされたくない・・・
渋々、次男坊を連れて3階の自宅へ帰り、自宅の窓越しに観察することにしました。

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晩ご飯の支度をしながら、チラチラと窓の外を観察。
ミツバチバスターズのお兄さんは、白いバケツのようなものを地面に置きました。
そしたら何がそのバケツに塗られているのか、バケツはあっという間に蜂が寄りついて真っ黒に。
そうするとお兄さんは、バケツのすぐそばでお香のようなもの(たぶん殺虫剤?)を炊き始めました。
すると彼の所へ、同僚らしい人が缶ビールを持ってきて、二人で飲み始めました。
ええぇえぇ???
「何がアクションだよっ!! これじゃ、すぐに変化はなさそうね・・・」
しばらく見ていたけど、二人の飲んでるビールばかりが進むだけだったので、私たちも晩ご飯を食べ始めることにしました。

晩ご飯が終わって、窓の外を覗いてみたら、あれっっ???
バケツがない・・・
バスターズもいない・・・
さっさと蜂の大群を退治して、彼らも家に帰ってしまったようでした。
はぁぁ〜。
いい写真を撮ろうと意気込んでたのに、まんまと空振りました。(苦笑)
せめて防護服のお兄さんは撮りたかったなぁ〜。

嘆いても、後の祭り。
まぁ、蜂は退治されたので、一件落着です♪

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ライバッハ平壌公演決定

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夜のニュースを見ていたら、番組最後にアナウンサーがこう締めくくりました。
「北朝鮮で初めてコンサートを行うスロヴェニアのバンドはどれか想像がつきますか? ライバッハです。」
ライバッハ(Laibach)は、リュブリャナのドイツ語名ですが、それよりもスロヴェニアでライバッハと言ったらこのバンド。
北朝鮮の日本侵略からの解放70周年記念行事の一環で、文化芸術のミーティングであるDMZアカデミーの枠内での公演らしいです。

私は『ゲージュツ』が理解できない人間なので、このライバッハとは疎遠なのだけれど、ダンナ君は結構好きみたい。
音楽のジャンルは、インダストリアルとかアヴァンギャルドらしいんだけど、そういう音楽自体も私は聞かないからちんぷんかんぷん。
調べてみたら、『君が代』もカバーしてました。

この写真からも分かるように、ナチス・ドイツを思わせるような制服や曲風が特徴だったりするらしいけど、それはパロディ。
実際にユーゴスラビア軍の軍服も使用してたりするんだって。
もしかして、この制服姿に金正恩が惚れた?
そう考えると、平壌に招かれる理由がなんとなくわかるような・・・

だけど皮肉なことに、このライバッハの活動は、ユーゴスラビア時代に共産主義やそのやり方をおちょくったわけで、ユーゴ崩壊につながる動きに少なからず影響。
だからスロヴェニア人たちは、このライバッハの平壌公演にものすご〜い興味があるんです。
きっと金正恩はそれを知らずに、ライバッハを招待しちゃってるんじゃないかって。
これで北朝鮮の金正恩体制が崩壊しちゃったりしたら、「ライバッハが崩壊させた」って、きっとスロヴェニア人は有頂天になるでしょうね。

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ちなみにこれは、平壌公演のオフィシャルポスター。
ステキ〜♪
うまく北朝鮮風味もついてます。

彼らの音楽は、新スロヴェニア芸術(略してNSK)なんだそう。
NSKの構成要素は4つあって、音楽、思想、演劇、写真で、そのうちの音楽の代表がライバッハ。
ニューヨークのMoMAにもNSKの展示があるんです。
ダンナ君がニューヨーク旅行で一番見たかったらしくて、見に行きましたけど。(笑)

NSKには独自通貨もあったり、パスポートもあったり。
ちなみにパスポートはMoMAで発行してくれるそう。
NSKのパスポートは、ホントにどこかの国のパスポートみたいに作られていて、過去にはボスニア人がNSKのパスポートでスロヴェニアまで入国できちゃったという例もあるんだとさ。
なんだかいい大人がやりたい放題おふざけしてるって感じですが、これが『ゲージュツ』なんでしょう。

ライバッハの平壌公演は8月19・20日。
行ってみる? (笑)

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どこでも泳ぐの技

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土曜日の朝。
「今日何する?どこか行く?」
いい天気なのに、どこにも行かずに一日棒に振ってしまうのはもったいない。
しかも、0歳児と2歳児の二人と一日中家に籠っているのは、結構キツい。
考えた末に、ダンナ君の友達のカタリーナのところへ遊びに行くことに。
突然電話したけれど、即OK。

彼女は、スロヴェニアの南部ノヴォ・メストに住んでいます。
ノヴォ・メストは行ったことあるけど、旧市街へは入ったことない。
ということで、職業柄、行かなければという義務感もありました。
だけどこの日、彼女は、ワインで知られるセミッチという小さな町のウィークエンドハウスに。
今は50歳前後の彼女が幼少期を過ごしたウィークエンドハウスは、住みやすいように改築されて、池つきの庭も手入れされ、のんびりとイスに深く腰掛けて、ビールを飲みながら話を楽しむには絶好!!
ランチのリゾットをごちそうになった後、彼女の口から出た言葉は、
「泳ぎに行こう! 水着持ってる?」

どこでも泳いじゃう。
スロヴェニア人の得意技です。(笑)
海でも、川でも、湖でも、貯水池でも。
どこか遊びに行くときは、なぜかみんな水着持ってます。
車の中にいつも水着置いてる人もいます。
(↑って、この人、水着洗って乾かしてんの? まさか、濡れたまま放置?)
水着を持っていないと、みんなが泳いでいるのを指をくわえて見るだけです。

この日はコルパ川沿いのキャンプ場で。
川の右岸はスロヴェニア領、左岸はクロアチア領。
こんな国境地帯みたいなところで泳いじゃってること自体が、島国育ちの日本人にはとっても不思議です。
泳いだら、密入国できちゃうのか・・・

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CM撮影に行ってきました

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先週、ダンナのフェースブックに知らない人からメッセージが入ってました。
『チナツ・ナカジマを探してます。』
彼が返信すると、すぐにCM撮影用に日本人のママと2歳くらいの子供を探してるんだという内容の返事が。
そこにあった電話番号に電話すると、スロヴェニアの寝具メーカーのCM用に、どうやら本気で探していたらしく、頼み込まれてしまいました。
ママが子供を寝かしつけるという設定で。
どうせ暇だし、ギャラもそんなに悪くないし・・・
というわけで、快諾。

今日がその撮影の日でした。
ユーゴスラビア時代の工場らしい建物がスタジオ。
セットは障子っぽい壁に囲まれて、中には嫌らしいほどに盆栽も。
私には着物を思わせるようなサテン地のナイトガウンが用意されてました。
やっぱり、想像通り。
こうなるだろうと思ってました。(←嫌気)

そして怖かったのがメイク。
何度かこちらのメイクさんにしてもらったことがあるけど、毎回同じ。
ドギツイ、絶対に日本人の平坦な顔には合わないメイクをされるのです。
だから今日は釘を刺すつもりで、
「アイライナーをいれるなら、上だけにしてください。」
「大丈夫よ。夜寝るっていうシーンだから、ナチュラルメイクにしなきゃなのよ。」
どこを見回しても鏡がないスタジオだったので、その言葉を信じてました。

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撮影前には、長男はジュースやお菓子がもらえたりして超ご機嫌。
わたしのメイクもお手伝いしてくれました。
ところが、いよいよ撮影が始まってみたら、即ぐずり。
「おうち〜〜(涙)、おうち〜〜(涙)」
こうなることも最初から分かりきってました。
そこら中走り回りたい2歳児に、演技なんてできる訳ないでしょ。
撮影チームもすぐにあきらめモード。
頭をかかえるキャスティング担当のお姉さんに、一緒に来てくれたダンナが言いました。
「小さい方でやる?」
来週3ヶ月になる次男も連れてきてたんです。
結局、次男がCMデビューを果たすことになりました。(笑)

撮影も無事予定時間内に終わり、みんなに別れを告げて、車に乗り込むと途端に、無意識にミラーを覗いてしまいました。
やだ〜〜〜、すご〜〜い顔ぉぉ〜〜!!!
あのメイクのお姉さんに、してやられたっ!(怒)
確かに眉いじってたけど、こんなに眉がごっつく太くなっちゃって、これじゃ笑った時に、眉の方が目より太いじゃん。
まぶたもいじられてたけど、目尻上に紫のシャドーをポイントで入れられてて、これじゃ80年代の欧米の歌手だよ。
魔女みたい・・・ 
どこがナチュラルメイクじゃいっ!!!

撮影は終わっちゃったし、嘆いてみても後の祭り。
ポスター用の写真も撮られちゃったのに・・・
あぁぁ、あぁぁ〜〜。
もう、しょうがない。
CM見たら、笑ってください。(苦笑)

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