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ブログ始めました!
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くろ(くーちゃん)
私の育った家は、みんな動物好きでいつでも犬や猫がいた。
だけど、名前はひどく簡単。「くろ」「ミケ」「たま」といった調子だ。
何故かキジトラが多く、他の子に変わっても「チョンコ」だったなァ・・・。
その中で特に忘れられないのが、この「くーちゃん」だ。
昭和30年前半の写真だと思う。私が生まれた時には、既に6才で、
小学4年の時まで、16年間生きてくれた。
当時としては長生きだと思うが、別れを受け入れるのに長いことかかった。
私と猫との暮らしの出発点でもある。

家族は祖父母を始め、叔父、叔母に至るまで、みんな人と話するように、普通に動物に話かける。いや、もう少し甘ったるく、赤ちゃん語みたいになったりしているが(笑)、それは今も続いている。
友人に笑われるまで、それが普通だと思っていた。
人格同様、猫格、犬格があるような調子で、それぞれの意思を大切にしていた。だから、私が毎晩くーちゃんと寝ようと抱いて行くと「くーちゃん、ご苦労さんだね。寝かしつけたら、またおいで。」なんて言っていたものだ。

仏壇の祖母の母の写真は、猫を膝に抱いたものが飾られていたし、祖父は喘息だったにも拘わらず、猫をいつも懐に抱いて歩いていたから、
「DNA」の中になにかあるのでは・・・?と思ってしまう。

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お引越しのお知らせ!

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この「ばあやの日記」は今日(2006.4.11)で↓のURLに、お引越しします。

http://cat.pelogoo.com/chirobee222/

こちらのジオログの方は「旧ばあやの日記」として、このまま残すことにしました。(横着なものですから・・。)

「思い出の中の猫たち」について書いてみて、改めて、共に生きることの歓びと重さを実感しています。

かけがえのないこの時を、ほんとうに偶然の出会いで共に暮らす。そして、まあ不慮の事故や突然の病にでも倒れない限り、その寿命の長さの定めにより、私が見送ることになる。
生き物である以上、死は避けては通れぬ道だ。
だから、自分より寿命の短い生き物と暮らすことは、覚悟のいることだと常々思う。
そう思ってはいても、いざ、その時を迎えると全くだらしの無い私になってしまうのだが・・・。

だからこそ、後悔の無いようにしたいと思うのだ。毎日、満ち足りて暮らせているだろうかと・・。
奇跡とも言える出会いで、この愛すべき生き物たちと、共に生きることができた。
人間と比べると余りに短い生涯を、存分に愉快で、温かで、安心して過ごさせてやりたいものだと心から思う。

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マーブル

名前の由来は、お腹の渦巻いたマーブル模様だ。ひょんな縁で家の子になった。
そのころ、家の周りにいた野良さんの子を3匹保護した。そのうち里子に出した「渦潮丸」がいなくなったとの連絡があり、貼り紙等で探していた。
「保護しているので見に来て下さい」と連絡頂き、伺ったところ色の違う大人の猫だった。当時のポスターはモノクロで、探していた子はアメショーのブラウンクラシックタビー同様の柄だったし、子猫だ。
だが、そこのお宅もたくさん保護していて、ケージに入れっぱなしだと言うので引き取って来てしまった。
ユニークな性格の子だった。物怖じせず、おおらかで愛嬌があり、可愛かった。獣医さんに連れて行くと推定3才、1982年のことだ。
肩が脱臼したままで固まっていて、スリコギなど持つと怯えて逃げ出すので、棒のような物で打たれたのかも知れない。
だから、マーチャンの前では棒などを持たないよう気をつけていた。
海苔とシャケが好物だった。

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(2)の続き

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結局、マーブルは我が家のご長寿記録となった。保護した時の獣医さんの見立ての3〜4才が間違いなければ、2001年まで22〜3年生きてくれたことになる。
逸話はたくさんある。当時、家はいつも、あっちもこっちも開けっ放しで子供達も猫達も好きに出入りしていた。今思うと、随分平和な時代だった。

私は車で通勤していたので、通りの角まで塀伝いに、毎日出迎えてくれた。
塀の上から車の屋根に飛び乗って、20メートル位の距離を、屋根の上の飾りのように座って家まで帰る姿は、ご近所でも名物でした。

戸でもドアでも、鍵さえかかっていなければ開けることが出来、冷蔵庫のドアもその大きな身体の体重をかけて、開けてしまうのには弱ってしまったものだ。
みんな、マーチャンのように、ゆったりのんびり長生きしてもらいたいものだと心から願う。

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パリオンとハラジロ

写真では両方共、黒猫に見えるかも知れない。
小柄な方は、ハラジロ=腹白で、ちょうどビキニでも着ているように、胸とお腹に白い毛があった。「これは、もうしょうがないねェ〜」と獣医さんに言われた慢性の病気があり、長くは生きられなかったが、誰とも争わない、優しくおとなしい、甘ったれさんだった。
パリオンの方は、長女が小学生になって拾った最初の子だったと思う。
それ以前も、背中一面やけどの子を保護したりしていたが、自分で仔猫を拾ってきて名前を付け、育てた第1号のように記憶している。
こちらは、混じり毛無しの黒猫の男の子。
黒猫さんとのご縁は薄く、私が生まれた時に家にいたクーチャンと、このパリオン君、今のところ、この2匹だけである。そう言えば、名前の由来もまだ聞いていなかった。今度、教えてもらおう・・・。

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