救いの珠
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救いの珠、塩盈珠と塩乾珠のいわれ、古事記を読む
先ずお断りしておきたいのは、以下は全く個人的な理解です。
古事記や日本書紀は神話とされ、現在では意味の無いものとされることが多くなっているようです。古事記に残された物語は、恐らくその時代に残されていた逸話を、有る目的のために編集したものではないかと考え、神話ではなく古い時代の人々の歴史の痕跡であろうと思います。
また神々の名前表記は【古訓古事記 田井嘉藤次著 大同館藏版 昭和七年刊】に従って記しました。
古事記の上巻は神代について述べられています、大きく分けると、国生みと天孫降臨の神話です。
天孫降臨のお話はご存知の方が多いと思います。
天照大神の詔にて、幾人かの天津神(アマツカミ)が天下り、度々に国津神(クニツカミ)・大国主命(オオクニヌシノミコト)に国譲りを迫りました。大国主命は終には神殿を作ることを条件に天津神に支配権を譲ることになりました。
国譲りをうけて、正勝吾勝勝速日 天忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤヒ アマノオシホミミノミコト )の申し出により、邇邇藝命(ニニギノミコト)を天津国より降すことになりました。
邇邇藝命とは天忍穂耳命と萬幡 豊秋津師比賣命(ヨロズハタ トヨアキツシヒメノミコト)の間に生まれた二柱神、兄を天火明命(アメノホアカリノミコト)といい、その弟である日子番能 邇邇藝命(ヒコホノ ニニギノミコト)です。
邇邇藝命は天照大神より授った八尺勾璁(八尺瓊勾玉・ヤサカニノマガタマ)・鏡(八咫鏡・ヤタノカガミ)・草那藝剣(クサナギノツルギ、天叢雲剣・アメノムラクモノツルギ)の三種神器を携え、神々を従えて筑紫の日向の高千穂に降り立ち、この地一帯を平定しました。これが我国の創世とされています。
邇邇藝命は大山津見神の子、神阿多津比賣「亦の名を木花之佐久夜比賣・コノハナサクヤヒメ」と見合いし、三柱の神が生まれました。
火照命(ホテリノミコト)「亦の名を海佐知毘古」、火須勢理命(ホスセリノミコト)、火遠理命(ホオリノミコト)「亦の名を山佐知毘古、天津日高 日子穂穂手見命」(アマツヒタカ ヒコホホデミノミコト)です。
火照命・海幸彦(兄)と火遠理命・山幸彦(弟)の神話はご存知の方・・・50歳代以上でしょうか・・・も多いと思います。その経緯を大まかに記します。
山々で獣を獲る山幸彦と海で魚を採る海幸彦がいました。
ある日、山幸は海幸に、お互いの道具を交換することを何度も相談し、やっと実現します。山幸は海に釣りに出かけましたが、上手くいかなかったばかりか海幸が大切にしていた釣針を魚に盗られてしまいました。兄は怒り、釣針を返せと迫ります、弟は剣を割って沢山の釣針を造って渡しますが、一つとして満足させるものも無く、兄は「あの釣針を返せ」と迫りました。山幸が途方にくれて、海を眺めていますと、塩椎神(シオツチノカミ・潮流の神)が声をかけてくれます。
塩椎神の勧めに従って、綿津見(海神)の宮殿につき、綿津見大神の娘である、豊玉姫と結ばれ、3年ほどの間をこの宮で楽しく過ごします。ある日、失った釣針のことを思い悩んでいました。悩みの故を聞いた綿津見大神は全ての魚に探索を命じ、釣針が掛かって困っていた鯛を探し出し、その釣針を山幸に返します。釣針を得た山幸は陸に帰ることになりますが、その時に豊玉姫は妊娠していることを打ち明けました。帰るに際して綿津見大神は攻める時に使う塩盈珠(シオミツタマ)と救う時に使う塩乾珠(シオヒルタマ)を授けました。
臨月になり豊玉姫は陸に上がり、山幸彦を訪れ、産屋にて出産しますが、その姿を夫に見られたことを恥ずかしく思い、子を委ねて海へ帰りました。しかし豊玉姫は山幸のことが忘れられず、子供のことも気になり、妹である玉依姫を遣わします。
このときに、豊玉姫が詠まれた歌
【赤玉は 緒さえ光れど 白玉の 君が装いし 貴くありけり】
と更に続きますが略します。
天津日高 日子穂穂手見命は豊玉比賣命と見合いし、生まれた子が天津日高日子 波限建鵜葺草葺不命(アマツヒタカヒコ ナギサワケ ウガヤフキアエズノミコト)です、この神は、その後に逸話の中で紹介した、豊玉比賣命の妹である玉依比賣(タマヨリヒメ)と見合いし、四柱の神が生まれました。五瀬命(イツセノミコト)、稲氷命(イナヒノミコト)、御毛沼命(ミケヌノミコト)、若御毛沼命、亦の名を豊御毛沼命、亦は神倭伊波禮毘古命(カムヤマトイワレヒコノミコト)です。この神倭伊波禮毘古命が神武天皇として東征し、大和朝廷を開くのが、その後の続きの物語です。
余談ですが、昭和23年に、2月11日を「建国をしのび、国を愛する心を養う」という主旨で建国記念日と定めています。この記念日は、明治政府が1月29日を紀元節と定めたことに始まりました。これは日本書紀による神武天皇の即位を始まりとしています、紀元前660年のことです。考古学や民俗学では否定的な意見ですが、日本歴(紀元)では今年は2672年ということになります。
ここに紹介した海幸山幸の神話は竜宮伝説との類似が指摘されています、また龍神の珠、あるいは仏教でみられる救済の仏や教えの象徴と思われる珠、地蔵菩薩や虚空蔵菩薩、如意輪観音、吉祥天をはじめとする仏の持物、三昧耶形(サマヤギョウ)とされる如意宝珠、珠には不思議な力があります。珠は無限の価値を持ち、ご利益を祈り叶える対象ともされています。
豊玉比賣命が・・・白玉の 君が装いし 貴くありけり・・・ と詠まれた日子穂穂手見命が救いの塩乾珠を掲げたお姿を描きました。
医療や医療周辺に関わるもの、私たちのような治療に携わる者は悩める人に手を貸すのが業ですね、これは自分自身の修行でもあります。私達もまた救われているのです。 |
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