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山名正夫著『最後の30秒』について

技術者としての矜持、科学者としての合理主義精神、そして一人の人間としての真摯さが平易かつ淡白な文章の行間ににじみ出ている。硬質な数式や航空工学の理論が絵となり形となり我々に訴えかけるメッセージは、読む者の胸を打たずにはいられない。

本書は羽田沖全日空機墜落事故の事故調査委員会のメンバーであった山名正夫東大教授の著作である。山名教授は事故調査委員会の出した結論とは別に独自の視点から実験および検証を経て仮説を報告した。その報告の内容を一般書籍としてまとめたのが本書である。遠い過去の航空事故という特異なテーマを扱った本ではあるが、それでも読むに値する類まれな名著であると私は思う。なぜか?それは本書が特定の航空事故という非常に狭いテーマを扱った技術書でありながら、同時に『科学とは何か』という普遍的なテーマを包含しているよう感じたからだ。

羽田沖全日空機墜落事故とは、1966年2月にボーイング727型機が羽田沖に墜落した事故である。夜間の事故であり、また生存者も皆無だった事から当初から事故調査は難航した。そんな中で事故調査委員会の大勢は高度の誤認や沈下率の取りすぎ等によるパイロット・ミス説に傾きはじめたが、遺体の収容状況、機体の残骸の破断面や散布状況、エンジンの脱落の状況等を勘案するとどうしても筋が通らないというのが山名教授の直感だった。特に、第3エンジンが機体から大きく離れた地点から揚収された事から墜落直前に何か異常事態が発生していた可能性が高いというのだ。

山名教授は一人黙々と仮説を描き、模型を使っての着水実験を行った。どのような形で機体が着水すれば、実際の破片分布が起こるかという事を繰り返し実験した結果たどり着いた結論は、飛行中にグランドスポイラーがなぜか開き、失速、ダッチロール、第3エンジンの異常燃焼等が矢継ぎ早に起こり、最終的には墜落に至ったものであるという衝撃的な『機体欠陥説』であった。

調査委員会の団長である木村秀政教授及び主なメンバーはパイロット・ミス説に傾いていただけに、山名説が委員会で認められるはずは無かった。木村教授はそもそも自らの著作の中で『機体のトラブルはパイロットの工夫でカバーできる部分もある』などというフェイル・セーフ思想が根付いた現代であれば到底容認されない主張をしていた人物なのだが、恐らく団長という立場上運輸省や政治家などからボーイング社製の旅客機に欠陥があったなどと結論付けないよう圧力を受けていたのでは無いかと思う。結果、山名説は闇に葬られ、彼は委員会を辞任した。

山名説の根底には、事象の一つ一つに丁寧に耳を傾け、あらゆる直感を排除しないという二つの思想がある。それは技術者としての真摯さを何よりも雄弁に物語る。事実、彼は技術者にとって最も重要なことは美術的な感覚であると言い切っており、技術者の仕事とは絵画や音楽などと同様に概念を形にしていく仕事であり、森羅万象を無心に写す心が必須だと言うのである。技術や理論はそれを補完するものに過ぎず、故に美術教育が大事であるとする主張は本書の中にも繰り返し繰り返し登場する。そんな彼の思想は、無数の証拠と辻褄の合わぬ作文に終始する委員会の本流とは水と油であった。彼にとってそれはもはや『科学』とは呼べない、到底受け容れがたい代物であったに違いない。

山名説にも勿論弱点はある。模型を使っての実験の規模が小さかったため信憑性が必ずしも高くないという点と、グランドスポイラーの4枚のうち、3枚は『下げ』の状態で揚収されたという点である。しかし、山名説を基にすれば目撃証言、残骸の分布、遺体の状況等全てが一本の線でつながる事は確かであり、事故調査委員会でも山名説を決定的に否定する反論は示せなかった。にもかかわらず、最終的な報告書は山名説を黙殺する形で、パイロットミスを匂わせる『原因不明』でカタがついた。

結局、最初から結論ありきだったのだ。誰もが困らない形で、つまり『原因不明』として事故調査を終えることがこの場合の事故調査委員会に課せられた使命だった。全ては茶番だったのだ。そんな中、山名教授は一人だけ真面目に事故調査をやった。それは哀れなドンキホーテであったのかもしれないが、しかし本来科学者とは己の信ずる道に殉ずる真摯さが無くてはならぬ。その真摯な態度の大切さ、森羅万象に虚心に耳を傾ける事の大切さを説いた本書は、今こんな時代であるからこそ全ての理系の人間に捧げたい良書であると私は考える。

最後に、本書の『おわりに』から山名教授の言を引用したい。

『(蘇軾の詩を引用した後で)四春秋、砕かれたこころなかるべき残骸のささやくを聴き、綴り難き西の園の落紅を一筋の時の糸に綴ることに努めた。そして、水に打たれて刻々に砕け散る機体の情景をまぶたのうちに再現するのが私の仕事であった。以上の物語は、この情景を表現しようと試みた記録である。

(中略)私の物語は未完である。欠けたところ、間違ったところの細く訂正を識者の方々にお願いしなければならない。さらに私の希望は、遭難された乗客乗員の方々と冥土で車座になって一杯やりながら、今生に未了であった因をともどもにあい結び、私の研究のどの部分が正しくて、どの部分が間違っていたか、それを聞かせていただくことである。古人曰く、『実相を証すれば人法なし、刹那に滅却す阿鼻の業』と。仰ぎ願わくば私たちの涙と祈りによって、亡き人のとこしえに安らかなる眠りにつかれんことを』

山名正夫のような技術者を輩出した事は我が国の誇りである。しかし、彼のような人間が封殺される風潮は我が国の恥である。

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最後の30秒を検索して、偶然このサイトを見つけました。
全く同じ思いです。
私は20代のはじめに、この本が出版されたときに購入し読みました。
そのご製造業のエンジニアを生業としました。
その間この本から学んだことがどれほど役だったことか。
現在は絶版ですが、復刊ドットコムでリクエスト対象になっていますが、現在まだ83票です。
一日も早く復刊していただきたいと思います。
では。

2010/2/1(月) 午後 3:34 [ yjb**dsl ]

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当ブログにお越しいただきありがとうございます。

私は父の蔵書の中からこの本を発見しました。ほんの数年前の事です。文系の私には理解が難しい点も多かったのですが、読後感は強烈なものでした。

私の生まれる十数年前、今からですと50年近くも前の事故を扱った本ですが、今でも色あせる事のない名著だと思います。復刊すると良いんですけどね。

2010/2/2(火) 午後 9:50 [ CICERO ]

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