3.11

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あとわずかです。
時間になったら 黙祷します。 故郷 あたしの人生の大半を過ごし、 未だに 東北人 福島県民だと感じるくらい、 あたしは 東北 福島で作られて来ました。 避難して原発付近の人と同じように テレビを通じてしか 懐かしい場所を見ることが出来なかった上、 あたしら家族には 故郷への気持ちを共有できる人が 周囲にいませんでした。 自分を育ててくれた故郷、 たくさんの身内や友人、 どんなに心配しても、 同じ体験をすることが出来なかった自分を責めたり、 多少のことしか助けられない非力さに情けなくなりながらの一年でした。 そしてまた 福島の復興は まだまだ時間がかかります。 毎年 海水浴に行った故郷の海は 二度と戻って来ないし、 地元のみんなは 放射能対策で 不自由な暮らしと 将来への不安に 晒され続けています。 あたしの地元も 酷い状況でした。 実家があったところは 液状化が酷かったし、 あたしと子供たちの母校の小学校や中学校は シンボルだった芝生が剥がされていたり、 子供たちの友達から 学校生活の不便さを聞き、 胸が痛みました。 我が子たちの今の学校では、 春は卒入学式、 夏はプール、 運動会や体育祭、 普通に出来ていたけど、 その度に 「福島の子供たちは当たり前のことも出来ない状況にある」 と頭をよぎる一年でした。 日本の皆様、 福島が40年以上 首都圏の電力を作り続け、 日本を支え、 その結果 このように 復興も進まない状況にあることを もう一度深く考えて下さい!! 日本の一部であり、 切り捨ててはならない、 と考えて下さい!! どうかよろしくお願いします。 |