こばちの取材の寄り道

恵那山ねっとのライターこばち。岐阜県中津川市のいろんなことをご案内♪

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北斎展へ行ってきました

松坂屋本店の美術館でやっていた北斎展

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行きたいなあって思っていたら、ちょうど用があって名古屋へ行くことになったので、
北斎展にも行ってきました。


北斎というと、富嶽三十六景があまりにも有名ですね。
今回も富嶽三十六景はもちろん、
肉筆画もあり、見ごたえたっぷりでした。

特に面白かったのが、
ここで版画技術が画期的に変わったんだな!と分かること。

富嶽三十六景を境に「青色」がとても美しくなるのです。

「北斎ブルー」というものです。
北斎ブルーが使われていたに時代の版画は、精緻なのですが魂が入っていないようなかんじ。
それが「北斎ブル-」が登場すると、
突然作品全体が生き生きとし始めます。
線もシャープになり、作品全体がしまってきます。


版画技術の進歩や新しい顔料が嬉しかっただろうなあ・・・北斎さんは。



そして、今で言う「イラストマップ」や「フライヤー」のようなものもあり、
これはもう、グラフィックの世界。
ダンナさんとふたり、興味しんしん見入ってしまいました。





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不朽園 菊最中

子どもの頃に食べたものが、無性に食べたくなることはありませんか?

先日から、頭の片隅を行ったり来たりしていたのが、

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不朽園の菊最中。

母方の叔母 大叔母に「名古屋のおばさん」と呼んでいた人がいます。

とても豪快な大叔母で、また私が子どもの頃
いつも腹巻に10万円入れて松坂屋へ買い物へ行く というエピソードを聞いたことがあります。
当時の10万円って、今のいくらなんでしょう?
松坂屋ってあたりが名古屋っぽくていいですね。

露橋に住んでいた(と思う)大叔母が、
法事の席に必ず持ってきていたのが
尾頭橋にある不朽園の菊もなか。

当時、法事なんてものは子どもにとって何も楽しいことはなく、
ちんまりとお利口さんに座っていなければなりませんでした。
所在なげな私を見て
「もう一個食べりん(もう一個たべなさい)」と菊もなかをすすめてくれる大叔母。

お利口にしていたこばちは「はい」と受け取って食べるんですが
でもね、最中ばかりそうそう食べれるもんじゃあありません。

いちごが乗っているケーキがいいのになあ…

子どもがいなかった大叔母は母を自分のこのように可愛がり、
私は孫のようにしてもらっていました。
大叔母がなくなってもう何年になるでしょう?
最後にあったのはいつだったかな?
いろんなものをたくさん買ってもらったけれど、
名古屋のおばさんの思い出というと
不朽園の菊最中。

先日、名古屋で用を済ませ交差点の角を曲がると…
「あ!不朽園!車止めて止めて!」
訳も分からず、車を止めるダンナさん。

ウキウキ車から降りて、
「最中くださ〜い」


ちょっぴり大人になったこばちは、
最中のパリッとした食感や、あんこの本当のおいしさがわかるようになってきました。





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袖触れ合うも多少の縁。小説「阪急電車」

本はわりと読むほうだ。
最近読んだのは有川浩さんの「阪急電車」。
 
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映画になったことは知っていた。
本屋さんへ行くと平台に山積みにされていて、気になっていたけれど手に取ったことはなかった。
 
 
先日、テレビで放映されたので、家事をしながらちらちらと見ていて・・・
 
「おもしろい!!!!」
 
さっそく翌日本屋さんで買ってきた。
 
舞台は、阪急電車今津線。片道15分ほどの支線なのだそうだ。
 
登場人物は
20代後半の女性
幼稚園児の女の子とおばあちゃん
20代の若いカップル
大学生のカップル
女子高生達
おばちゃんたち
小学生達
 
電車に乗れば必ずいるだろう人たちが
少しずつ袖触れ合って物語が進んで行く。
 
とても残念なことに、私と同世代であろう「おばさんたち」は、
電車の中でかなり迷惑な存在としてだけでてくるのだが・・・。
 
小説の中には、名場面がたくさん出てくる。
 
 
小説の後半にの「小林駅」の章では、
20代後半から30代前半の女性 翔子が、
小学生のいじめの一場面に遭遇する。
 
小学生グループから仲間はずれにされる女の子。
その時の女の子の対処に舌を巻く翔子。
ベンチに座る女の子の横に座り、話しかける翔子の台詞が好きだ。
 
「あなたみたいな女の子は、きっとこれからいっぱい損をするわ。だけど、見ている人も絶対いるから。あなたの事をカッコいいと思う人もいっぱいいるから、がんばって」
 
映画では確か「私たちのように美人は特にね」という台詞がはさまれていたと思う。
 
家から一歩出れば、誰だって見ているし見られている。
凛としていれば、きっと誰かがちゃんと見ている、たとえ声をかけられなくても。
 
 
そして、これは映画のみの台詞で、小説には出てこなかったのだけれど、
幼稚園児の孫を連れたおばあちゃん(映画では宮本信子さんが演じています)。
電車の中で、カップルの突然けんかでに驚き泣き出す孫(芦田愛菜ちゃん)。
いつまでも泣き止まない孫に
「泣いてもいいけれど、自分の意思で泣き止む女になりなさい」
 
お見事です。
 
私は高校、大学と電車通学だった。
「阪急電車」のようなドラマチックな経験はなかったけれど、
いろんな事を知らず知らずに学んだ場所だったように思う。
もしかしたら、この台詞を聴かなかったにしても、感じられるようなことがあったように思う。
 
映画のキャッチコピーは
その出会いは偶然なんかじゃ……ない」「『終着駅は、きっと笑顔。』」。
 
 
電車に乗る機会がめっきり減ってしまったけれど、
どこかで出会う小さな袖触れ合いが楽しみになった作品だった。

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ボンボン生ロール

どうしても忘れられない味ってありますよね?
私はこれ。
 
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名古屋市東区泉2丁目にある「喫茶 洋菓子 ボンボン」のボンボン生ロール。
 
ふわふわのロールケーキです。
 
 
もう20年以上前、東区泉のデザイン事務所に就職した私こばち。
時はバブルのまっただ中でとても忙しく、
入社して数日後には「お客さんのところへ行って打ち合わせしてこい」
「コピーをがんがん書け」「仕事をどんどん回せ」と、
とにかく荒っぽい社会人デビューでした。
そんな新人こばちの重要な仕事のひとつが
「社員の誕生日にボンボンへ行って誕生日ケーキを買ってくる」ことでした。
 
誕生日のお使いへ行く時に、先輩からボンボンロールのお使いも頼まれたものでした。
そうするとおすそわけをいただいたり。
 
叱られてばかりでしょっちゅう泣いていたあの頃、
ボンボンのケーキを食べると「にかっ♪」と笑えたんです。
 
 
 
名古屋へ行ったついでに、20数年ぶり「ボンボン生ロール」を買いました。
嬉しくて思わず店員さんに
こばち「20数年ぶりに来ました」
店員さん「お目当てのケーキはございましたか?ゴールデンウィークでケーキの数がもう少なくなってしまって」。
こばち「ボンボンロールが食べたかったんです」
店員さん「お目当てのものがあってよかったです」
 
私がボンボンのケーキで癒されながら仕事をしていたころは、まだ生まれていないんじゃないかなと思うほどの若い店員さんでしたが、
このお店の店員さんは昔からこういう優しい言葉をかけてくれるんです。
 
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お店は当時とまったく同じです。
 
 
 
 
泉のデザイン事務所には2年弱しかいませんでしたが、
この辺りには思い出がギュギュギュッと詰まっています。
 
ボンボンの近くにはパースライターさんとイラストレーターさんの事務所があって、
発注や出来上がった仕事の受け取りのお使いに行くと
「ちいちゃん(当時はそう呼ばれていました)S社にギュウギュウやられてるんでしょ。ちょっと息抜きしていきなさい」と、コーヒーとお菓子を出してくれて、
忙しい手を止めて私のどうでもいいお喋りに付き合ってくれたり。
 
釜飯が有名な鳥○というお店があって、
近所では「鳥○小僧」と呼ばれていた男の子たちが
昼時になると黄色いヘルメットを被って自転車で配達に走っていました。
中学を卒業したばかりの鳥○小僧君たちを見ては、
「この子達、まだ子どもなのにがんばってるんだから・・・」
と、毎日の忙しさに折れそうになるココロの支えにしたり。
 
それから会社の先輩達。
フリーコピーライターのSさんは言葉数は少なくとても厳しくて
最後まで一度も褒めてもらえなかったけれど、
何度か助け舟を出してもらった時のコピーは
とてもかっこよくて、いまだに越えられないな・・・
 
 
ボンボンロールから私の新人時代の思い出話になってしまいました(^^;)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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瀬戸のたけのこ

今年は春がとても駆け足で、
桜がやっと咲いたと思ったら花桃が咲き、もうツツジが満開。
一度にいろんな花を楽しむことができました。

この季節の中津川のおたのしみと言えば、たけのこです。



木曽川のほとりにある瀬戸地区は、昔から美味しいたけのこの産地として知られており、名古屋や京都の料亭からも買付に来るという、
知る人ぞ知る幻のたけのこです。

瀬戸のたけのこのおいしさの秘密は自然環境です。
木曽川畔の斜面は日当たりが良くて土地も肥沃。
木曽川から上がる朝靄がアクがなく、柔らかいたけのこを育てるのだそうです。


とっても嬉しいことに幻の瀬戸たけのこをいただきました。
今年は裏年にあたり、さらに幻になっています。

我が家にやってきたたけのこたち。
土の中にいる時は「さあ!京都の料亭だ!!」と夢をもっていたかもしれませんが…
味付けはさて置き、せめて器だけはとお嫁入り道具で持たせてもらった取って置きの食器にのせてみました。
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瀬戸のたけのこのはじまりは、なんとお嫁入り道具でした。
苗木藩にお輿入れされた島津藩のお姫様が持ってきた竹を、当時の瀬戸村に植えたことが始まりといわれて います。


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開設日: 2005/9/4(日)


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