こまどり的

4281091002‥‥これを「渋谷109で待つ」と読めたら、あなたはポケベル世代!

トニーは良い人?

一昨日の続き


その男、◯◯と名のった。

名前を忘れてしまったので、仮にトニーとしておこう。

トニーは酔った勢いで、私には話しかけてきた。

こいつらのせいで、ビールを飲みそこなった。

そう思うと腹も立つ。

が、以外とフレンドリーな態度であった。

トニーは饒舌だった。

楽団ではトロンボーンを担当しており、毎年日本で演奏ツアーを行っていると話した。

そして、札幌、広島、京都などと、知っているだけの地名を列挙し、日本は大好きだと社交辞令を忘れなかった。

私は、

I know だとか、

Oh! realy?

などと相づちを打っていた。

そして、順番がまわってきたトニーは、そそくさとトイレの中に消えてい行った。

やれやれ。

安堵の気持ちでビーフジャーキーを噛み出すと。

用をすましたトニーが、ニコニコしながら話しかけてきた。

そして、ここではゆっくり話もできないので、楽団の席に来いと言いだした。

面倒くさいと思いつつも、欧米人に弱い日本人の一人として、誘いに乗ることにした。

そして後方へ移動すると。

驚くことに、座席一つ分のスペースに、缶ビールが20個ほど散乱していた。

これがガメたビールだったのか。

そう思い目をやると、察したトニーが、2缶私に手渡した。

つい、Thank you などと言ってしまったが、礼をいう筋合いでは無い。

だろう。

しかし、彼等はよほど旅慣れているのだろう。

行儀よく座っているのは寝ている人だけ。

あとは、スタンディングバーのように、ドア横のちょっとしたスペースを利用し、楽しく談笑していた。

ガメたビールを手にである。

その後30分ほど話をしたが、とりあえずビールが飲めたことに満足し、成田までの眠りについた。

そうそう、成田に着いて手荷物を待っていたら、横に図体の大きな人がいてビックリした。

よくみると、アントニオ猪木だった。

どうやらファーストクラスだったらしく、一番にでてきた荷物をとると、出口へ消えて行った。

今考えれば、サインをもらえばよかった。

まあ、そんな与太話であった。


 

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ビールが無いだと!

先日テレビを見ていたら。

ある通販番組で、イージーリスニングのCDボックスが紹介されていた。

ポールモーリア、
カラベリ、
マントヴァーニ、
レイモン・ルフェーヴル、
カーメン・キャバレロ
リチャード・クレイダーマン、などなど。

懐かし名前が連なる。

若い頃聞き流していた名曲が、いまは身体にしみ込み、心を震わす。

ダイジェストを聞いていたら、ビリー・ボーンの「峠の幌馬車」が流れた。

そして、あるビール事件を思い出した。

それは、今から15年ほど前のこと。

私は、あるワークフローソフトを評価するため、米国のコスタ・メサという街に出張した。

ロス・アンジェルスから南に数十マイルくだったところにある、ヒスパニック系が多く住む街だ。

無事仕事を終えた帰りの飛行機でのこと。

ビールでも飲んで、ゆっくり寝て帰ろうと思った。

ところが。

キャビンアテンダントに頼むと、ビールは無いとのこと。

理由を尋ねると。

後方座席にビリー・ボーン楽団ご一行様が乗っており、あるだけのビールをガメたとの返事。

無いものは仕方ない。

なんとも、やり切れない思いを胸に、土産に買ったビーフジャーキーを噛んでいたら。

トイレの前に4、5人の行列ができ、最後尾の外国人が私の横にたっていた。

どうやら後方のトイレだけでは足りず、前方まで進出してきたらしい。

相当酔っている様で、早口の英語で、何やらまくし立てていた。

顔は真っ赤だった。

「うるさいな!」

と思い顔をあげると、なぜかその男と目があってしまった。

そして、ついつい、

「Hi!」

などと愛想を使ってしまった。

明後日へつづく


 

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私が好きな漢字

いま、漢字ブームらしい。

麻生前総理の読み違いの影響か、テレビのクイズ番組の影響か、漢字の本がベストセラーになっている。

「活字ばなれ」と言われ久しい昨今、このブームは真に好ましい。



ところで、「好きな漢字は何ですか?」と訊かれたら、何と答えるだろうか?



私は二つある。

一つは努力の「努」。

「女の又に力」と書く。

「女の又に力」である。

出産をイメージしたのだろうか?

だとしたら、素晴らしい発想だと思う。

種の保存という崇高な行いであり、その努力には、心から敬意を表するべきである。



話は脱線するが。

中学生の頃、この「努」をもじって、いろいろな漢字を作った。

その一つが、「女の又に手が進入(しんにょう)」というやつだ。

その漢字は、ご想像のとおり。

もちろん、常用漢字表(当時は当用漢字表)にはない。



このフレーズで、周りの悪童どもは、スカートめくりに明け暮れていた。

懐かしい思い出だ。

一応断っておくが、私はたしなめる側だった。

かな?



もう一つの好きな漢字は、「糞」という字だ。

びろうな話で恐縮だが、「米が異なる」と書く。

正にその通り。

この漢字をあみだした人はエライ。

自然の節理に敬意を表する、素晴らしい才能の持ち主だ。

と思う。



もし我々が、欧米人のように肉食なら、「肉かんむり」に「異なる」という字になっただろう。



ところで、漢字は象形文字と言われる。

が、原形を組み合わせて発展した、システマチックな言語でもある。

だから。

中国のように画数を減らさず、ずっと今のカタチを守ってほしい。

韓国もハングルの発明で漢字の使用率が減っている。

もはや漢字のルーツを彷彿とさせるのは、日本の漢字だけだ。


 

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えっ?なんだよ!

「和田アキ子の身になにが?」

CM前のアナウンスメント。

きっと、たいした事ではないと思いつつ、チャンネルを変える手が止まる。

CM明け。

和田アキ子が大爆笑して、ハイ終わり。

おいおい、やっぱりかよ(ーー;)

番組制作者の意図に乗せられたことに、悔しさが残る。



最近のテレビは、CM中にチャンネルを変えられない工夫にあふれている。

やはりCMのまえ。

「番組はまだまだ続きます」のアナウンスメント。

でも、CMが明けてみれば、いきなりエンディングが始まり、番組終了。

「まだまだ続かないじゃん」とツッコミを入れても、虚しさだけが残る。



このような工夫をする背景には、リモコンの存在があると思う。

昔のテレビは、本体まで行かなければ、チャンネルは変えられなかった。

ゆえに、CMだからといって、他のチャンネルに浮気する事は無かった。



足を伸ばして指先で、器用にチャンネルを変える人もいた。

が、それは特殊能力の持ち主で、一般人には難しいワザと云える。



ところが、リモコン操作が当たり前になると、そんな能力がなくても、カンタンにチャンネルが変えられる。

だからテレビ制作者側には、チャンネルを変えられない工夫が必要になったのだ。



私は以前、CMまたぎで焦らされる事を不快に思ってた。

だが今は、CM明けの裏切りを想像し楽しんでいる。

「期待を持たせているけど、きっと◯◯が◯◯するだけだよ」などと。

そして、想像通りの結果だったとき、そのチープな発想を笑い、ストレス解消の一助にしている。


でも、たまにアナウンス通りの結果だったりすると、いい意味の裏切り感がある。

それもまた楽しい。


 

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チョーの加減

いまや欠かすことのできない言葉。

それは「チョー」。

若者だけじゃない。

オジサンだって、「チョーなんとか」という時代である。



いつから「超」が「チョー」に変わってしまったのだろう。

古くから「超なんとか」という言葉はたくさんあった。

「超高速」「超満員」「超高層」「超新星」など、特段新しい表現ではない。

これらの「超」は、程度が特に極端なものを表す場合に使われる。

また、「超現実主義」「超心理学」のように、あるものから極端に逸脱していることを表すときにも使われる。

(以上、大辞林を参照)



ところが、最近の「チョー」は、少し意味合いが違っている。

「チョーむかつく」とか「チョーやばい」などと、はなはだしさを強調する接頭詞として使われている。

その使用も、文法依存することなく、どんな言葉に付けてもOKだ。



「チョー格好よくない?」(語尾上ル)、「チョー疲れた!」、「チョー男らしい!」などなど。

「スゴイ」的な軽い感覚で使われる。



「超なんとか」と比べると、「チョーなんとか」は、その超絶度の閾値(いきち、しきいち)が下がっていると思われる。

つまり、その重みが軽くなっているということだ。



言葉は時代とともに変化するもの。

だから。

そのうち「チョー」も、もっと汎用化するかも知れない。

「チョー人間のチョー言葉で、チョーまじで、チョー頑張ろうと思った」

こんな言葉が日常になったら、「チョー」は「超」の呪縛から解き放たれるだろう。



でも。

そんな世の中になったら、チョー悲しい。

と思う。


 

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バーチャル アンリアリティー

コンピュータが描き出す世界に不可能はない。

太陽を西から昇らせることも、クレオパトラの鼻を低くすることも可能だ。

長江の流れだって、変えられるだろう。



いまや映画制作に不可欠なコンピュータグラフィック(CG)。

だが、最近の映画を見ていると、非現実的なバーチャル映像が多くなったと感じる。



車が地上からジャンプして、飛んでるヘリコプターを墜落させるアクション映画。

物理法則を持ち出すまでもなく、助走距離もスピードも不足している。

総重量1トン以上の車体である。

それを数十メートルの高さに上げるには、相当なエネルギーが必要だ。



また、何十メールもの高さから滝つぼに飛び込んだり、ものすごいスピードで走る地下鉄から別の車両に乗り移ったり。

およそ人間技とは思えないシーンが思い出される。



非現実を描くファンタジー映画なら、それもいいだろう。

だが、現実社会を描いた映画なら、もう少しリアリティーをもたした方がいいと思う。

ヒーローがスーパーアクションを連発するたびに、「そんなこと出来る訳ないじゃん」などと冷めてしまう。

バーチャルリアリティー(仮想現実)とは、現実にあることを、仮想空間(CG)で描こうとするものだ。

これでは、バーチャル アンリアリティーだと言わざるを得ない。




Post script

私にとって、最高のアクションは、大脱走でスティーブ マックイーンが演じた、バイクチェイスのシーン。

本当に格好よかった。


 

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ノーパンスキー

昨日のつづき

全身ずぶ濡れとなった私。

冷水から上がると、零下の気温と吹く風に身震いをした。

そして、危険な状態であることを悟った。



「はやく濡れた服をぬいで、身体を温めなくては!」

そう思うと、荷物室のバッグを取り出し、さっそく着替を始めた。

ゲラゲラわらっていた悪友たちも、ことの重大性に気づき、私にタオルを渡してくれた。

悪友といえども、友である。

彼らが地獄で苦しんでいたら、きっとお釈迦様は、タオルの糸を垂らしてくれるだろう。

上手く登って欲しいものだ。



それはさておき。

寒風の中着替を始めると、ある重要な事実に気がついた。

この日のスキーは日帰りの予定だったので、替えの下着を持っていなかったのだ。

これは困った。

しかし、代わりになるモノはない。

私は、若干の不安を感じながら、ノーパンでスキーウェアに着替える決断をした。



若干の不安とは、男子ならば誰でも一度は経験するアレである。

私も、過去何度かファスナーの餌食になり、悶絶したことがある。

この時は、寒風の劣悪な環境下ではあったが、沈着冷静に着替えを完了することができた。

よかった、よかった。



その後、湯沢中里スキー場に到着し、ノーパンスキーを楽しんだ。

だが、家に着くまでずっとノーパンでは都合が悪い。

そこで、背中のザックに濡れたパンツを忍ばせ、休憩時間にストーブで乾かした。

それにしても、この日はトランクスでなくて良かった。

スポーツのときはブリーフ着用と決めていたからだ。

おかげで、目立たずに短時間で乾かすことが出来た。



帰りの道で、例の防火用水を確認したら、すでに氷は溶け、水面が露わになっていた。

これが、落とし穴になるのだ。

私は一つ賢くなった。

そう思って、帰路を急いだ。


 

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真冬の午前3時

その時は突然やってきた。

真冬の雪道は凍てつき、ヘッドライトに照らされた雪が、秋の枯葉のように舞っていた。

午前3時。

関越高速道路の湯沢インターを降り、湯沢中里スキー場を目指していた。



あと数分で到着といういうとき。

悪友Nが「トイレに行きたい」と言い出した。

「もうすぐ着くから」と言うも、「我慢できない」と言われれば、車を停めるしかない。

見通しの良い場所で停車すると、Nはドアを開け駆けだした。



このとき、特段排尿がしたい訳ではなかった。

だが、現地に着いてから行くのは面倒だ。

ここで用を足してしまった方が、現地でゆっくり仮眠がとれる。

そんな思いが頭をよぎった。

そして、あの忌々しい不幸が、この瞬間から始まった。



「とりあえず出しておくか」

そう考えた私は、Nとは逆方向に歩き出した。

そして雪の積もった原野へ足を踏み入れた。



その瞬間。

車から見ていたもう一人の悪友Sによると。

私の身体は、デイビット カッパーフィールドのイリュージョンを見るように、突然闇夜に消えたそうだ。

まるで異次元に吸い込まれるように。

そして、当の私は冷水の中で、「ひやーっ」と声をあげていた。



薄氷のはる防火用水。

うっすら雪が積もっていたので、まったく気づかなかった。

まさに想定外。

だが、不思議と冷たさは感じなかった。

水からはい上がって、寒風に晒されたとき、初めて冷たさに気づいた。

そして、ことの異常さに身震いした。


明日に続く。


 

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誇りをもて!

ある有名企業で、このような発言を聞いた。

「A大学なんて、就職バブルじゃなかったら、うちの会社に入れるわけないじゃん」

この会社の採用基準がそうだとしても、軽々しく言うべきではない。



学歴や偏差値には功罪がある。

だから、頭から否定はしない。

が、くだらないレトリックだけは、ここでハッキリさせたい。



大学を選んだり受験するのは、高校生の時だ。

出身大学を問うということは、4年以上前の学力にこだわるということだ。



大学に入って燃え尽きる人もいるだろう。

逆に、伸びる人もいるだろう。

変化の激しい現代。

古い殻から抜け出せない、硬直脳の持ち主かもしれない。



イチロー選手だって、ドラフト一位だったわけじゃない。

だが、いまや世界的なスーパースターである。



いまの時点で、どれだけ輝いているか。

それで評価される会社であってほしい。

その方が、会社にとってプラスになるはずだ。



A大学出身の君。

媚びておのれを卑下するは、自らを否定するばかりか、後輩を貶めることにもなるぞ。

誇りを持てと言いたい。


 

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注射は嫌い!

「いい加減にしてくれ!」

私は、それが出るたびに、目をそらしたくなる。



それは、インフルエンザのニュースで流れる、ワクチン注射のシーン。

自慢じゃないが、子供の頃から注射は大嫌い。

往診にきた医者が注射器を出したとたん、39度の熱にもかかわらず、窓から飛び出した。

‥‥らしい。

記憶はないが、事あるたびに母親がいう。



その言い様に少々閉口するが、それが事実であり、今もその気持ちは変わらない。

だから、注射針が筋肉深く差し込まれるシーンを見ると、下腹部がムズムズするような不快感を覚える。



よくテレビを見ていると、悲惨な現場にモザイク処理がなされている。

衝撃の大きさを考慮してのことだと思う。

だったら私の衝撃にも配慮してほしい。

世の中、注射嫌いな人は多いはずだ。

本当、お願いしますよ。



そうそう、誤解のないように補足すれば、私も大人になって35年。

もう窓から飛び出したりはしない。

 

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