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欲望の出どころ 肉食と欲望 金曜の夜に友人たちとご飯会をした 幹事はだいたい決めるのが面倒なA子の要望で私が多い 注文のうるさいA子のために、質や量が選びやすいように海鮮居酒屋にしてみた ノンアルコールも充実し、個室メインの居酒屋 注文したものはA子の要望通りに肉系のおつまみに海鮮 頼んだのがこれ↓↓ 若鶏のザンギ葱たれ(鶏から揚げに葱) 小樽食堂軍艦 ちょっと・・無理をして口にねじ込んだ お腹がそろそろいっぱいだったのもあるが・・気持ちはちっともおいしく感じない 欲しくない・・・最近特にそう感じることが多くなった。 蟹チャーハン、蟹ドリア(横にフランスパン添え) ポピュラーなから揚げやハンバーグ類でさえ、一口で・・「もういいか・・」なんて思う 脳が受け付けなくなってきているのだろうか 今すぐ肉や魚がまったく食べられなくても私は全く問題ないだろう(笑) 他の人はどうなのだろうか・・ 北海大漁盛り 肉や魚を口にしないと心が穏やかになる気がする 他のものの思考が重ならないというか・・ 他の生き物を食べる事は他の生き物の生命というか思念をその身に取り込んでしまう気がする 他にもっと欲しいなどと物欲がわかなくなるのではないか? そうだとしたら、仏教的に思想は一致するか? 北海ラーメンサラダ そんな風に考えると日本の穀類をメインにし、魚少々という生活は魂を精神を精錬しやすいのか?? 肉食メインの欧米が・・・特に食料の確保の困難な寒冷地の民が姑息でひねくれるのもうなずける だから、肉食の民の宗教は犠牲の精神なのか まして中国みたく手当たり次第の雑食であり、人肉まで食らおうという習慣があった民が 自ら農耕しない遊牧の民の血と混ざり・・・食料が尽きれば他の地帯で略奪すれば良いという風に その精神は物欲と我欲にまみれ、他の命や大地さえゴミ同然に考えるようになったとしても さも不思議なことではない。 しかし恐ろしいのはその人類が・・いや日本においてさえも 雑食とまではいかないが肉食も食べ始めている。 そこからいえば 現代人がジャワ島やフィリピンからアフリカ、アラスカに至るまで肉も魚も食べ始めているのだから 我欲にまみれ物欲に傾くのは自然なことなのかと とめどないデバイス的思考を展開する。 狩猟が、他の動物の命をとらえ、持ちものの命を奪うのに対して、農耕が自然の恩恵を受けるものか・・ そんなことを考えると当たり前なのかもしれない まこと馬鹿バカしい話・・・(笑) しかし入退院を繰り返す父にとっておきのお弁当を作ってあげなくちゃ・・そう思う気持ちに変化はない |


