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哲学日記
泥沼から脱出するまで一気につき進め。休息は泥沼を抜けてからとるものだ。

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過去記事で自分のことをこんな風に書いた
 おれは生まれついての馬鹿者で、あらゆる誘惑に簡単に翻弄されてしまう。

おれはなにをやっても中途半端で止めてしまう。

意志の弱いヘタレ野郎で、すごく気が小さい。

なのに、欲深だ。

今まで犯罪は犯さずに済んできたが、それはほんとに運がよかっただけだ。

やることなすこと最低の卑劣漢で、誠実さも勇気もかけらもない臆病者だ。











この前読んだ本(「坊主失格」小池龍之介)の前書きにこう書いてあった。
小さい頃は担任教師から「ろくでなし」の烙印を押され、十代は太宰治にかぶれて、道化を演じながら腹の中では周囲の人間を嘲笑する屈折した思春期を送り、大学時代は理論武装して相手をやり込めては喜ぶイヤな奴。結婚すれば相手をいじめ、しまいには暴力までふるうようになり、道ですれ違った人に無意味で馬鹿げた言葉を投げかけ、その反応を見て喜ぶハタ迷惑でおかしな人間━できればお付き合いをご遠慮願いたい人間。それが私でした。
(引用終)


ダメな自分を赤裸々に告白できる社会が良いなとおもう。










以前レンタルDVDで観た映画「ツレがうつになりまして。」を久しぶりに観なおした。

おれはうつ病になったことはないが、自分に関係ない話とおもえない。
これはうつ病に限ったことではないと、映画を少し離れておもった。

ダメな自分を隠して「立派な」建前に服従しないと暮らせない社会に平安はない。

 社会から平和が消滅する一番明白な徴は、個人がダメな自分を正直に表現して、それを周りの大多数の人々が建前で非難しだすことだ。

かっての戦争前夜の日本社会を想像すれば容易にわかる。




(過去記事編集再録)

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