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哲学日記
泥沼から脱出するまで一気につき進め。休息は泥沼を抜けてからとるものだ。

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 昨日車の中で、豊洲移転決定に関する石原慎太郎氏の記者会見を聞いた。
「科学者専門家を信頼」「部下を信頼」「浜渦さんに任せきり」「私一人というより行政全体で責任」…なるほど石原氏の言い分にも一理ある。
 かって丸山眞男が「無責任の体系」と告発した官僚制の無責任とはこういうことだったか。
 戦争の大悲惨を学んだあとも、日本人の悪癖は丸で変わってなかったんだ。

 ちょっと昔、皆が場の空気を読むばかりで、事実を無視して戦争に突入し、結局は鉄丸を飲むような無残な敗戦となった。
その反省の核心で「無責任の体系」(みんなの責任=誰の責任でもない)の否定が、戦後日本国民に共有されたはずだった。
 それは、誰かに責任を押し付け詰め腹を切らせてお茶を濁すことではなかったはずだ。
それは、個々人の私欲を、滅私奉公などの欺瞞的言辞で隠し責任を回避しながら実現しようとする旧来の醜い悪癖を捨てることだったはずだ。

 しかし、特に福島原発事故以降の様々な事象によって、日本人は何一つ変わっていないことが明らかになってきたとおもう。






同じ過ちは繰り返しません…何が過ちだったかも分かってないくせに。 


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