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映画に狂って・・・
好き勝手に感想文を殴り書きほざくブログです

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「7 Women」
★★★★(傑作)
ジョン・フォードが本当に撮りたかったもの…それは女たちの生き様だったのではないでしょうか。

 「我が谷は緑なりき」「怒りの葡萄」の家族を支える女たちの、「駅馬車」で蔑まれている中だろうが赤ん坊を救うことを選んだ女の、「馬上の二人」の連れ去られ差別に苦しんだ少女の、「周遊する蒸気船」で愛してしまった男のために船の操舵手となった少女の、「メアリー・オブ・スコットランド(スコットランドのメリー)」の王女になってしまった女たちの孤独。

 野郎が跋扈する「三人の名付け親」「捜索者」でさえ、男は母親の様に子供を抱きかかえていました。いなくなってしまった女たちの代わりを果たしたかったかのように…。

この映画は、冒頭の馬賊が駆け抜けるような激しいアクションが炸裂映画ではありません。

理不尽な現実に打ちのめされ、それに抗おうとする弱者たちの静かな“怒り”が渦巻く映画なのです。幼い子供たちの、彼等を守る女、女、女たちの。
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教師たちはどんな場所でも学校を築き、地元の子供たちと授業を通して交流していく。
「シャイアン」でも学校は、男性優位だった時代においても女性たちが男性と張り合うことが出来る数少ない環境として描かれていました。

馬賊たちは後の災厄を予告し、動乱の中国大陸に脚を踏み入れ取り残された人々を振り回していく。

馬に乗って僻地にやって来たカウボーイのような井出達の女医。
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このアン・バンクロフトのカッコ良さと言ったら。厳粛なキリスト教を笑い飛ばすように煙草をたしなみウイスキーを愉しみ、祈る暇があったら自ら行動し、家族や組織といったしがらみを拒むように孤独な様子を覗かせる。

それが運ばれてきた負傷者を見るやいなや医者として迅速に行動を起こし、病が発生すれば家中を駆けずり回り、貴重な水でも犠牲者を減らすために投げ捨て最善を尽くす。

隔離を告げる看板、ひたすら土を掘り返していた者が座り込み、布の下に眠る死者たちを想い打ちひしがれる。

一難去ってまた一難、建物の向こうで燃え盛る巨大な焔、門の前を通り過ぎる軍隊、扉を開いた瞬間に雪崩れ込む馬賊たち暴力の嵐。
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監禁と虐殺(「四人の復讐」でも描かれた)に成す術がない無力さ、けたたましい嘲りがこだまし頭がおかしくなりそうな閉鎖空間。そんな状況でも彼女は諦めず己を貫き通す。
「汚い手で触んじゃねえっ」と言わんばかりに屈強な大男に平手打ちを喰らわせる気丈さよ!
 女たちは老いたはずの肉体で新たな命を産み、女医はそれに応えるために壁を駆け上がり格子を握りしめ怒れるばかりに叫ぶ!!
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馬賊たちとの取引、土埃にまみれた鏡を一目見てベッドに座り込み見せる弱さ、再び立ち上がり覚悟を決めた強さを見せる後ろ姿。虐殺を繰り返してきた者たちまで赤子の誕生に喜んでいるかのようにはしゃぐ奇妙な光景。

馬賊に尽くす女たちもまた犠牲者に過ぎなかったのです。代わりの女が来れば部屋から追い出され、用済みになればゴミ同然に投げ捨てられる。疲れ切った表情。

それでも彼女は何度でも仲間の元に戻り、切り札を手に入れ、敵の懐へ飛び込んでいくことを選び続ける。椅子にふんぞりかえるのは身内同士の決闘で殺し合わせるため、服を着替えるのは寝るためでなく二人っきりの状況を作るために。

たった一人扉にもたれかかり、女たちを見送る視線。彼女が一度でも“祈る”ことがあるとするなら、それは見送ってやることしかできない仲間たちの無事くらい。
見送られる女たちもまた、その瞳を見つめ返す。
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開かれた扉の先で待ち受ける野獣、杯に入れられる切り札、投げ捨てられる杯。医者の道を踏み外すようなことを選んでしまった・救ってやれなかった自分自身への怒りも込めて、彼女は投げ捨てるのです。

最後の最期まで何かを“投げる”ことを描き続けた、フォードらしい締めくくりでした。
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