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翌週、礼拝が終わると広田神学生がダンのところにやってきた。
「ダン。バプテスマプールって見たことある?」広田が言った。
「え? 何ですか?」
「こっちへおいでよ。」広田はダンを講壇の脇から、奥へと案内した。そこには風呂桶を長方形にして、もう少し大きくしたようなFRPのプールがあった。
「これがバプテスマプールっていうんだ。」広田がダンに説明した。ダンはよく意味がわからなかった。城南キリスト教会のバプテスマは、岡田牧師が祈りながら信者に水をかけていた。それを広田に言うと、広田は簡単に説明してくれた。
「それは滴礼というんだ。水をかけるだろう。また、水を注ぐ注礼という方法もあるんだ。バプテスト教会や福音派の教会は浸礼という、全身を水につけるやり方でバプテスマを行うんだよ。」
へぇー。バプテスマや洗礼といっても、教会によっていろいろなやり方があるんだな。
「聖書の時代は川で浸礼を行っていたので、バプテスト教会も浸礼なんだ。」広田は言った。ダンはバプテスマといえば、岡田牧師のやり方しか知らなかったので、浸礼というやり方には違和感を感じた。
「この教会って、復活を信じないとバプテスマを受けれないんですか?」ダンは広田に聞いてみた。
「どうして?」
「この間、広田さんはイエス様が十字架で罪をあがない死んでしまっただけではなく、復活も信じる必要があるって言ってましたよね。」ダンは言った。
「聖書のローマ人への手紙にそう書いてあるからね。バプテスマは救いを受け入れた人であれば受けられるけど、最終的には牧師の判断かなあ。」広田は考えながら答えた。
「それよりダンは、自分の罪のためにイエス様が十字架で死んでくれたことは信じれるの?」
ダンはうっと詰まってしまった。そのように正面から尋ねられると答えに窮してしまう。
「まあ、この前もいったと思うけど、あまりあせらずに聖書をじっくり勉強しようよ。」広田は笑ってダンの肩を叩いた。
「でも、先週の新来者はその日のうちに救いの決心をしたと聞いたので・・・」ダンは言った。
「人それぞれだよ。ダンにもその時がいつかは来るよ。すべてのわざには時があるって聖書に書いてあるんだ。どっちがいいかなんて、神様にしかわからないんだ。」広田が言った。
「僕は死者の復活を信じるのは難しいかもしれません。」ダンは言った。
「ダンはイザヤ書を読んだことがある?」広田が言って、ダンはうなずいた。
「それじゃあ、52章の終わりから、53章を来週までに読んできてくれる?」広田が言った。
「この箇所はすごい箇所なんだ。」広田はそう言うとダンに、イザヤ書52章13ー15節、53章1−10節と書いたメモをダンに渡した。
ダンは城南キリスト教会とバプテスト教会の違いに戸惑っていた。岡田牧師のほうがダンに対して、キリスト教をわかりやすく説明してくれたような気がする。ダンがイエス様を信じたいと言えば、岡田牧師は喜んで下さり、おそらくバプテスマを受けることができただろう。今から思えば、岡田先生に反発ばかりしていた。ダンはそのように思った。ところが広田神学生はいつも、「焦らない方がいい」と言う。ダンは城南キリスト教会と岡田牧師、女先生が無性に懐かしくなってきた。
「やっぱり、僕は城南キリスト教会に行ったほうがよいのだろうか?」ダンはそのようにも感じ迷っていた。
「ダン、そういえば、来週、宣教師と宣教師夫人がアメリカから帰って来るんだ。ダンはまだ会ったことないよね。」広田が言った。「楽しみだね。」
「別に。」とダンは言おうと思ったが黙っていた。宣教師に会ったら、その後、一度、城南教会に行ってみようかな。でも、この教会は岡本夫妻の車に乗れば便利だが、城南教会に行くのは不便だな。ダンはそんなことを考えていた。
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私も滴礼しか見たことがありません。
神学校時代のクラスメートが、バプテストだったので、バプテストプールは見たことがあるのですが...
あと、「昔は川でやったのよ」なんて話も何度か聞かされました。
それを聞く度に、クリスマスとイースターの受洗だけは、お断りだ!
なんて思ってました。
(関係ないのですがね。)
2008/10/19(日) 午後 10:33
ピータさん、
今でも川でバプテスマを行う教会もあるようです。
2008/10/19(日) 午後 11:55
わたしは、日本キリスト教団で洗礼を受けました。滴礼でした。息子はバプテストの教会でしたので、バプテストプールでの洗礼でした。白いローブを着て、厳粛な感じがしました。
さて、DANさんは、どちらの教会で受洗するのかしら?
2008/10/20(月) 午後 8:30
道さん、
コメントありがとうございます。救われる前に二つの教会のバプテスマのやり方を知ることが知ることができるのは珍しいですよね。それほど、頑なだったということではありますが・・・
2008/10/20(月) 午後 10:56