Amazing Grace 「今あるは神の恵み」

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。イザヤ書 43・4

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最初の弟子

その翌日、またヨハネは、ふたりの弟子とともに立っていたが、

イエスが歩いて行かれるのを見て、「見よ、神の小羊」と言った。

ふたりの弟子は、彼がそう言うのを聞いて、イエスについて行った。

イエスは振り向いて、彼らがついて来るのを見て、言われた。「あなたがたは何を求めているのですか。」彼らは言った。「ラビ(訳して言えば、先生)。今どこにお泊まりですか。」

イエスは彼らに言われた。「来なさい。そうすればわかります。」そこで、彼らはついて行って、イエスの泊まっておられる所を知った。そして、その日彼らはイエスといっしょにいた。時は第十時ごろであった。

ヨハネから聞いて、イエスについて行ったふたりのうちひとりは、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。

彼はまず自分の兄弟シモンを見つけて、「私たちはメシヤ(訳して言えば、キリスト)に会った」と言った。
ヨハネの福音書第1章35−41節

イエス様に最初に従った弟子は誰でしょうか?

バプテスマのヨハネは悔い改めを説き、水でバプテスマを授けていました。イエス様はバプテスマのヨハネから、バプテスマを受けました。

そして、バプテスマのヨハネに従っていた二人の弟子が、ヨハネが「見よ、神の子羊」と言うのを聞いて、イエス様に従っていきます。

この二人の弟子の一人はアンデレであり、もう一人はヨハネではないかと言われています。

アンデレは兄弟のシモン・ペテロにキリストに出会ったことを伝え、ペテロもイエス様に従います。

ヨハネが捕らえられて後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べて言われた。

「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい。」

ガリラヤ湖のほとりを通られると、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのをご覧になった。彼らは漁師であった。

イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」

すると、すぐに、彼らは網を捨て置いて従った。
マルコの福音書 第1章14-18節

マルコの福音書には、漁をしていたシモン・ペテロとアンデレがイエス様に出会い、従ったと記されています。マタイの福音書やルカの福音書にも同じようなできごとが記されています。

いずれにせよアンデレとペテロはイエス様に出会うとただちに漁師をやめて、イエス様に従い続けます。

イエス様はまだ十字架に架かっておらず、弟子たちの罪を担ってくれたわけではありません。また、弟子たちに聖霊の助けもまだありません。

何が弟子たちにそうさせたのか? 

神の導きでしょうか?

信仰でしょうか?

アンデレはバプテスマのヨハネの弟子でした。そして、「メシアに会った」と言っているようにメシアの到来を待ち望んでいたのではないでしょうか?

バプテスマのヨハネにイエス様がメシアであることを示され、ただちにイエス様に従った。

アンデレの信仰が示されたとも言えるでしょう。

現代では、イエス様が、十字架にかかり、私たちの罪の身代わりとなり死に、三日目に復活されたことにより、イエス様がメシアであることは明らかです。

現代人には聖書を通じて、イエス様が救い主である様々な証拠や証が示されています。

私たちは霊の目を開けば、イエス様がメシアであることに気づくことができるのではないでしょうか?

私たちもイエス様に従う信仰を持つ必要があります。しかし、そのことはアンデレに比べればはるかに容易なはずです。

アンデレが疑うことなく、イエス様に従い続けたように、私もイエス様に従い続けたいと思います。

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私はマルコ伝がすきですが、ヨハネ伝は、他の福音書とは異なり神学が色濃くでていますね。福音書を読みますと、、当時の原始キリスト教団にあける各教団での複雑な勢力争いのようなものを感じます。この弟子はだれか・・。ということでもそのことが感じ取れます。

2012/1/31(火) 午前 10:30 [ kabanotakara ]

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kabanotakaraさん
コメントありがとうございます。マルコの福音書は簡潔でわかりやすいですね。

2012/1/31(火) 午後 11:04 ダン

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彼らは師と思える人に出会うと、従う素地があったという解釈を聞いたことがありますが、ここでは「メシヤ」として信じているようですね。奇跡によってではなく、ヨハネのことばからすぐにまことの救い主メシヤとして信じる姿は私たちの生活からは考えられないですよね。 これという宝を見つけたらさっと行動する姿は、身を引き締められる思いです。(決断力のなさに)

2012/2/1(水) 午前 9:26 tak**aka01*4

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イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」すると、すぐに、彼らは網を捨て置いて従った。

私は、クリスチャンになりたての頃、イエス様に声を掛けられて「商売道具の網を捨て置いて従った」という箇所が凄いなと印象に残っています。

普通だったら、家族の人に断りを入れ、さらに貴重な財産である商売道具の網を売却するなどしてイエス様の弟子になるのでしょうが、その場ですぐに付いて行ったところが凄いですね。

信仰を持つには素直さが必要ですが、素直を取り越してまっしぐらの信仰に心を打たれます。

2012/2/1(水) 午後 6:48 [ kh0*2j* ]

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karbankuluさん
バプテスマのヨハネに対する信頼も厚かったのでしょうね。牧師やクリスチャン一人一人がこの世において、キリストを証する責任を感じます。特に私は今の職場でクリスチャンであることの証が許されており、身の引き締まる思いです。

2012/2/1(水) 午後 9:24 ダン

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kh0*2i*さん
おっしゃる通りですね。家内安全、商売繁盛のご利益信仰とは、根本的によって立つところが違うと思います。

2012/2/1(水) 午後 9:26 ダン

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旅先で出逢った青年は、まだ一度も聖書を読んだ小田がなかったそうです。日本は、キリスト教徒1%未満の国です。ものはたくさんあるのに、霊的には、貧しい国です。私たち、先に救われたクリスチャンは、もっとイエスさまのことを宣伝しないと…。

2012/2/2(木) 午前 10:16 道

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アンデレって地味な人だけど(兄が目立ち過ぎているから地味に見えるだけかな)、イエスさまを信じて従い続けていた人。従い「続ける」って信仰がないとできないことですよね。
信仰によって従い続ける者でありたいです。

2012/2/2(木) 午後 3:31 Holy

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道さん
そうですね。それにはまず、クリスチャンが変わらないと・・・
「私は罪人であり、証する力はありませんが、主よ、どうぞ助けてください。」そのように祈りたいです。

2012/2/2(木) 午後 9:54 ダン

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Holyさん
地味だけどとても重要な働きをする、そんな人っていますよね。アンデレの信仰に見習いたいです。

2012/2/2(木) 午後 9:55 ダン

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