十字架の濫用
十字架を軍旗に織り、その下を進むキリスト教国の軍隊があります。 十字架を信仰箇条に記しこれを旗幟として、その後に従うキリスト教会の信徒がいます。 しかし、自分を捨て、その十字架を負ってキリストに従うクリスチャンはいません。 十字架はマークとしては広く用いられ、事実としては退けられています。 十字架を守るものは多いが、自ら十字架を背負うものは少ないのです。 今や十字架は魔よけの一種のように用いられており、その本当の意味はまったく忘れられたかのようです。 内村鑑三所感集 聖書之研究 明治四十一年より。 原文は文語調。一部、意訳あり。 先日、会社の後輩と食事をし、聖書の話になりました。 「キリスト教が言っていることは素晴らしいと思うんですが、アイルランドでキリスト教同士が戦っていましたよね。ああいうのは理解できない。」 「アイルランドはカトリック側とプロテスタント側に分かれていたが、カトリックだ、プロテスタントだと言っても、本当の意味でクリスチャンかどうかはわからない。 クリスチャンかどうかは、自分で決めるものではない。」 十字軍や、アメリカの中東での戦いなども納得がいかないようです。 聖書には、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」とあります。また、イエス様は「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」と言われています。 つまり、クリスチャンが隣国から攻められた場合、信仰を守るために隣国と戦うのではなく、攻めてきた隣国のために祈るのが、聖書が教えている姿だと思います。 では、そんな国は存在したのか? そんな態度では、キリスト教国はなくなってしまうのではないか? これはわかりません。そのような国は存在しないかもしれませんが、ピューリタンやアーミッシュなど、そのように考えるクリスチャンがいることは事実です。そして、そのような人々は滅んでいません。 そんな話をしました。 現代でも内村鑑三の言うように十字架やキリスト教に関して、いろいろと誤解があります。 彼は教会に興味を持ってくれたようです。 今後、日曜日の礼拝に誘ってみようと思います。
|
内村先生の言葉は・・重くて、痛い・・。それでもイエスさまのあわれみと助けをいただいて主に従い共に歩む者でありたいと思います。
会社の後輩の方が教会に行くことができますように・・・。
2012/2/13(月) 午後 10:11
Holyさん
鋭すぎて、当時の人々からは敬遠されたそうです。志賀直哉、有島武郎など、内村鑑三の影響を受けてクリスチャンになった偉大な作家も、のちにキリスト教から離れたり、遠ざかったりしました。
後輩のこと、引き続き誘いたいと思います。
2012/2/13(月) 午後 10:38