もっと「ふじぎな」キリスト教
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先日、朝日新聞に取り上げられた、Ministry春号を購入しました。 春号から装いも新たになりました。 ざっと読んだ感想は、とても面白い。クリスチャンにとって興味深い話題が多い。 いくつかの記事をご紹介します。 特集 もっと「ふじぎな」キリスト教 −教会よ、応答せよ!! 2011年5月に講談社現代新書より発刊された「ふしぎなキリスト教」が20万部を突破し売れている。 また、雑誌でもキリスト教特集が、頻繁に組まれ、売れているそうです。 これを詳しく分析しています。 続いて、東京工業大学でのシンポジウム やっぱりふしぎなキリスト教の傍聴録 「ふしぎなキリスト教」の作者、橋爪大三郎氏(東工大)、大澤真幸氏(京大)に加え、明治学院の高橋源一郎氏、東大名誉教授の大貫隆氏が対談をしています。東工大も大岡山でこのようなシンポジウムをやっているんですね。知りませんでした。 キリスト教について、取り上げてくれることはうれしいですが、内容としてはやや疑問ですね。 我々がキリスト教を理解したいとき一番難しいのは、「贖罪」という論議です。(略) いずれにしてもわかりにくい。なぜイエスが十字架の上で死ぬことが贖罪になるのか・・・世界中のクリスチャンで「贖罪」意味を頭で理解して、信仰に導かれた人は少数派だと思います。 キリストの十字架の上での死がなぜ贖罪なのか?という議論になると、キリスト教は急に解りづらくなる。このシンポジウムでも、旧約聖書の動物による購いと、パウロの贖罪に関する考え方から説明していますが、確かにわかりにくい。 聖書に示された福音、キリストの十字架の死と復活を自分のものとして受け入れること。 欧米は一般的に子どもの頃から親や日曜学校で聞いて育ってきている。 つまり、聖書は神の霊感によって書かれた本であると考えることができれば、単純なことではないでしょうか? いきなり異文化の中で、福音を聞いても、受け入れにくい点はあるかもしれない。 しかし、現代でも韓国では多くの人がクリスチャンになっている。また、中国でも、クリスチャンが増えていることを考えると日本人はもっとも福音を受け入れない人々かもしれません。 全能の神が創ったこの世界に悪が存在するか、一神教につきつけられた大きな問題です。これは、聖書に、神がサタンの働きを許されたことが明確に書かれていますね。 なぜ、津波や地震が起きたのか、という神への問いは、どのキリスト教徒の心の底にもあるわだかまりです。それにキリスト教会はどう応えるのか。そんなにキリスト教徒の考えを単純に決めつけないでほしいと思います。 津波、地震に対しては、いろいろな考えがあると思いますが、神にわだかまりを持つ人はそれほど多くないのではないでしょうか? 神学的な立場からキリスト教を議論することは、未信者の学生にとって興味深い議論かもしれませんが、聖書をきちんと読んでないと混乱する人も多いのではないでしょうか? 以前は、東工大の生産機械工学科に一色尚次教授という素晴らしいクリスチャンの教授がいて、証を交えながら学生に聖書を教えて下さいました。 東工大の多くの学生はおそらく聖書を読んだことは少ないでしょう。まずは基本的な聖書の学びが必要だと思います。 次に、私はこう読む「ふじぎなキリスト教」 聖書学者の吉田忍氏、西南学院大学の片山寛氏、Pen編集部の新山佳子氏らの論評が載っています。片山教授の、「私のようにキリスト教の「中から」発言するべき者が、これまでいかに怠慢であったかを示しているのだというべきでありましょう。」 新山さんの、「願わくは「その先」の知識欲を刺激する何らかの媒体や書籍は、外部からではなく教会、あるいは布教そのものに携わる人たちのなかから出てきてほしいと思う。 そうなれば日本におけるキリスト教知識の「地盤」は少しは強固なものにあるのではないだろうか。」 という、コメントが印象に残りました。 振り返れば、統一教会やオウム真理教の事件以来、クリスチャンが発信しづらい雰囲気がありました。 もしかしたら、牧師や信徒たちがその空気を敏感に察知し、一般の方への発信を控えてきたということがあるかもしれません。 三浦綾子さんが召天されたのち、三浦さんほど用いられるクリスチャン作家はでてきてないですね。 それでも、曽野綾子さんもお元気に書かれていますし、日野原重明氏、佐藤優氏、福島の佐藤彰先生など積極的に発信されています。 他の記事では、 教会と福祉のこころ 大上仁氏 特別養護老人ホームにお勤めのクリスチャンの連載です。「福祉はあいさつから」 「笑顔で挨拶のできる教会」など介護に関係するものとしてはとても参考になりました。 ハタから見ていたキリスト教として、加賀乙彦さんのインタビュー 面白かったのは下記のコメントです。 日本語の聖書だったら文語訳が大好き。新共同訳はいけませんね。「門をたたきなさい。そうすれば、開かれる」というより、「門を叩け、さらば開かれん」と言った方がよっぽどいいじゃないですか。 説教鑑賞は、バーバラ・ブラウン・テイラー師のデューク大学教会でのもの。これは確かに聞いてみたいと思わせる力強い説教です。じっくり読んでYouTubeで聞いてみます。 看取りと悼みのミニストリー ルーテル学院大学 石居基夫教授 「牧師には、自分のことを聞いてもらえる牧者が必要だ。一緒に泣き、祈り、み言葉を分かち合う人がいなければならない。」その通りだと思います。しかし、実際は、ほかの牧師に相談しにくく、困難な状況におかれている牧師も多いのではないでしょうか? 付録のDVDとして、ベン・ハーの映画がついていました。 これは、よく知られている1959年のウイリアム・ワイラーの映画ではなく、1925年のサイレント版だそうです。じっくりと見てみます。 たっぷり読みごたえのある内容で、1500円。 キリスト教の雑誌は、福音的なことは書いてあるが、なんだか物足りないなと感じていた方。 この雑誌は違います。それは断言できます。 個人で買われるだけでなく、教会で買ってもいいと思います。 ぜひ、ご興味をもたれた方は、キリスト教書店か、インターネットにてご購入下さい。 |
