Amazing Grace 「今あるは神の恵み」

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。イザヤ書 43・4

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もっと「ふじぎな」キリスト教

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先日、朝日新聞に取り上げられた、Ministry春号を購入しました。

春号から装いも新たになりました。

ざっと読んだ感想は、とても面白い。クリスチャンにとって興味深い話題が多い。


いくつかの記事をご紹介します。

特集 もっと「ふじぎな」キリスト教  −教会よ、応答せよ!!

2011年5月に講談社現代新書より発刊された「ふしぎなキリスト教」が20万部を突破し売れている。

また、雑誌でもキリスト教特集が、頻繁に組まれ、売れているそうです。

これを詳しく分析しています。

続いて、東京工業大学でのシンポジウム やっぱりふしぎなキリスト教の傍聴録
「ふしぎなキリスト教」の作者、橋爪大三郎氏(東工大)、大澤真幸氏(京大)に加え、明治学院の高橋源一郎氏、東大名誉教授の大貫隆氏が対談をしています。
東工大も大岡山でこのようなシンポジウムをやっているんですね。知りませんでした。
キリスト教について、取り上げてくれることはうれしいですが、内容としてはやや疑問ですね。


我々がキリスト教を理解したいとき一番難しいのは、「贖罪」という論議です。(略)
いずれにしてもわかりにくい。なぜイエスが十字架の上で死ぬことが贖罪になるのか・・・
世界中のクリスチャンで「贖罪」意味を頭で理解して、信仰に導かれた人は少数派だと思います。
キリストの十字架の上での死がなぜ贖罪なのか?という議論になると、キリスト教は急に解りづらくなる。このシンポジウムでも、旧約聖書の動物による購いと、パウロの贖罪に関する考え方から説明していますが、確かにわかりにくい。

聖書に示された福音、キリストの十字架の死と復活を自分のものとして受け入れること。

欧米は一般的に子どもの頃から親や日曜学校で聞いて育ってきている。

つまり、聖書は神の霊感によって書かれた本であると考えることができれば、単純なことではないでしょうか? 

いきなり異文化の中で、福音を聞いても、受け入れにくい点はあるかもしれない。
しかし、現代でも韓国では多くの人がクリスチャンになっている。また、中国でも、クリスチャンが増えていることを考えると日本人はもっとも福音を受け入れない人々かもしれません。


全能の神が創ったこの世界に悪が存在するか、一神教につきつけられた大きな問題です。
これは、聖書に、神がサタンの働きを許されたことが明確に書かれていますね。


なぜ、津波や地震が起きたのか、という神への問いは、どのキリスト教徒の心の底にもあるわだかまりです。それにキリスト教会はどう応えるのか。
そんなにキリスト教徒の考えを単純に決めつけないでほしいと思います。

津波、地震に対しては、いろいろな考えがあると思いますが、神にわだかまりを持つ人はそれほど多くないのではないでしょうか?

神学的な立場からキリスト教を議論することは、未信者の学生にとって興味深い議論かもしれませんが、聖書をきちんと読んでないと混乱する人も多いのではないでしょうか?


以前は、東工大の生産機械工学科に一色尚次教授という素晴らしいクリスチャンの教授がいて、証を交えながら学生に聖書を教えて下さいました。

東工大の多くの学生はおそらく聖書を読んだことは少ないでしょう。まずは基本的な聖書の学びが必要だと思います。


次に、私はこう読む「ふじぎなキリスト教」

聖書学者の吉田忍氏、西南学院大学の片山寛氏、Pen編集部の新山佳子氏らの論評が載っています。
片山教授の、「私のようにキリスト教の「中から」発言するべき者が、これまでいかに怠慢であったかを示しているのだというべきでありましょう。」

新山さんの、「願わくは「その先」の知識欲を刺激する何らかの媒体や書籍は、外部からではなく教会、あるいは布教そのものに携わる人たちのなかから出てきてほしいと思う。
そうなれば日本におけるキリスト教知識の「地盤」は少しは強固なものにあるのではないだろうか。」

という、コメントが印象に残りました。


振り返れば、統一教会やオウム真理教の事件以来、クリスチャンが発信しづらい雰囲気がありました。
もしかしたら、牧師や信徒たちがその空気を敏感に察知し、一般の方への発信を控えてきたということがあるかもしれません。

三浦綾子さんが召天されたのち、三浦さんほど用いられるクリスチャン作家はでてきてないですね。

それでも、曽野綾子さんもお元気に書かれていますし、日野原重明氏、佐藤優氏、福島の佐藤彰先生など積極的に発信されています。


他の記事では、

教会と福祉のこころ 大上仁氏 特別養護老人ホームにお勤めのクリスチャンの連載です。
「福祉はあいさつから」 「笑顔で挨拶のできる教会」など介護に関係するものとしてはとても参考になりました。


ハタから見ていたキリスト教として、加賀乙彦さんのインタビュー
面白かったのは下記のコメントです。

 日本語の聖書だったら文語訳が大好き。新共同訳はいけませんね。「門をたたきなさい。そうすれば、開かれる」というより、「門を叩け、さらば開かれん」と言った方がよっぽどいいじゃないですか。


説教鑑賞は、バーバラ・ブラウン・テイラー師のデューク大学教会でのもの。
これは確かに聞いてみたいと思わせる力強い説教です。じっくり読んでYouTubeで聞いてみます。


看取りと悼みのミニストリー ルーテル学院大学 石居基夫教授
「牧師には、自分のことを聞いてもらえる牧者が必要だ。一緒に泣き、祈り、み言葉を分かち合う人がいなければならない。」
その通りだと思います。しかし、実際は、ほかの牧師に相談しにくく、困難な状況におかれている牧師も多いのではないでしょうか?


付録のDVDとして、ベン・ハーの映画がついていました。
これは、よく知られている1959年のウイリアム・ワイラーの映画ではなく、1925年のサイレント版だそうです。じっくりと見てみます。

たっぷり読みごたえのある内容で、1500円。
キリスト教の雑誌は、福音的なことは書いてあるが、なんだか物足りないなと感じていた方。

この雑誌は違います。それは断言できます。

個人で買われるだけでなく、教会で買ってもいいと思います。
ぜひ、ご興味をもたれた方は、キリスト教書店か、インターネットにてご購入下さい。

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マートン復調 連夜の活躍

阪神は25日、敵地・ヤフードームでの福岡ソフトバンク戦に5対0と勝利した。
 
今季1号ソロを含む4打数3安打2打点の活躍を見せたマートンのコメント。

 誰もが失敗するけど神様がいつも見てくれているし、助けてくれるので良い形で打てたと思います。

 (『今季1号本塁打だったが?』の質問に日本語で)ヒサシブリネ、ヒサシブリ、アリガト。

 (2試合連続猛打賞を記録したが?)こういう形でチームの勝利に貢献できてうれしい。今日はスタンリッジも好投したのでいい気分ですけど、1試合1試合を大事に戦いたい。

ヤフースポーツ 2012年5月25日


今期は打率二割と不調に陥っていたマートン。

3勝3敗と今ひとつ波に乗れないスタンリッジ。

今日は、クリスチャンの二人が、久しぶりに揃って大活躍しました。

マートンは二日連続の3安打の固め打ち。ようやく復調の気配です。

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                        これは24日のオリックス戦の写真

マートンは今回もヒーローインタビューで、きちんと証をしていました。

スタンリッジは7回を無失点で抑えました。

スタンリッジのご両親がアメリカから来日し、観戦したそうです。
素晴らしい親孝行になりましたね。

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金環日食

天は神の栄光を語り告げ、

大空は御手のわざを告げ知らせる。

詩編 19・1

大阪府吹田市は薄曇りでしたが雲が途切れ、金環日食がきれいに観測できました。

デジカメに日蝕グラスを使って撮影してみました。


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                      多くの人が公園で観察しています。
      


      



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                      金環日食(手振れです。)                         

            
             


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                      これはデジカメにしてはきれいに撮れました。                            
                       



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                      木漏れ日が日食の形に。                           




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会社でも日食の話題で盛り上がりました。                                    
「太陽や宇宙のことを考えると、スケールが大きすぎてわけがわからなくなる。」
そう言っている人もいました。

宇宙を創造された神のことを知ってほしいと思いました。

初めに神が天と地を創造した。
創世記 1・1

こんなに素晴らしい太陽と月がチリから偶然できたと考えるのは無理があるでしょう。

何らかの意図によって創造されたと考えるのが自然ではないでしょうか?


詩篇の言葉は金環日食を預言したかのような言葉です。

金環日食はまさに神の栄光が示され、創造のわざが知らされたと思います。

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春のバラフェスタ

神代植物公園では春のバラフェスタが開催中です。
大勢の人で賑わっていました。

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           サラバンド
                         フランスで生まれた人気のあるつるバラ                      


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                           ホワイトマジック  
                         フロリパンダ系列 アメリカ産       



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                           プリンセス・ドぅ・モナコ
         モナコ公女のグレース・ケリーに捧げられた花 映画「裏窓」を思い出しました。                                      


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                            シック
                          名前の通り、優雅で洒落てますね。              


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                            うらら 
                          私の好きな花 京成バラ園作です。                       



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                            天女



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                            サン・フレーア
                       フロリパンダ系列 太陽の炎という意味だそうです。



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                            バラは香りも楽しめますね。
                             (妻と次男です) 

昨年は一人で大阪の靱(うつぼ)公園と中之島公園のバラを見にいきましたが、今年は妻と子どもと楽しんできました。バラもみんなで見たほうが楽しいですね。 

春のバラフェスタは27日まで。土日は夜8時までオープンしています。(最終日は7時まで)                                              

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家族の意義

世の中で手に入れたいもので、幸せな家庭より素晴らしいものはありません。

これは地上の楽園です。(中略)

この世は工場です。競走場です。戦場です。

そして、家庭のない人は戦場において、休息所がないのです。

ただ戦ってばかりいて、休むことを知らない人です。

人は世の中の仕組みがよくわかるようになって、初めて家庭の大切さを本当の意味で知ることがでいます。


家庭はもちろん家屋のことではありません。

もちろん家庭を作るには家屋は必要であります。

しかしながら、家屋があれば、それで家庭ができたいとはいえません。

家屋は物であり、家庭は精神です。

このことを知ることが家庭を作る上で最も必要です。


家庭はまた家族ではありません。

もちろん家庭は家族とともに作るものです。

しかしながら家族のあるところには必ず家庭があるとは言えません。

家族は肉体であり、家庭は霊魂です。

このことをよく心にわきまえないで本当の家庭をつくることができません。


家屋があっても家庭がない、家族は会っても家庭がないといったなら、多くの人は家庭がなんであるかをなかなか理解できないでしょう。

それゆえに世が言う多くの家庭なるものは、実は家庭ではなくて、家屋、または家族に過ぎないからです。(中略)


家庭とは神より愛を受けたものがその愛を相互に交換するところです。

ですから、家庭は教会の一種なのです。

ただ、家庭においては愛が少人数の間に限られるのと、霊魂の愛に加えて肉体の自然の愛があるという違いがあります。

教会を縮めたものが家庭であって、これを広げたものが国家です。

家庭は国家の基本であるというのはこれは国家の単位であり、また、縮図であり、また、模範であるからです。

内村鑑三全集11より、「聖書之研究」38号 明治36年4月23日 原文は文語調。意訳あり。

今日は大阪で母の日礼拝に出席しました。

そこで乳児祝福式に立ち会い、素晴らしい証をお聞きしました。

この教会のとても熱心なクリスチャンの二人の青年が結婚しました。

二人はとても仲良く、熱心に教会にも集っていました。


しかし、十年たっても子供に恵まれませんでした。

「主よなぜですか?」

「私たち夫婦に子供は与えられないのでしょうか?」

それぞれの両親が孫を期待しているのが、痛いほど伝わってきます。

病院で検査してもらったところ、奥さまの卵子の形が変わっているので、妊娠は難しいとのこと。

卵子を第三者からもらえば、もしかしたら妊娠の可能性があるかもしれない。

二人は悩みに悩んで牧師に相談しました。

牧師は答えました。

「それはとんでもないことです。あなたたちは神様がどんなことでもできる方である方を忘れたのですか? 全能の神に期待して、祈りましょう。」

二人は祈り、平安が与えられ、子供のことを深刻には考えなくなりました。

それからしばらく時間が経ち、昨年、奥さまが具合が悪くなり、病院にいくと、「妊娠しています」との知らせ。

期待していなかっただけにとても驚かれたそうです。

今日の乳幼児祝福式には、二人のご両親や兄弟、家族八人がいらしていました。

ご両親はまだ、クリスチャンではないそうですが、この証を聞かれてとても喜ばれていました。

主は生きて働かれる。そんな主を褒め称えました。

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