Amazing Grace 「今あるは神の恵み」

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。イザヤ書 43・4

荒野の泉(救いの証)

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荒野の泉 48 「救いの決心」

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 ダンは昨日、先輩の結婚式で聖書の御言葉を聞き、「わたしたちが神を愛したのではなく」という言葉にとても驚いた。ダンは何度も教会を訪れる機会があったが、教会が好きになれなかった。ダンはこの言葉を聞き、自分のことを言われているような気がしたのである。
 「神がわたしたちを愛して下さって」この言葉もダンの心に響いた。「ここに愛がある。」ダンは神の愛が初めて、理解できるような気がした。そして、岡本にその意味を尋ねてみたかった。

 日曜日の朝、ダンはいつものように環八沿いの歩道で岡本夫妻の車を待っていた。八月の朝日はまぶしかったが、ダンはそのまぶしさや暑さも心地よく感じた。
「おはようさん!」加藤が後ろの座席の窓を開けて声をかけた。今日は加藤と宮本も一緒だった。岡本夫妻の娘さんは先に教会に行ったらしい。
「ダンさん、待った? 暑いやろ? この車、クーラーきかんで。そやけどな、八月が暑いのはあたりまえやで。なあ、宮本さん。ははっ。」加藤は宮本に笑いかけた。宮本はいつものようにニコニコ頷いている。

「昨日、鈴木先輩の結婚式に六本木の教会に行ったんです。」ダンは後ろの座席に乗り込むと岡本に話しかけた。
「鈴木君って、隣の部の鈴木君か? 彼はクリスチャンだったかな?」岡本は助手席から答えた。
「結婚相手がカトリックの方でフランシスコ教会で結婚式をあげたんです。」
「そこで、聖書の言葉が読まれたんですよ。」ダンは続けた。
「あら。ダンの知っている御言葉だった? 教えて?」岡本姉が運転しながら尋ねた。
「神はひとり子をつかわし、愛を示されたっていうところです。」
「そりゃ、わてかて知っとるで。ええと、神は実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された・・・。岡本はん、それからなんやったかな?この間、覚えたんやけど、あかんわ。」加藤が言った。
「それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。ヨハネの3章16節よね。」岡本姉が続けた。
「僕もその言葉はこの間、広田神学生に聞いたんですけどね。ちょっと、違うんですよ。ええと。私達が神を愛したのではなく・・・だったけな。」
「なんや? 私達が神を愛する?」加藤が不思議そうにダンを見た。
「それは、ヨハネの手紙のほうだね。」岡本次長が言った。
「ヨハネの第一の手紙の4章じゃない? あなた聖書を見て下さらない?」岡本姉が言った。
岡本次長はかばんから聖書と眼鏡を取り出し、しばらく聖書をぱらぱらとめくっていた。
「あった、あった。いいかい読むよ。」

「神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。
 
 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。」
ヨハネの第一の手紙 4章9−10節

「それで、ダンはどう思ったの?」岡本姉が尋ねた。
「確かに、僕は神様のことを愛していなかったなって。そして、もしかしたら、神様が、こんな僕のことも愛して下さって・・・」 ダンはそこまで言うと胸が一杯になって言葉が出なくなった。みんなはダンの気持ちの高ぶりに気づき、車の中が静まりかえった。しばらくして、岡本が口を開いた。
「ダン、それはとても大切なことなんだ。神様は私たち一人一人を愛しているんだよ。」岡本が言った。
「そうやで。こう見えても、うちらのこともな。」加藤がまた豪快に笑った。
「ダン、そうなのよ。神様の愛の印がイエス様の十字架なの。」
ダンは岡本姉に言われてはっとした。そうか、キリストの十字架は神の愛を表しているんだ。

 車が教会の駐車場に着くと、岡本次長が先に教会に入っていった。ダンは加藤や宮本達と礼拝堂の後ろのほうに座った。岡本が広田神学生となにやら話し込んでいるのが見えた。やがて、岡本がダンの隣に座り、聖歌232番の賛美と共に礼拝が始まった。
罪とがを赦され 神の子となりたる
わが霊(たま)の喜び 比べうるものなし
日もすがら証せん 夜もすがら主を誉めん
御救いはたえなり 御救いはくすしと

 ダンはこの賛美をすでに何度も歌っていたが、「夜もすがら主を誉めん」という歌詞に初めて心が動いた。「主を誉める。そうだ。礼拝は主の御名を誉めたたえるときなんだ。」
 スミス宣教師のメッセージが終わり、招きの賛美となった。この集会で悔い改めや決心に導かれた人が牧師と一緒に祈っていた。
 「ねえ、ねえ。」いつの間にか、広田神学生が隣に立っていた。「昨日の結婚式でヨハネの手紙の御言葉が印象に残ったんだって? 僕にも聞かせてよ。」
 ダンは広田に昨日の出来事を話した。広田は聖書を開き、御言葉を読んだ。
 「素晴らしいね。神様がダンのことを愛して下さっていることに気づいたなんて、すごい恵みだね。」
 「ところで、神がダンに対してどのように愛を示したか、知っている?」広田が尋ねた。
 「十字架ですか?」
 「その通りだよ。」広田がダンの目をじっと見た。「ダンはイエス・キリストがあなたの罪のために十字架にかかって死んだことを信じますか?」
 「はい。」ダンは今日は素直にはいと言うことができた。
 「イエス様は三日目にどうされましたか?」広田が続けた。
 「復活されました。」ダンは答えた。
 「ダンはイエス様が復活されたことも信じれる?」広田が聞くとダンは頷いた。ダンの心を神の愛と聖霊が充たし、復活に対する疑問もいつのまにかなくなっていた。
 「一緒に祈りましょう。」広田は、ローマ書10章9節を読んで、ダンと祈った。
なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。
 「神様、ダンを救いに導いてくださり、感謝します。どうぞ、ダンの信仰生活を祝福して下さい。」
広田は涙ぐんでいるようだった。ダンも広田に続いて祈った。

 礼拝が終わると広田からダンの救いの決心を聞いた岡本夫妻、加藤がダンのところにきた。
「ダン、よかったね。」岡本次長はそういってダンに握手した。岡本姉は、目頭を押さえていた。「いつも祈ってたのよ。」
 ダンは「祈っていた。」という言葉にうれしく感じたのは初めてだった。多くの人々が自分のために祈ってくれていた。そして、ようやく救いの決心に導かれたのだ。
 「ダンさん」加藤が不自由でないほうの手で握手を求めてきた。「言ったやろ。考えすぎたらあかんって。神様が導いてくれるんやで。」
 主に導かれる、ダンはそのことがようやくわかった。初めて城南キリスト教会の門をくぐってから、3年半の年月が経っていた。

つづく。
 

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荒野の泉 47

 「ダン、今度の土曜日は来てくれるんだよね。」
 ダンが社員寮に戻ると、同じ部の先輩である鈴木に食堂で声をかけられた。今度の土曜日は鈴木の結婚式なのだ。なんでも、結婚相手がクリスチャンで港区にある教会で式をあげるらしい。
 「俺はさ、教会にあまり行ったことがないんで緊張するんだよな。ダンはクリスチャンだから、讃美歌とか歌えるんだろう?」
 「僕はクリスチャンではありませんよ。確かに教会には時々行ってますが・・・」
 「あれ、岡本次長に誘われて、クリスチャンになったんじゃなかったっけ? とにかく、来てね! 向こうの親戚はみんなクリスチャンみたいなんだ。こっちは誰もいないから、心細いんだよ。頼むよ。」
 鈴木はそう言うとあわただしく部屋へ戻っていった。結婚式や引越しの準備で忙しそうだった。ダンは鈴木の「岡本次長に誘われてクリスチャンになった」という言葉が気になった。ダンがときどき教会に集っていることは、寮でも話題になっているようだった。上司である岡本次長が車で迎えに来るというのも、噂になっているらしい。ダンはそのように言われるのが嫌だった。
 「別に上司が誘うから教会に集っているわけではないぞ・・・」ダンは一人つぶやいた。

 土曜日にダンは寮の友人達と六本木にある教会を訪れた。その教会はフランシスコ教会といった。ダンはフランシスコという名前には聞き覚えがあったが、詳しくは思い出せなかった。友人達は教会を訪れるのが初めてらしく、きょろきょろと興味深そうに眺めていた。
 「教会って随分立派なところなんだな。」友人がダンに言ったが、ダンも自分がいつも集っているバプテスト教会に較べても立派なので驚いていた。ダンは友人と一緒に結婚式の受付に向かった。受付のそばに聖フランシスコ会修道会という記載があり、ダンは思い出した。
「そうか。カトリックの聖フランシスコ会なんだ。えーと、確かアッシジの聖フランシスコだっけな。」以前、誰かから「フランシスコの祈り」を教えてもらったことがある。内容はよく覚えていないが、平和に関する素晴らしい祈りだった印象がある。

 ダンが礼拝堂に入るとすでに大勢の親戚や友人が集っており、結婚式が始まろうとしていた。オルガンの伴奏で讃美歌が何曲か歌われた。どれもダンは聞いたことのない讃美歌だった。やがて、修道服を着た司祭が出てきて式を執り行った。鈴木の緊張がこちらまで伝わってくるようだった。一方、新婦はどっしりと落ち着いて見えた。
 「鈴木さん、固くなっているね。」誰かが微笑みながら、つぶやいた。
 ダンはカトリックの司祭を見るのは初めてだった。プロテスタントの牧師とは随分、服装や雰囲気が違う。司祭は結婚に関する聖書の御言葉を何箇所か読んだ。聖書の言葉はダンも聞き覚えがあった。司祭が更に続けて御言葉を読んだ。

「神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。」
「あれ? この間、広田神学生に教わったヨハネの福音書の3章の言葉に似ているなあ。」ダンはそう思った。ひとり子はイエス・キリストのことであることがダンにもわかった。
「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。」
ヨハネの第一の手紙 4章9−10節
 司祭がこの言葉を言った瞬間に会衆の方を見上げた。ダンは司祭と目があったような気がした。それはダンの気のせいかも知れなかった。
 「わたしたちが神を愛したのではなく」ダンはこの言葉にとても驚いた。確かにその通りだと思った。ダンは大学院に入学すると友人に誘われて、城南地区で塾のアルバイトをするようになり、城南教会に集うことになった。ダンはキリスト教にまったく興味がなかったにもかかわらず、そのようして教会に導かれた。そして、城南教会の岡田牧師はそんなダンに対して、二年間聖書について学ぶ機会を作り、熱心に伝道した。それにもかかわらず、ダンは卒業と同時に城南教会から離れた。
 ダンが就職すると不思議なことに会社の上司である岡本はクリスチャンであり、バプテスト教会に誘われた。それだけでなく、岡本の家はダンの寮のそばであり、ダンは毎週、岡本といっしょに教会に集うことになった。ダンはこの偶然に驚き、しばらくは新鮮な気持ちで教会に集っていた。しかし、ダンは教会に集い、一年もたつと信じるきっかけを失ってしまった。ダンは再び迷いだし、徐々に教会から離れつつあったのだ。

 「神がわたしたちを愛して下さって」ダンはこの言葉にドキッとした。確かにそうだ。ダンが教会に導かれたことを、神の愛というのであれば、確かに神はダンのことを愛してくれたのである。
 ダンが司祭と目が合ったと思ったとき、司祭がダンのそのような過去を知っていて、語りかけているように感じた。もちろん、この司祭はダンのことなど知るはずもなかった。

 「ここに愛がある。」
 ダンはこの愛がダンが知っている「愛」とはまったく異なることに気づいた。ダンが知っている愛は男女の愛や常に見返りを期待する愛だが、この愛は何も見返りを求めない。ダンがいかに不従順で神から離れ、また、信仰を持たなくても、ダンは不思議と教会に集う機会が与えられたのだ。そして、今日もそうだ、とダンは思った。

 ダンは心が熱くなってくるのがわかった。そして、なぜだか涙も出てきた。ダンは厳粛な結婚式に感激したのかも知れなかったが、それよりも、語られた御言葉に心が動かされたのである。
 「司祭はどういうつもりで、結婚式にこの御言葉を読んだのだろう?」とダンは思った。
 確かに結婚式でよく読まれる御言葉ではなかった。しかし、なぜか司祭はこの御言葉を選び、ダンは明らかに「誰か」からメッセージを語りかけられた。フランシスコ教会の司祭を通じて、神が直接、ダンに語りかけて下さったのかもしれなかった。そして、ダンは誰だかわからないが、ダンに語りかけた方に向かって謝りたかった。ダンは神に不従順で自己中心な自分にようやくはっきりと気づき、父なる神に「ごめんなさい。」と言いたかったのである。

ーつづくー

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荒野の泉 46

 「それとだな。君がどうしても信じれないと思うんだったら、無理に教会に来なくてもいいんだよ。何度もいうが、信仰と仕事は関係ないからね。」ダンは以前、岡本に言われた言葉を思い出していた。
 ダンはどうしてもイエス・キリストを信じれないというわけではなかった。むしろ、以前より聖書の知識は増し加わり、福音についても理解は深まっていた。城南教会の岡田牧師に今、「ダン、イエス・キリストを受け入れ、バプテスマを受けなさい!」と言われたら、ダンはおそらくバプテスマを受けたことだろう。ところがこの教会は求道者が自分で信仰を告白をすることを大切にしているらしく、ダンの背中をドンと押してくれる人はおらず、みんながダンの決心を待っているようだった。教会の人に「あせって信仰の未熟児が生まれると良くないから、じっくり考えればいいよ。主の導きを祈っているからね。」と言われたが、ダンはその意味がよくわからなかった。

 ダンは牧師のメッセージや聖書の御言葉は聞きたいのだが、クリスチャンとの交わりには疲れていた。自分が彼らの仲間や友人になれる気がしなかった。教会に集っている若者は、自分達は罪人だと言いながらもこの世の罪とは距離を置いた清廉な印象の青年がほとんどであり、ダンとは話が続かなかった。聖書で言っている罪と、この世の罪とは必ずしも同じではないといっても、ダンの罪に浸かった生活と聖書の教えている生き方の間には大きなギャップがあった。
 それにダンはクリスチャンになることは日本の社会では少数派になるような気がして抵抗があった。聖書を学ぶうちに像を拝むことには疑問を持ちはじめてはいたが、それでもみんなと同じように初詣に行ったり、お守りも持ちたかった。キリスト教は随分、制約が多いとも感じていた。
 「あなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われる。」広田神学生に教わったこの聖書の御言葉が真実であるなら、何も今すぐに信じることはなく、思う存分人生を謳歌した後(といってもダンの場合は遊びだが)、死ぬ直前にイエス・キリストを信じればよい。そんなことも考えついた。広田にこの考えを伝えたところ、「いつ死ぬかなんて、本当に分かるのかなあ?失敗したら取り返しがつかないよ。」と言われた。

 「岡本さん、ちょっと話があるんですけれど。」ダンは仕事の帰りに岡本に話しかけた。今後、教会には自分の行きたいと思ったときに自分で行くので、迎えに来なくてもいいと伝えるつもりだった。ダンの寮から教会まで、車だと30分もかからないが、電車とバスを乗り継いでゆくと小一時間かかる。それでもダンは岡本の車で教会に連れてってもらうのではなく、行きたいときに自分で教会に行こうと考えた。でも、どのようなときに礼拝に集いたくなるのか、ダンは自分でもよくわからなかった。
 「仕事のことではなく、教会のことなんですけれど。」そう言うと、岡本の目がキラッと光った。
 「ああ、ちょうどよかった。僕も話があったんだ。先に話してもいいかね。」
 「ええ。」
 「以前、君に話したかもしれないが、アメリカに留学していた高校生の娘が8月に帰国するんだ。」
 「それは楽しみですね。」
 「8月からは娘も毎週、教会に集うんだけどね。」
 それならちょうどいい、とダンは思った。岡本の車には毎週日曜日、岡本夫妻と加藤、宮本が乗る。それにダンが加わるといっぱいだった。岡本のお嬢さんが帰国するなら、ダンは電車で教会に行けばよい。
 「それで家内とも話したんだが、8月からは、恵みの家の加藤さんと宮本さんの送迎を別の人に頼むことにしたんだ。ほら、馬事公苑に住んでいる清水さんって知っているだろう?」ダンは清水の顔は知っていた。岡本夫人と仲の良い婦人だった。
 「君はずいぶん加藤さんと仲がいいが、そういうことで車は別々になるよ。」
 まいったな。どうせ岡本姉の配慮に違いない。ダンは岡本に迎えに来ないでほしいとは言いづらくなってしまった。
 「まあ、加藤さんとはいつものように教会で話せばいいじゃないか?ところで君の話はなんだい?」 岡本がダンは笑いかけた。
 「いや、いいんです。」
 「そんな、よくないよ。話があるんだろう? 何でも遠慮せずに言ってくれよ。」
 そう言われても、とダンは思った。
 「また、そのうちお話します。お嬢さん、英語うまいんだろうな。教えてもらおうかな?」ダンは、調子の良い自分にあきれていた。ダンは教会に集いたいという気持ちが徐々に弱くなっているのに気づいた。岡本に誘われて、一年以上経ち、当初の感激は薄れていた。ダンは、岡本も城南教会の岡田牧師と似ていると思った。結局、クリスチャンはみんな同じだ。この人たちには「もう、教会に行きません」とはっきりと言わないと分かってくれないだろうな、ダンはそんなことを考えていた。

                    − つづく ー

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荒野の泉 45

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                              パピルス

 ダンは迷っていた。広田神学生から、イエス・キリストの十字架に関する福音を聞き、永遠のいのちについて教わった。天国への希望が持てれば、死ぬときに少しは楽になるのだろうかと思った。ダンは迷いながらも少しずつ教会から距離を置こうとしていた。広田神学生の言っていることを信じることができれば素晴らしいと思うのだが、ダンはなかなか実感が湧かなかった。また、教会に集っている同世代の若者達がみんな真面目で子供っぽく見え、彼らの仲間に入りたいとは思わなかった。信仰のことで悩みながらも、ダンは広田や教会に集っている人々のことを気にしていた。

 ダンはそれでも加藤や宮本とはもう少し話をしてみたかった。加藤が脳卒中で倒れ、兵庫で開いていた自転車屋が立ち行かなくなり、奥さんにも逃げられ、東京の福祉施設に入るという、世間から見ると「不幸な境遇」に思えるのだが、楽しそうに喜びながら教会に集っている理由が知りたかった。また、宮本は子供のときの病気と麻痺が原因で身体が不自由になり、話すことにも障害があるのだが、ダンの救いのために祈ってくれていた。ダンは宮本がダンのためにも祈ってくれることが不思議だった。

 ダンは次の日曜日の礼拝の後、加藤に何で教会に集っているのか聞いてみた。
「わてらは教会に来るのが楽しみなんよ。前に言ったやろ。それにな。」
「それに?」
「当たり前なんよ。クリスチャンにとって、礼拝するのは。なあ、宮本はん?」
 宮本はニコニコして加藤の言葉に頷いていた。「当たり前か・・・」ダンはつぶやいた。
「自分はどうなんよ?」加藤が言った。
「自分って?」
「ダンさん、あんたのこっちゃ! ははっ!」
 そう言えば、僕は何のために教会に来ているんだろう。ここには会社や大学にはなかった何かがあることは間違いない。しかし、ダンは広田神学生から福音を聞くと、すぐに信じることができず、また、教会に集う青年たちにも反発を感じていた。「あんなに讃美歌を歌ったり、お互いに祈りあったりして、どこが楽しいのだろうか?」と疑問に思った。

「それとな、わては前も言ったけど夢があるんよ。」加藤が言った。
「自転車屋として、独立したいんや。それには神様が助けてくれんと無理やろ?」
 加藤は恵みの家で中古自転車の修理を行い、それを施設のバザーで販売して、月に一万円程度の収入を得ていた。ゆくゆくはその収入をもう少し増やし、施設をでて独立したいと願っていた。ダンには、加藤の夢は神様が助けてくれても実現することは難しいように感じた。
「いのれば、だいじょうぶよ。」宮本がゆっくりと言った。
「そやろ。あんた、ええことゆうな。今日は冴えてるやん。ははは。」加藤と宮本は楽しそうに笑った。
「宮本さんはなんで祈っているの?」ダンは宮本に尋ねた。
「あたりまえ、なの。」宮本はゆっくりと答えた。
これも当たり前か。クリスチャンになったら、日曜日には教会で礼拝し、日々、祈ることが当たり前になるのだろうか? ダンは自分が仮にクリスチャンになったとしても、そんなに熱心に教会に集うようになるとは思えなかった。日曜日にも友人とテニスに行ったり、山に登ったりしたいと思った。

「ダンさん、あんたのこっちゃ!」加藤の言葉がダンの心に残った。ダンは就職と同時に岡本に出会い、
学生時代に教会で塾講師のアルバイトをしていたことから、再び教会に集うようになったのだが、集って一年がたち、再び迷いだしていた。
「ダンさん、どうしたの? 大丈夫?」ダンがそのようなことを考えていると、岡本夫人が声をかけてきた。「ダンさん、いつも加藤さん達と話しているのね。もっと、青年と話したら?」
「ええ。あまり話があわなくて。」教会の青年達はクリスチャンとして楽しそうに教会生活を送っていた。そこに求道し、悩んでいるダンが入り込める余地はあまりなかった。
「ダンさん、主人といつもあなたのこと、祈っていますよ。」岡本姉がダンの目を見て言った。
ダンはどきっとした。祈られることに対して、わずらわしく感じていたのだが、ダンは徐々に祈ってもらうことに喜びを感じ出したのだった。ダンは岡本姉に対して「ありがとう。」と言いたかったが声にならなかった。「ありがとうございます。でも、信じられません。」そんな思いを岡本夫妻にぶつけてみたかったが、ダンは黙っていた。
「あら、主人はどこかしら? そろそろ、帰らなくちゃね。」岡本姉がにっこりと笑った。

                        ー つづく ー

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荒野の泉 44

 「ダン。罪と十字架について、考えてくれた?」広田の言葉がダンは気になっていた。広田に罪とイエス様の十字架のあがないについて、もう一度、よく考えてほしいと言われていた。
 ダンは十字架のことを考えると復活や処女降誕などの奇跡がどうしても気になっていた。「十字架の恵みってなんだろう。」ダンは十字架について教会で何度も聞いたのでよくわかったような気がしていたが、じっくり考えると何もわかってないような気もしていた。

 ダンは広田とゆっくり話をしたかったが、広田もいろいろと忙しく、二人がじっくり話をする機会がなかなかとれなかった。教会にはつぎつぎと新来者が訪れ、ある人々はイエス・キリストを自分の救い主として信じる決心をする人もいたが、多くの人々は続けて教会に集うことはなかった。ダンのように続けて教会に集う人は少なかった。広田はほとんどの新来者と関りを持っていた。

 梅雨もあけ、初夏の日差しが厳しくなってきた。ダンはいつものように岡本夫妻、加藤兄、宮本姉と一緒に教会に集った。
 「暑い、暑い。奥さん、クーラーきいてへんで。わっ、朝から外はもっと暑いわ。」
 岡本夫妻のファミリアは年代ものであり、5人乗るとクーラーの効きが悪かった。
 「そうだよ、君、そろそろ車をかえてもいいんじゃないの?」岡本次長が言った。
 「あら、あなた。この車は走るのには問題ありませんよ。もったいないでしょう? 加藤さん、ごめんなさいね。でも、夏は暑いのがあたりまえよね。関西はもっと暑いでしょう?」岡本姉が答えた。

 教会の玄関に広田神学生が礼拝に出席する人たちを出迎えるように立っていた。
 「おはようございます! いよいよ夏ですね。ダン、おはよう。今日の午後、時間取れるかな?」
「ええ。」ダンも広田と一度話をしたいと思っていた。広田は車椅子を運んできて、手際よく宮本姉を助けながら、「じゃあ、あとでね。」とにっこりと笑った。

 礼拝の後、ダンは広田といっしょに図書室に向かった。しばらく雑談をした後、広田が切り出した。
「ダンは教会にきて、もうすぐ一年になるよね。聖書のことはだいぶわかったでしょう?」
「ええ、でも、復活や奇跡が信じられなくて、ひっかかっているんです。」
「ふーん。奇跡か。結構、つまづく人が多いんだよね。」広田がうなずきながら言った。
「つまづくって何ですか?」
「うん、信仰を持つ決心ができない原因っていうか、ほら、つまづきの石って言うでしょ。教会ではよく使う言葉だけど。」
「つまづきの石か。」ダンは妙に納得した。

「では、もう一度、福音について、おさらいするね。まず、すべての人は罪を犯しています。これはいいですか?」広田が尋ねた。
「はい。」ダンは完全にそう思っている訳ではなかったが、教会で何度も聞いている話であり、自分が罪人であることはわかってきたので、反論しなかった。
「つぎに、罪からくる報酬は死です。これはどうですか?」
「だから、人間は死ぬんですね。」ダンは答えた。
「それは肉体の死ですね。罪によって肉体の死もきたのですが、死には肉体の死と霊の死があるんです。霊の死は神から離され、永遠の苦しみを受けるんだ。」ダンは黙っていた。
「イエス・キリストは私達の身代わりとして十字架の上で死んでくださいました。神様は、私達がこのことを信じれば、永遠のいのちを下さるのです。ダンは信じますか?」
「ええ、でも、復活が信じれないので、このことも完全に信じているわけではありません。」ダンは率直に答えた。
「復活や奇跡のことはひとまず考えるのはやめましょう。ダンはイエス様がダンの罪の身代わりとなって十字架で死んでくださったことを信じますか?」広田はじっとダンの目を見つめ、繰り返した。ダンは思わず、目をそらした。「・・・わかりません。」

 「祈りましょう。ダンのことを神様が愛して下さっているんです。ぜひ、そのことを考えて見て下さい。」ダンが広田のことをみると、広田は涙ぐんでいるようにもみえた。この人は泣いているんだろうか? なんで神様の話になると涙ぐんでしまうんだろう? ダンは広田が神の愛について話すときに感極まっている理由がわからなかった。
 「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」広田はダンにこの御言葉を伝えた。

 ダンがロビーに下りていくと加藤と宮本がダンのことを待っていた。
「ダンさん、どうやった? 広田さんとの話は。」加藤が尋ねた。
「うん、僕は復活について聞きたかったんだけど、また、十字架の話でした。」
「ははん。それであんた、いいかげん信じたんか?」加藤がニヤリと笑って言った。
「いや、まだ。」
「ダンさんのために、祈ってますよ。」宮本がゆっくりと言った。
「神様の恵みや愛がよくわからないんです。」ダンは笑って言った。
「ダンさんはお坊ちゃまやからな。恵まれすぎてて、恵みがわからんのやろ。はははっ。」
加藤が言った。
「私はそんなに育ちが言い訳ではないですよ。留年もしたし。」ダンは加藤なら信じれないことを理解してくれると思っていたが、厳しいことを言われたのでむっとした。
「はは。大学をきちんと出てるんやろ。恵まれているんよ。」加藤も少し強い口調で言った。
「加藤さんやめて。ダンさんのこといつも岡本さんと加藤さんと祈っているんですよ。」宮本がゆっくりと言った。

 ダンは二人の言葉にショックを受けた。確かに二人に較べたら、自分はきわめて恵まれている。それなのに加藤と宮本は岡本夫妻と一緒にダンのために祈っていてくれる。みんなのやさしさや神の愛がわからない自分が情けなかった。「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」ダンは広田に教わった聖書の言葉をもう一度、思い出した。

「永遠のいのちか。」
 どうしたら、自分はそれを受け取ることができるのだろう? ダンは森の中の同じところをいつまでもぐるぐると彷徨っているように感じた。





 

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