顕正会を辞めて、自分らしく生きてます☆

顕正会を脱会し、日蓮正宗で信心してます。正しい信心の有り難さや、顕正会時代の思い出、指導の事後相違などをお伝えしていきます。
成果主義の顕正会にとって、折伏成果を出せないと惨めな気持ちになります。


それは、役職が上がる程強くなるんじゃないかな〜と思います。


無邪気な組長→誓願背負う班長

になると一気に責任が肩にかかります…(ずっしり)


新潟女子が、ふくよかなA沢部長の時代は成果が0の班を集めた事もありました。


その時代、良く言われたのが、



0と1とは天地程の差がある!

0は何をかけても(掛け算)0です!



…た、確かに…

10×1=10
10×0=0


0は何をかけても0なのぉぉーー


烏合の衆になってはいけない!!!
とかも言われてたかも。


その頃の私は、まだ個人対象もいたし、真心込めて戦っていて、数を追う戦いはしていませんでした。


だから、他の班を見て、何でたった1名ができないんだろう?!

そう思った事もあります。




本気を出してないからなんじゃないか。

肚を決めてないからできないんじゃないか。



総班長になってから、できない班長を見て、そう思ってしまったのは事実です。


だけれど、良く見ていくと、その班長たちの戦いは実に真面目で昔ながらの決まりを守っているんです。


例えば、謗法をちゃんと諌めていたり、仏法のスゴさを理論書から引用していたり。


いわゆる固い折伏なんです!


それに比べて、どんどん進む班と言うのは勢いが違います!

感激のみ!


顕正会って団体名もさらっとしか言わない、もしくは言わない。

宗教じゃないよ!仏法だよ!

とか…

まず、縁させる事が大事!みたいに…




本当にそうかな??


日蓮正宗では続ける事を前提に折伏しますし、謗法を放置して御受戒なんてありえません。



また、そのような折伏は勧誘である。
と言われてます。



入信した人が何に縁したかわからない。

入信勤行1回だけでも意味がある?!

入信した人を育てる時間がない…


そんなんで、入信者の数だけ増やして何の意味があるんだろう?


顕正会で縁したたくさんの人が実際に人材となり戦ってるのは一握りじゃないのかな。


それは、成果主義だから


日蓮正宗では、今年は折伏育成の年です


後輩とたくさん学んで一緒に戦えるようにしてあげたいです


そして、顕正会で成果を出せなくて惨めな思いをしたかもしれないけど、悪法に縁させる人は少ない方が良かったんだから、それで良かったんだと自信をもって下さいね

あなたの価値は、折伏成果なんかで決まらないんだから!


顕正会から離れて、自分の人生をやり直そう!

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皆さん、顕正会の茶寮のごちそう、食べた事がありますか??


新潟は会館のはす向かいに2階建ての茶寮があり日曜日となると人人人でごった返し、スゴい人気でした


私も茶寮のごちそうは大好きで毎週欠かさずに食べてました


値段も、本当に国産の良質の材料であるならば、安いと思います。


だいぶ前のミミさんのブログに一般の人が本部の茶寮でご飯を食べて、美味しいし、安いし、なかなか良い!

みたいに呟いてるTwitterがあって、マジ爆笑してしまった(笑)


除名処分されてしまいましたが、茶寮のごちそうを買いに行ったら追い出されるでしょうか???
お気に入りの一品があるんですよ〜


この寒い時期は『甘酒』を良く飲んでましたね!


スゴく美味しくて、パック買いしてまさた。


もう、日本一美味しい甘酒だぁ!!


って、茶寮のオンラインショップの感激ばりの過大表現をしてもおかしくない位お気に入りでした。


だって、市販の甘酒と味が全く違うし手作りの甘酒も飲んでみたけど、正直茶寮の甘酒を超える美味しいものには巡り会いませんでした。



お寺の先輩、いとまん先輩から、


元日勤行会は寺院で甘酒が振る舞われるんだよ〜


と聞いて、茶寮の甘酒より美味しいのかなぁ、なんて思ってしまった私…
(す、すみません)


飲んでみて、驚き!!!!


んまぁーーーーい!!!!

美味い、美味い!


普通に鍋にたくさん入ってましたので、信徒さんの手作りだったと思います。


茶寮の甘酒より、ちょっぴり甘さ控えめな感じで美味しかった
(おかわりしたかったけど遠慮しました)


私の菩提寺では1/1の新年勤行会は0時と13時にありました。

毎年年末は本部で新年を迎えていたので、子供達に寂しい思いをさせていたので、念願の笑っていけない!を見て年を越し、今年は13時に参加してきました。


たくさんの信徒さんで熱気がありましたよ!


そして、御金言入のカレンダーと昆布を貰いました


イメージ 1



昆布はどうやって食べるのかな…(笑)

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顕正会員の色眼鏡

『色眼鏡』

○意味

偏った物の見方。先入観にとらわれた物の見方。「色眼鏡で人を見る」

…………☆

先日、現役顕正会員さんとのやり取りで、

色眼鏡で見てたらなんでもそうみえてしまう。
 
粗捜しも大変ですね。


って返信をもらって、私自身ハッとさせられました。


顕正会員だから、こうだよね。


顕正会員だから、仕方ない。


顕正会員だから、わかるはずない。



そんな風に心のどこかで諦めてたんじゃないかって…


更新できずにいたのも、これ以上何を伝えたらいいのか正直わからなくなってしまったんです。


何を伝えても、伝わらないなら、ブログを更新する意味がないんじゃないか…って。


だけど、きっと伝わらなくても伝えていく、それが大事なのかもしれない。


そう思わせてくれたのは、現役さんとのやり取りでした。



私が日蓮正宗で感じた事を難しい言葉じゃなくても伝えていく。


元顕正会員が正宗で信心してどんな風に変わったのか伝えていく。


ほんの、ちょっとした仏法の感激を伝えていく。


それで、いいんじゃないのかな…

そんな風に思ったんです。



どうしても『結果』を求めちゃうのは総班長の後遺症かな…(笑)



更新が滞りごめんなさい



こっ、これも、魔なのかな??


顕正会で製造された色眼鏡をかけると、世間の一般常識が見えなくなります。

そして、顕正会だけが正しく感じ、その他の一切の情報を見ようとも聞こうともしません。


もし、本当に宗教の正邪を知ろうと思うならば、その目で疑う一方の信仰を確かめるべきなのに、それをしない、させないのは何故なんだろう。


何で日蓮正宗で信心する人を理不尽に除名にするんだろう。


その色眼鏡が雲って、目の前が真っ暗になる前に、どうか気付いて欲しい

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昨年はブログを通じてたくさんの方々にご縁ができて、とても嬉しく思ってます

不安な時、わからない事があった時励ましてくれたり、アイデアをくれたり、ありがとうございました


一人でもこのブログから顕正会の間違いに気付きますように…って思いを込めて今年も更新していきますね


マイペースな更新になるかと思いますが宜しくお願い致します

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久しぶりの更新になってしまいました

今年も今日で終わりですね〜

お仕事の方が忙しくて、なかなか更新できずにいました


元気モリモリですよっ


営業職にとって、年末は正念場で、帰りもかなり遅くなり更新できずにいました。


毎年に比べると、それでも穏やかな年末です。


この時期は毎年、御供養と教学試験の呼び掛け、さらに仕事の目標達成と精神的に追い込まれてました。


今年は仕事上成績に結びつかなくても、お客様に誠実に提案していけば大丈夫!との確信と、諦めないで頑張れば必ず成果につながるからやってみよう!
との前向きな気持ちで取り組む事ができました。


結果、昨日で仕事納めでしたが、無事に目標達成でき、上乗せでチームの皆にも貢献できた事がとても有り難いです。


優積の人が黒板に書かれるのですが、私の名前が書かれたのは初めてなんですよ〜!!


顕正会員の時、どんなに祈っても不安がつきものでした。


御供養が下回れば仕事の成績も達成しないかもしれない…。


試験の申し込みが誓願を下回れば、仕事もうまくいかないかもしれない…。


その恐怖心から御奉公を優先にして、本来の仕事は後回しになり、仕事上では努力を怠る。


そんな事で仕事がうまくいくはずないですよね


御奉公さえしていれば、全てが上手くいく…そんな道理はないのです。


むしろ、頑張ろう!との気持ちがどんどん小さくなり、努力をしなくなり、祈ればどうにかなる、御奉公すればどうにかなる、他力本願でした。

……………☆


今、記事を書いていると、7月法戦迄顕正会員として活動していたのが、まるで数年も前の事の様に感じてしまいます。


私がもし、単純な未活動や、邪教に行ってしまっていたら、今もきっと顕正会員に付きまとわれていたかもしれません


日蓮正宗で信心しているから、だから守られてるだと感じてます。


それは、唯一、日蓮正宗が大聖人様と繋がってるからなんだと実感しています。


顕正会を離れて、ずっと考えてた事。



【一体何のために顕正会は存在しているのか】



お金儲けが目的なら、もっと、もっと違うやり方があるはず。


色々な読み物を読んで、実際に私が顕正会で見たり、聞いたり、体感して思う事は、



【浅井会長の慢心を満たす為の団体である】


と言う事です。


新聞でも総幹部会でも、上幹部の口からも、必ず浅井会長を賛嘆する言葉がたくさん出てきます。
(あの賛嘆、浅井会長自身が書かせてるってショックでした…)



学会と張り合うのも、池田会長に負けたくないんですね。


宗門を罵るのは、もう顕正会が日蓮正宗に戻れなくなってから激しさを増してます。

悔しんですね。


自分がすごい存在だと、偉いと、そう感じる為だけに顕正会は存在している。



きっと、最初はそうではなかったんだと思ってます。


だけど、偽本尊を会員に拝ませて謗法を重ねるうちに今のようになったんじゃないかなと思います。


だから、実際活動してる会員が少なくても、毎年、毎年会館を建て続けてるんだと思うんです。



自分に力がある、顕正会は独走している、その証しとして会館を建てているんじゃないか、そう思うんです。



地方の元顕会員さんに聞くと会館が満員で入れない!

なんて事はなくて、むしろスカスカみたいです。


新潟会館はたくさんの人であふれてるけど、長岡は余裕があるそうです。


会長の欲を満たす為に、どれだけたくさんの人が大事な人生の時間をムダにしてきたのかな。

大切な人を失ったのかな。

その代償は大きいです。
でもそれは仏法の道理から言えば邪教を信じた結果なのです。



現役顕正会の皆さん、今、心から幸せですか?

大切な人は側に居てくれますか?

心から安心して生活できてますか?



私は、顕正会を辞めて、私らしく生きてますよっ!


来年も、ずぅーーーっと、私らしく生きていきます!



ちょっと重い内容になっちゃっいましたね

来年も宜しくお願いします

良いお年をお迎え下さいね


ブログを見てくれてる皆さんの幸せを祈ってます

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