冬の月夜

靴やさん!どこにあるの〜〜〜〜;;

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あんなに嫌いだったのに

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前日の記事で、私のうちは、360度の空が見えると書きました。
一番上の写真。どうですか?納得でしょ。
帰り際に、田んぼの向こう側の道から、家ってあんな風に見えるんだと思って、撮ってみました。
二枚目は、家から見た、同じ方向です。
この平野の特徴で、屋敷林があります。
うちなんて、屋敷林は少ない方。散居村、って形で、地理の教科書とかには出てたかと思います。
この平野は、チューリップの産地でもあるので、この道をずーっとはしっていくと、
ある時期には一面のチューリップ畑を見ることもできます。そういう土地です。

裏に、大きな樫の木があります。
小さな葉っぱが、風にさわさわなります。聞かせてあげたいくらいの、本当に、さわさわさわさわっていう、気持ちのいい音。
が、秋。それがぜ〜んぶ、落ちるのです。屋根よりずっと高い、家を覆うような樫の木の葉っぱ、全部!
毎日おてつだいしたなぁ。集めても集めてもまた落ちてきて。
畑のところまでもっていって、う〜〜ん、あれは、どうしたんだろう。
もやしてたのかな?きっと、おばあちゃんが、ぼちぼち燃やしてたんだろうなぁ。

ちなみに、一軒家に見えますが(ま、ほぼそうですが)裏にお隣はあります。
もう隣は、100メートル先です(笑)いえ、本当に、そういう土地なんですよ。
家のまわりに自分の家の田んぼ。一枚目に見えてるとこが、坪にすると1000坪。
これは、ここらで一番少ない。単身赴任の父でしたから、ずっと昔っから預けっぱなしです。
でも、これは、道の草とかは全部、自分のうちが責任もってかるのです。
うちはいいわ、ってほっておくと、種が、お隣の土地に飛んで迷惑でしょう。
用水の管理も。年に二度は、一斉に溝掃除。うちだけいいわっていうわけにはいきません。
川上の方がきれいにしてくださって、川下のものが、気持ちよくいられるのです。
こういう土地では、一匹オオカミでは、生きていけないのです。
ほっておいてくれも、ありません。

母の入院が長いので、今は父一人住んでいます。
私の車は、置きっぱなし。車がないと動けないところです。
車庫の上に、ザクロを見つけました。
下のサザンカも、どちらも私のおままごと、遊び相手でした。
葉っぱ一枚落ちてないように、毎日毎日お庭の手入れをしていた母。
大好きだったおばあちゃんがそうでした。草むしりしながらうちの周りを移動して、
一周まわったころには、ちゃんとまた、草が生えている。
おばあちゃんの周りをうろうろ遊んでいた私は、ちいさいながら、エンドレスのこの地味で
大変な作業が、いやでいやでしかたなかったなぁ。
コンクリートで、お庭を固めるうちも増えていったころ、何でうちもしないのかって思っていました。
答えは一つ。

そんなことせんでもいいが。(しなくていいんだよ)

コンクリートが、おしゃれに見えてしかたなかった。耕地整理で田んぼの区画が始まった時も、
うちの前を大きな道を通す計画があったのを、断った父が、恨めしかった。
だから、主要道路とも一本ずれているのです。
その道まで、雪の深い(今は本当に少なくなってお正月もまだ道に雪はありません。田んぼにあるくらい)100メートルばかりを、毎日、朝学校へ行く前に、おばあちゃんか母が雪をよけておいてくれるのです。重労働だったに違いありません。

ま、こういう私ですから、ちっちゃいころ雪の中、スカートはいて近所まで走って逃げた記憶があります。おばあちゃん、ズボンもって、走って追っかけてきてた・・・懐かしい。

雪が解ければ、また、春。花が咲く代わりに、草も生えるのです。
ちっとも、私はありがたみなんてなかった。

父も、雪つりも自分でするような、器用でまめな人なのですが、今年は手がまわらなかったのでしょう。
小さいものですが、家の横に畑があります。
父は、去年から何も作らなくなりました。自分ひとりなら、どれだけ食べられるわけでもありません。
子どもや孫が近くにいるわけでもありません。
その代り、近所の人が、たくさんとれたものは玄関先に置いて行ってくれるようなところです。
でも、何もない畑。寂しかった。

夏には、茗荷をつんで、お味噌につけておきました。ただただ伸びる茗荷が、悲しくて。
苺ジャムにしていたくらい生えていた苺も、もう、自力で生えてこなくなりました。
アスパラガス、おおきくなると、レースのような、霧のような大木になるって知っていますか?
私は、転勤で実家に戻った、ほんの少し前にきづいたのです。
子ども達は、なすや、トマトや、きゅうりを、そのままかじって笑っていました。
楽しそうな子どもらの顔を見て、私は、こんな顔で野菜をつんだことがあったかと、
とても複雑だったのを思い出しながらも、嬉しかったのを思い出します。
やっと、収穫とか、育てることとカが楽しくなってきたのだけれど。

池の葉っぱ、みえますか。落ち葉のじき、何度池をさらえたことでしょう。
冬の間、さぎが、池の鯉を狙うので、と板を渡して影を作ってやる準備もしていました。
もうとうに、鯉もいない。それでも、葉っぱはすくっていたのに。

とってもさびしかった。
母がいないこと、父が疲れていくこと。
家の大屋根にも、今だに一人で登るのです。葉っぱを落とさなきゃいけないから。
心配でたまらないけれど、誰でも出来ることではなく、うちの息子が行っても対して役にも立ちません。

家の中が、とても寒く感じて。
廊下の椅子に座って、お茶を飲むのが好きだった母。
隣の仏間のお花が枯れていたので、少しですがさしました。
母がいたら、お花を絶やした事もなかったと、いちいち思うのがさびしくて。
あ、仏間、わかりませんよね。
右側にみえる観音開きのふすま、実は開くと、お仏壇です。
特別の宗教ではありません。浄土真宗です。
昔は、お坊さんが順にとまって、お説法に回っておられたような土地柄です。
一番下の仏像は、父がどこかから持ってきたもの。
ちょっとにんまり顔で、私にくれと言っているんだけれど、うんとは言いません。
どの部屋にも床の間があるような、ここらの家はどこも、たいがい、こんな感じだと思います。
うちは、小さい方だと思います。

この家に、父が一人でいると思うのが寂しくて。
父は、本当に元気なのです。製作したり、創造したり。母のところにも毎日いっています。
時間があるわけがないのです。
わかっています。

だけど、こういう家は、ひとりで住むようにはできていません。
何代も、土地を守って、家を守って、ご近所と一緒に生きていくところなのです。
当然のように、誰かが亡くなり、誰かが生まれ、という家の造りです。

私は、この家に母とおばあちゃんといても居場所がない気がして、夜外に出ていました。
親からしたら、そんなこと思いもしてないでしょう。
うちの裏は怖いのですが、誰もいない田んぼ側には、あっちの町こっちの町の、小さな明かりが見えて。
空には、月があって、星があって。
そうやって、ある夜と出会ったのです。

こんなとこに住んでいて、カエルが怖くて大嫌い。蛇も、ミミズも、超苦手です。
雪がいや、草むしりもいや。蚊に刺されると化膿するし。
あ、里芋の葉っぱ(大きいのです)にたまる朝露が綺麗で楽しくて、だけど遊ぶと、かぶれて(バカ)
とにかく、好きなことより、嫌いなことばっかり目につく
私の目標第一は、脱、この県だったのです。

もう戻れない、今となって、懐かしくて、ありがたくて、いとおしい場所です。
大好きだったおばあちゃんも、親も、交流のない兄も、ご近所さんも、
みんな、大きな自然の一部の気がします。
わたしの手でどうすることもできなかった、でも確かに私を取り囲んで、私を育ててくれた自然です。


そんなことせんでもいいが、といってたのに、
そんなことしなきゃ保っていけなくなっていく、これがわたしの実家です。

バカだなぁ。あれもこれも、なくしてみなきゃ分からないことばっかりだ。
残っているものを、せめて大事にしたいのに、うまい方法が分からず、時間ばかりがたちます。


実家はこうですが、こんな田舎ばっかじゃないですよ。
きっときとのお魚のおいしい、水のおいしい、野菜も美味しい、しっとりとしたお祭り満載の県です。
機の町でしたからね。八尾の、おわら風の盆が有名ですが、うちの町のお祭りも、曳山祭りお勧めです。
母がお着物好きだったのは、当たり前にそういう文化があったからだと思います。

何もかも置いてきてしまったけれど、やっぱり何かがしみついているようです。
大事と思ったもの、遅くなったけど、大事にしていくしかありません。

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す、凄いわ!姐さんて…いや、dariaさんて、旧家のお嬢様だったのね!お庭にビックリ!お部屋にビックリ!
そうか…お父様は一人暮らしなのね。元気だと、尚更寂しいでしょうね。でも「お母様のお見舞い」という日課があればこそ、お元気でいられるのかな。

そうそ!私のお誕生日に感謝だね!今年の誕生日は私にとって特別で、母は45才で亡くなったの。だから、母の年齢を超えるってどういうおことなんだろう…って、凄く意味深い誕生日だったのよ。
その日にdariaさんに出会うという事は、やっぱり何かあるのね!うん!確信した!
これからは、少しはゆっくり出来るのかな。風邪、引かないようにね♪ 削除

2008/12/4(木) 午前 0:39 [ Natsu ]

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北陸が実家でしたか、私はご近所さんの生まれです。
とても、着物が似合いそうなお庭ですね。
広い、家もひとりだと、やっぱり寂しいわね。
何日かはお父さんと過ごしたの?つかの間だろうけど、お父さん嬉しかったでしょうね。
毎日のお見舞い、奥さんを愛しているのね。読んでて、実家の両親を思います、元気かしら?って。

2008/12/4(木) 午前 0:56 マダム桜

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Natsuさん、ちゃうちゃう!!ちゃうで〜〜〜〜〜〜〜!!
ほんとに、ここらはみんなそうなの。田んぼのあるようなおうちは、
屋敷林があって、庭もあって、みんなで暮らすのよ。三世代とか、普通だったの。見たらわかるでしょ、ここらの坪単価!(爆)
うちは、そんな中で親戚も少ないし、まだまだ単身赴任なんて珍しかったからね。
あ、でも、カラオケしても、どこにも迷惑かけないわ。だけど、Natsuさん、発声練習外でしたら・・・隣町まで聞こえると思う!
いつかやってみる?
あのね、おかあさんの知らなかった分まで、人生楽しんで行こうね。
私も、母がしてこなかったこと、するつもりだから。45歳越え、おかあさん、ちゃんとNatsuさんに繋いだね。私とも、つながってくれてありがと。

2008/12/4(木) 午前 1:07 daria

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桜さん、まだ起きてるんだ!私、今日はやっとゆっくりで桜さんとこも覗きに行けたよ。

お父さん、もうね、文句言ったりできる人でなくなったって思った。
太刀打ちできないっておもってるから、文句も言えたのに。傷つけたくない、元気で楽しく過ごしてほしいって思うのが一番になっちゃった。整体してあげるのが、唯一の孝行のまねごとかな。
やっと、父に甘えることを覚えかけたら、もう許されない年齢。
いったん出した娘に、口も出させないし。

母が病気になる前に、声に出して愛してるって言ってやってくれてたらねぇ。昭和一桁、男です。口にはしないのよね。
昭和一桁、女です、の母は、案外ロマンチストだから寂しかったのかも。ご両親、電話ない分、仲よくしておられるんじゃないかな。

あのね、私父にそっくりって言われるの。ギョッとするわ!!

2008/12/4(木) 午前 1:22 daria

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大家族で住んで、野良して、仕事に行って、保存食作って、着物仕立てて、子守して、寝付いた年寄りに往診が着て、近所の人と縁側でおしゃべりして、暮れには親戚じゅうで餅つき、仏壇磨き・・・
私もそうやって育ったの。
今は父母が暮らしているけれど、母は、そういう暮らしに最後まで馴染めないんだな・・・何も要らないといっていますよ。70になっても

2008/12/4(木) 午前 6:53 真之介

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真之介さん、うん、分かる気がするわ〜おかあさんの今言ってはること。やりがいがあるとはいえ、大変な日々だったんでしょうね。
母は、今の私の年頃の頃、よく泣いてたの。こんなとこいややって。
町の中のひとだったからねぇ。一手にやるには、負担が大きくて。それが、定年して、父も単身赴任から帰ってきて、私たちの手が離れたら、やることも減ったのもあるんだけれど本当に楽しそうにやりはじめたのよね。
私は泣いてる母を見ながら育ってるから、何も要らない派だった。なのに、転勤族が終の棲家を探し出すと、ひっかかりだして。あの家、どうなっていくんだろうって。ずいぶん悩んだけど、親がいなくなったら、私には手に負えないところなのが悲しい。
兄なんて、私以上に何もできない知らないでも、長男だから戻るのかと思うと、いっそ私がなんてイライラして。

自分が年を重ねるにつけ、良いも悪いも、その生活を当たり前に受け入れてる地元の人たちに頭が下がります。ひとりで大きくなった顔してたくせに、今更ながら、地域に育ててもらったんだと思うの。

2008/12/4(木) 午前 9:21 daria

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おじゃまします。なおっちと申します。これ読んだらなんかしみじみして、一人暮らししてた、ばーちゃんの事思い出してしまいました。そーですね。確かに「地域の人々のおかげ」なんですよね。

2008/12/5(金) 午後 2:33 [ なおっち ]

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なおっちさん、こんにちは!コメントありがとう。
おばあちゃん、ひとり暮らしでしたか。
私、思い返してもおばあちゃんに愛されてた記憶がないと、今いなかったなぁって思います。今なら、もっとしてあげられたのに、あふれるくらいうけとるばっかりの記憶。なおっちさん、おばあちゃん思い出したのは、やっぱり大好きですか?
若いころは、おばあちゃんがいてくれたから、ってぽいんとでおもってたんだけど、年を重ねるごと、みんなのおかげさまっておもいます。

2008/12/5(金) 午後 8:59 daria

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遅くからのコメントになりますが。
そうですか、あの散居村の屋敷林に囲まれたなかにはこんな庭があったのですね。それぞれ違うンでしょうけど、だいたいこんな庭があるんでしょうか。
昔、医王山から砺波の散居村を眺めて感動したことがあるんですよ。独立した家々に首を高く上げて生きる気概を感じました。 削除

2008/12/10(水) 午後 10:41 [ 「つ」 ]

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「つ」さん、いえいえ、ご訪問ありがとうございます。
そうですねぇ。どこのおうちも、お庭を手入れされていると思いますよ。池があったり、灯篭があったりそれぞれですねがね。
代々続くならこそ、一からのものでなくて、直して、足していきます。お金ばかりじゃない財産っていうのを、減らさず、少し足して受け継がれていくものだなとおもいます。背中を見ながら、ですね。それじゃないと、技術だけじゃ足らないものが流れています。

医王山には、今はIOX(つづりあってるか、イオックスですね)大きなスキー場があります。散居村側からは、ウィンターシーズンには、コース沿いの蛇行するライトがとても明るくて綺麗にみえますよ。
厳しい冬の夜、暖かい明かりです。

2008/12/11(木) 午前 1:00 daria

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僕は旧井波の町中生まれで、
子どもの頃は、散居村の農家地帯をいいと思ったことはありませんでした。
それが今では、とても羨ましく思いながら、寂れていく姿を残念に思っています。
散居村での暮らしこそ、理想的な自給自立の生活が営める場所だと思うんですよね〜!

2009/6/20(土) 午前 8:37 イソップ

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イソップさん、井波でしたか。夕べ井波出身の同級生と秋葉原で食事しました。井波の町の中も歩く町ですね。東京にきてほっとするのは、歩く町が残っていることです。
散居村を維持することは、大変です。こんな小さな家ですら、手入れには時間と手間がかかります。私も何度も受け継ぎたいと思う時期がありますが、自分の力量を考えると、兄に任せてみない振りした方がいいのかと思います。
イソップさんは、すごいことしておられますね〜。実は以前ブログにお邪魔したことがありますよ。

2009/6/21(日) 午後 0:50 daria

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今年の梅は豊作でした!

まみあな時代から始めた嬉しい習慣の一つに、 梅摘みから全部手作業する、梅干し作りがあります。 今年もお誘いを受けたので、さっそく梅摘みに行きました。 たくさんの梅木があるお家で、もうすぐ除虫剤を散布する、 その前に、梅干し用の実を採ってしまう算段です。 多種類の梅木があって、毎年どれかは実が多いけど、 今年はどれも実が豊作で、形のいいものがたくさん取れました。 まだ1歳7ヶ月の男の子も、みんなのマネをして梅摘みです。 親子が一緒にやることで、生活習慣が身に付いていくでしょう。

2009/6/20(土) 午前 8:31 [ イソップ通信 ]

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